第28話・日課

「はいはい、お待ちどおさま。あらアル。灯つけてくれたの?」


「うん。真っ暗だったから」


「このまま使わせてもらっていい? ランプじゃちょっと暗いから」


「大丈夫」


 エルとリッター、プロムスも入ってきて、夕食になる。


 セルヴァントまでが時間を忘れていたせいで、食事は簡単にできる簡素なものだったが、それも彼女の手にかかればご馳走になる。


「あ、これ美味しい」


「魚、ですか? この時期に?」


「ええ、ペッシェはこの時期が旬なのよ。冬を越すために脂をたっぷり取り込むから。漁師が氷を割って捕りに行くわ」


 話しているのは当り障りのないことばかりで、みんなジレのことには触れなかった。


 ジレの中で決着がついていればそれでいい。そういうことだ。


 カチャカチャと食器の触れ合う音だけが響く。


「うまかった」


 エルが真っ先に食べ終えた。


「ご馳走様でした」


 リッターも食事の感謝の祈りを切る。


「明日も外壁の見回りだからな、早く寝て体調を整えておけ」


「はい」


「はい」


「は~い」


 三人がそれぞれに返事する。


 エルはさっさと部屋に戻っていった。


「わたしもご馳走様」


 ジレが立ち上がる。


「あ、そうだ、リッターさん」


「うん?」


 皿の片付けを手伝っているリッターがジレを見た。


「その……ごめんなさい。話を聞いてもらって、八つ当たりまでして……」


「すっきりした?」


 ジレは小さく頷いた。


「それならよかった」


 魔法の灯の中でリッターは微笑む。


「八つ当たりの相手ならいくらでもなるから、溜め込まないで吐き出すといい。溜め込んだほうがみんな心配するのは分かっただろう?」


「……ん」


「リッター兄は聞き上手~」


「そうでもないよ。私にできるのはただ黙って聞くことだけさ。でも、当たり散らせばすっきりすることだってあるからね」


「リッター兄……」


「なんだい?」


「マゾ?」


「……とんでもない勘違いされたな」


「だって、当たり散らせって」


「聞き役に回るだけ。結果当たり散らされることになったとしても文句は言わないって意味だよ。誰が好きで痛い目にあいたいものか」


「そうか。僕てっきりリッターさんは当たり散らされると嬉しい性癖かって」


「だからそんな性癖はありません」


「アル」


 セルヴァントにたしなめられ、アルはペロっと舌を出して引っ込んだ。


「じゃあ……いる間は、時々、お話聞いてくれる?」


 ジレの言葉にリッターは頷いた。


「もちろん」



     ◇     ◇     ◇



 翌朝、陽が昇った頃、一同は屋敷を出て門へ向かった。


 朝早いのにはもちろん理由がある。


 騒動を回避するため、エルは早朝からの行動を選んだ。


 が、それは無意味だった。


「アル」


静寂スィランス


 エルの求めに、アルは即応じて音が聞こえなくなる魔法をかけたが、熱気はむんむん。真冬なのに。


 目をキラキラさせた乙女たちが門までの道へぎっしり。


「モテるねリッター兄」


「嘘だろ……これ全部、私目当て……?」


「うん、多分」


「その顔にあの手柄では、狙わらない女はいない」


「……エル殿」


「俺は助けられないぞ。一応あちらは紳士協定……いや淑女協定なるものが結ばれて、抜け駆けしないということで牽制し合っているが、一度抜け駆けがでればもうもみくちゃだ」


「……去年のエル殿みたいに、ですか」


 あまりにも他人事のようなエルの話っぷりに、リッターは軽く皮肉を混ぜ込んだ返答をしたが、エルはにやりと笑った。


「去年の俺よりすごい」


「やめてください……というか楽しんでるでしょ……悪趣味ですよ……」


 アルが自分たちと彼女たちの間に、静寂スィランスの魔法で音を遮っているのでこちらは静かだが、向こう側は黄色い歓声が飛び交っているらしく、街を守る兵士が整理したりしている。


「朝からご苦労様だね」


 アルはにししと笑って兵士を見る。


「なんか、あの方々に申し訳のないことをしているような……」


「街の中を守るのも仕事だから放っておけ」


「……普通は盗賊とかひったくりとか喧嘩とか……」


「あの女たちを落ち着かせるのも街の治安を守るあいつらの仕事。俺たちは外の脅威から街を守るのが仕事。仕事が違うんだから気にするな」


「……はあ」


 門のところまで来ると、門番が「お気の毒ですね」と言いたげな顔をリッターに向けて閂を外す。


 四人が出ると、アルがエルを見た。


「もう静寂スィランス解いていい?」


「ああ」


 アルは懐中時計の龍頭を押した。


 途端、耳に響く大歓声。


「わたしもいくー!」


「リッター様に守られたいー!」


「行かせてー!」


 黄色い歓声が響く響く。


 塀は高く門は分厚いが、屋根がないから塀の上を飛び越えて声が聞こえてくる、


「……う~ん、確かにエル兄以上だ」


「やめてくれアルくん……」


「リッターさんモテるよ、そりゃあ」


 ジレは笑う。


「元騎士で、カッコよくて優しくて強くて冷静で、盗賊団の頭を倒すような冒険者なんて、結婚一択しかないでしょ」


「なんで私のこともよく知らないで結婚しよう結婚しようと……普通はお付き合いから始めるだろうに……」


「普通のお付き合いをするにはまずお前に接触しないといけない」


 不愛想で有名な峻嶮のエルの言葉が、笑い含みだった。


「俺の時のように寝込みを襲われるかもだぞ」


「アルくん、感知魔法、しっかりお願いする……」


「えー、どうしよっかなー」


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