第26話・吐き出し口
「そう……なのかな」
「多分ね」
リッターは笑って頷く。
「冒険者っていうのは冒険で挙げた名声も含めて報酬に入る、と私は思っている。そして、今回私が得た報酬は、私の成したこととは釣り合わないほど大きい。……大きすぎる。一緒に冒険をして、それ以上の功績を立てたはずの君たちが評価されていないんだから、君たちが不満に思って当然だ」
「うん。街に出ても聞かれるのはリッターさんの居場所ばっかりで。わたしもそこにいて、戦ってたのにって……思った……」
「うん、それは正当な考えだ。君は私に怒っていい」
「でも、そんなことしたら、絶対エル兄さんが怒る。兄さんに……お兄ちゃんに、嫌われたく、ないよぉ……」
リッターは立ち上がるとジレの近くまで行って、ぽんぽん、と震える頭を叩いた。
「エル殿が、大好きなんだね」
「だって、わたしの、お兄ちゃん、なんだもん……!」
「大丈夫。エル殿はジレさんの力を疑ってもいないし、嫌いにもならないよ」
「絶対、嫌われる……」
ぐしぐしと目をこするジレに、リッターはその髪を撫でてやった。
「本当に君の力を疑っていて、本当に君を嫌いなら、エル殿は君を冒険になんて連れて行かない」
赤くなった目が、リッターを見返した。
「君の力を信頼しているからこそパーティーを組んでいるんだし、君を守りたいからこそ傍に置いているんだ」
「でも……」
「エル殿が信じられないかい?」
ぶんぶんと首を振るジレ。「はい」でも「いいえ」でもない、答えが見つからない顔だ。
「まったく、お前は」
突然の声にジレが跳ね上がった。リッターは気付いていたが。
「何か思いつめたような顔をしていたと思ったら」
「エル……お兄ちゃん……」
「まったく、悩んでいるんならなぜ相談しない。それとも、俺は相談するに値しない兄なのか?」
ジレは首を横にぶんぶん振る。これは「いいえ」だ。
「リッターが言った通り、お前をただ守るだけなら、誰も知らない場所で、店を開くか畑を耕すか、とにかく目立たないようにすればよかった。だけど、俺はそうしなかった」
涙腺が崩壊してボロボロ涙を流すジレに、エルは溜息をついてジレの真正面に座り込んだ。
「あの事件の後、お前は俺たちに冒険者をやめろとは言わなかった。傍にいて、とは言わなかった。傍に居たいと、冒険に行きたいと言った。だから、俺とアルは冒険者を続けたんだ。冒険者になりたいっていうお前の望みを叶えるため」
「じゃあ、お兄ちゃん、わたしの為に、危ないこと……」
「まだ勘違いしてるのか」
エルは息を吐いた。
「お前も俺も、冒険が好きだから冒険者をやってる。そうじゃないのか?」
リッターはちょっと笑うと、ジレの頭を撫でて彼女の部屋を出た。
プロムスとセルヴァントが、部屋の外にいた。
プロムスは人差し指を立てて口に当てて黙れと合図し、セルヴァントが手を引く。
プロムスの部屋まで案内された。
「すまないね、私たちが至らないばかりに」
「いや……彼女が怒っても当然の状況だったんですから」
「それじゃない」
プロムスの部屋で、温いワインをちびちびやりながら、プロムスは静かに言った。
「記憶操作を行っても、ジレの心にはっきりと焼き付いた闇。自分のせいで私が腕を失い、エルが傷を負ったその事実。多分彼女はずっと抱え込んでいたんだろう。家族には喋れないと……不平も不満も言わなかったあの子の、初めての文句なんだ」
「そう……だったんですか」
リッターは幼い頃のジレ……王鷲ジレフールと面識があったわけではない。ただ、エルアミルの傍で護衛をしたこともあったから、エルアミルが滅多に会えない妹を大事にしていたことは知っていた。レグニア国王女フィーリアとの婚約を受け入れたのも、フィーリア王女が世界一の魔法薬師だったからだ。フィーリアならば体の弱いジレフールを助けることができると……そう思ったからだ。
「ジレ様は、お体が弱くて……フィーリア様が調薬した薬のおかげで、やっとベッドから降りられるようになったの。それまでは、ジレ様はベッドの上で生まれて、ベッドの上で死んでいくと覚悟してらしたのよ。あんな幼いお体で……」
物心ついた時から、ベッドの上から動くことはないのだろうと覚悟して生きていた少女。
記憶が変わっても、覚悟が消えるわけではない。
ワガママなんか言えないと、自分が生きているだけで迷惑をかけていると思っていた子供。
信頼できる兄の傍に居たい、でもそれはワガママなんだろうかと不安に思っていた少女。
「何とかして差し上げたいと思っていたが、私たち「家族」ではどうにもならなかった。不平や不満の吐き出し口にはなれなかった。「赤の他人」だからこそできたこと……感謝します、リッター殿」
「いえ……私は何も。ただ」
リッターは一旦言葉を切って、そして続けた。
「あの子の吐き出し口になってあげられたのなら、良かった」
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