第25話・ジレの理由

 ……ああ。


 何となく理解した。


 ジレの武器は「神の愛し子」と呼ばれるまでの鋭い勘。実際、彼女の勘にリッターも救われている。


 だけど、エルが言ったように、ジレやアルの才能は全能ではない。いくらジレでも、別のことに気を向けていれば、リッターの方への勘は働きにくい。どうしたって戦闘中はリッターが経験と思考力で自分を守らなければならないのだ。


 ふくれっ面のジレに苦笑して、リッターは答える。


「ジレさんの勘が自分の周りにない時は自分で身を守らなきゃいけない。今回はそれが上手くはまっただけだよ」


「私の勘……外れたことないのに」


「ああ。ジレさんの勘が間違ったことがないのは、私以上に二人のお兄さんが知っているだろう」


「なのに、どうしてリッターさんだけがすごいの?」


 今回のプネヴマ討伐で、ほとんどリッターが単独でプネヴマを倒したと噂されている。確かにプネヴマ一人に限れば単独で倒しはしたのだが、盗賊団を倒したのは三兄妹であってリッターは荷物の番をしていたにすぎない。


 リッターは回り込んできたプネヴマを返り討ちしただけ。


 なのにオラシでの噂は、ほとんどリッター一人で倒した話になっている。


 これまで三人同等の扱いを受けてきたのに、今回は新入りのリッターが一人で称賛を受けているのが気に入らない……いや、何故リッターだけが目立つのかわからないのだ。


「私が珍しいんだよ」


 リッターは苦笑するしかない。


「ここに来たばかりの私が、変に目立っただけ。誰もジレさんの勘を疑ったりしていないよ」


「だけど、わたしが頑張っても誰も褒めてくれないのに……」


「おや?」


 リッターは首を傾げてジレを見た。


「君は褒めてもらいたくて冒険者をやっているのかい?」


「え」


 ジレの目も丸くなる。


「そもそも、君はどうして冒険者になったんだい?」


「わたしが……冒険者に?」


「うん。どうして冒険者って道を選んだのか。確かに君の勘は冒険者に向いている。でも、他の仕事でも活かせる。何故、危険が伴う冒険者に、まだ若い……いや幼い君がなったのか」


「幼いは余計」


「……失礼」


 リッターは胸に手を当てて頭を下げた。


「……騎士っぽい」


「一応元騎士ですから」


「そーだったっけ」


 ジレはクッションを抱え込んだ。


「……お父さんとエル兄さんが怪我したから」


「あのお二人が?」


 ふくれっ面のままこくりと頷くジレ。


「わたしが冒険者になる前、お父さんとエル兄さんとアル兄さんで冒険者やってた時。お父さんとお兄ちゃんの手柄をうらやんだ性質たちの悪い冒険者が、うちを襲ってきて」


「それは……」


 リッターは話し続けようとするジレを止めるかどうか一瞬悩んだ。それはここに住む人間たちが偽家族となった理由につながる。迂闊うかつつついたら彼女にかけられている魔法が解けるかもしれない。


 だけど。


 それは恐らく、彼女にとっては今の彼女を形作ることになったきっかけでもあるはず。


「……聞いてる。だから、説明はいらない。ただ、その時、何を思ったかだと教えてくれればいい」


「へえ。エル兄さん、リッターさんには話したんだ。あの話はしたくないっていつも言ってるのに」


 多分それは、ジレとアルに記憶を取り戻させたくはないからだ。でもリッターは敢えて、黙って話を聞いていた。


「わたしもあんまりよく覚えてないんだ。めっちゃくちゃだったから。ただ、父さんが片腕を失くして、エル兄さんが頬に大きな傷を作った。わたしは……無事だった。何となく、思った方向に逃げて隠れて、また逃げていれば大丈夫だって思えたから」


 それが、恐らく彼女が勘に目覚めた瞬間だったのだろう。命が危険にさらされたとき特殊な能力に目覚める例は少なくない。


「でも、わたしの力で、父さんと兄さんを守れれば、二人とも、ケガなんかしないはずだったのに……!」


 小さいながらも、それは悲痛な悲鳴だった。


 家族を守れる力が目覚めた時には遅かった。プロムスは片腕を失い、エルは端正な顔立ちに大きな傷を作った。


「自分がもう少し早く目覚めれば」


 リッターが言うと、ジレは俯いたまま小さく頷いた。


「だから、かい? 自分が傍に居れば、大事な家族を守れるから?」


 ジレはもう一度小さく頷いた。


「うーん。それだけじゃないと思うけどなあ」


 え? と潤んだ瞳がリッターを見つめる。


「家族を守るためなら、エル殿にこういうべきだったよ。誰も知らない場所で、店を開くか畑を耕すか、とにかく目立たないようにしないと、って」


 潤んだ瞳が丸くなる。


「冒険者は手柄を立てたらどうしたって目立つ。特にエル殿のような有能な冒険者なら。なのに、君は家族に冒険者をやめろとは言わなかった」


 丸くなった目が呆然としている。


「それがどうしてか、思考することはできるかい?」


 ジレはクッションを抱えたまま、視線を虚空に彷徨さまよわせた。まるで、そこに答えがあるとでも言わんばかりに。


「ああ、そっか」


 少しして、彼女は呟いた。


「わたし、兄さんの顔が、好きだったんだ」


「好き?」


「うん。冒険から帰ってきて、そこで起こったことを放してくれる兄さんの顔……」


「……そうかい」


「だから、ついていきたいって、ずっと思ってた。兄さんたちのやっていることが見たいって。わたしも見たいって、やりたいって……」


「なら、答えは簡単だ」


 リッターは微笑んだ。


「君は、冒険が好きだから冒険者になったんだ。そして、今腹を立てているのは、自分が大好きで一生懸命やってきた冒険に、急に現れた私が手柄を横取りしたから、気分を悪くしているんだよ」

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