第27話・繋がる絆

「ふぅ」


 外が薄暗くなってきた頃、エルはやれやれとプロムスの部屋にやってきた。


「居間にいないからどこに行ったかと思ったら」


「居間に居たら聞こえちゃうでしょう?」


「まあな」


 エルはセルヴァントの差し出した椅子に腰かける。


「まったく、あそこまで悩む前に相談すればいいのに」


「相談できなかったんでしょう」


 リッターは首を竦めた。


「大好きなお兄ちゃんは自分のせいで怪我をしたし、お父さんは自分のせいで腕を失った。自分のせいだと思い込んで、これ以上嫌われたくないと思ってしまったんでしょう。普段の明るさは、その不安を隠すための仮面だったんでしょうね」


「ずっと一人で思い悩んで……」


 エルが褐色の髪をぐしゃぐしゃと掻きまわした。


「なんで言ってくれなかったんだ……今まで」


「大切だったからですよ」


 リッターがもう一杯ワインを頼んでから、言った。


「あなたに嫌われることをしたくなかったんだ。あなたが好きすぎて、今の関係……仲良し兄妹を壊したくはなかったからですよ」


「……相変わらず人の機微きびさといな、お前は」


「それが私の武器ですから」


 リッターは注がれたワインを一口飲んで、微かに笑った。


「まあストレーガ導師のワガママには付き合いきれませんでしたが」


 ストレーガはブール国の宮廷魔法使いで、嫌いな魔法猫に振り回されて王鷲エルアミルとジレフールを逃がした責任を問われそうになり、国を逃げ出した。ストレーガとエルアミルの護衛であったリッターは、何とかストレーガに罪を押し付けて生き残ったが、立場が悪いことには変わりなく、この通り世界の果てまで二人の王鷲を探す旅に出されたのだが。


「ストレーガは何をしていると思う?」


「さあ。興味ありませんね。王の怒りを買う直前に、自分が得た責任からも逃げ出しましたよ」


「あのじじいは嫌いだから、どうなっても構わないがな」


 エルは薄いワインを一気飲みして、カップを机の上に置いた。


「あれを好いていた人間なんていましたっけ」


「いなかったな。少なくとも俺の周りには」


「騎士側でも皆が白い目で見ていましたよ。国王に直接仕える魔法使いでもないのに偉そうに、王鷲に剣を捧げた騎士にまで命令していたのですから」


「立場は上の方がいい。でも縛られるのは嫌だ。でも命令したい」


 エルがストレーガ導師の文句を言う。


「俺の傍にいたのも、俺が他国の王家とつながりを持ちそうな王鷲だったからだ。権力好きで、それを得るためなら何でもする鬱陶うっとうしい爺さんだった」


「まったく同感」


「エル兄? リッター兄?」


 突然の声に、思わずリッターはカップをひっくり返しそうになった。


「アル、くん?」


「ご飯、ここで食べるの?」


 アルが言い終えると同時に、アルの腹の虫がぐぅ、と鳴った。


「昼寝して起きたら真っ暗なんだもん。誰も晩御飯って起こしてくれなかったし。もしかして食べ終わったのかなって心配して居間に行ったら誰もいないし」


「あら、ごめんなさい。準備中だったんだわ」


「えー。お腹空いたー」


「干し肉でもしゃぶってろ」


 エルが振り返らず、後ろに向かって干し肉をぽいと放り投げた。干し肉は見事アルの手の中に落ちる。


「ぶー。早くしてねー」


 アルはぶつぶつ言いながら居間へ向かう。


 リッターが苦笑して、セルヴァントが「仕方ないわねえ」と立ち上がり。


 足音が居間に向かったのを確認して、ほっと力を抜いた。


「聞かれてなかったようだな」


「よかったー……私も結構まずいところまで踏み込んでたから内心焦ってたんですよ……」


「……ジレとの話か……聞いててひやひやしたぞ。いつ思い出すかと……」


「話をずらすのもまずいと思ったので……」



 アルは居間の自分の席に座った。


 灯りがついていないので魔法で灯を灯す。


「言ったほうがいいのかなあ……」


 アルはぽつりと呟く。


「僕が……」


「アル兄さん?」


 アルは俯いていた顔を上げた。


 目を真っ赤に腫らしたジレがそこにいた。


「ジレ、すっきりした?」


「……アル兄さんも知ってたの?」


「そりゃあね。お兄ちゃんだもん。師匠にもお前がよっく見て守るんだよと言われてたし」


「わたし……情けないなあ……」


 もう一度目を拭って、ジレは頬杖をついた。


「エル兄さんにずっと心配かけて……リッターさんに文句つけて……何やってだろ、ほんと」


「ジレは大丈夫だよ」


 アルはエルから渡された干し肉をくちゃくちゃとしゃぶりながら言った。


「こんなにみんなに心配かけてるのに?」


「心配するのは、みんながジレを好きだからだよ」


 アルは干し肉を食わえたまま言った。


「ジレが好きだから、みんな心配するんだよ。ジレが悲しんでると、みんな悲しいんだよ。……僕もね」


「アル兄さん、も?」


「当然だろ? 血はつながってないけど兄妹なんだ。僕もずっと心配してたけど、きっと僕じゃダメだろなって思って黙ってた」


「あ……」


「だから、リッター兄がしばらく一緒に居るって聞いてほっとした。ジレはきっと家族には文句も愚痴も言わないから。赤の他人にしか話せないって思ってたから」


「……ごめん。心配かけて」


「いいんだよ。ジレはそれでいい。言いたいこと言えてすっきりしたんだろ? エル兄にも言えないこと言えたんだろ?」


 こくりと頷いたジレに、アルはにっこり笑った。


「なら、それでいいだろ。これでジレはすっきりしたんだしさ。リッター兄は話すのも上手いけど聞くのも上手いからさ、文句とか全部聞いてくれるよ。エル兄もリッター兄のこと信頼してるんだから、大丈夫」


「……ありがと、アル兄さん」


 アルは笑った。

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