第24話・努力する努力

「努力、かあ」


 アルは面倒くさそうに呟いた。


「努力、面倒くさい?」


「うん」


 リッターは思わず笑う。


「でも、どんなことでも、努力しないとできないんだよ」


「僕は努力しなくてできることやりたい」


「努力をする努力が必要だね、アルくんには」


「努力にも努力必要?」


「正確には、続ける努力かな」


 ぶう、と膨れるアルを見て、ああ、彼は本当に、興味ある事以外はやりたくないのだなあ、とリッターは思った。


 まあ、本性が猫なのだからしょうがないだろうが。


「でも、身に着けておくと、色々役に立つよ。相手の立場になって考える、ということは」


「なんでー」


「相手に喜んでもらうには、というのも考えられるんだよ」


 グネグネと中庭の土の上でブー垂れていたアルは、ピクリ、と反応した。


「相手に、喜んでもらう?」


 アルの目の色が変わった。琥珀の瞳に浮かんでいるのは好奇心。人に喜んでもらいたいという、魔法猫の本性もあるだろう。


「そう。相手の立場に立って、相手に今何をしたら喜んでもらえるのか、と考える」


「喜んでくれるかなって?」


「一つ例を出そう」


 リッターは指を一本立てた。


「もう長い間食べてなくて、お腹が減って減って仕方のない人に、肉の丸焼き。これは正解かどうか」


「正解じゃないの? お腹いっぱいになるよ?」


「ところが間違いなんだな」


 リッターは半身を起こしたアルの横の木箱の上に座る。


「なんで? お腹いっぱいになったら……」


「あんまり長いこと食べていない人に急に脂物を大量に食べさせるとね、簡単に言うと、胃がびっくりして、ひっくり返っちゃうんだ。食べていないせいで胃袋も縮むから、吐くだけならともかく、死ぬこともある」


「……そうなんだ」


「だから、正解は、お粥のような柔らかい消化にいい物を少しあげること。相手に喜んでもらうというのは、色々考えないといけないんだなこれが」


「ふえ~」


 アルは感心の瞳でリッターを見た。


「いろいろ勉強したんだ、リッター兄」


「そりゃあね。騎士になろうと思ったら、国のこととか、剣のこととか、周りの人間関係とか、争い事とか、色々知っていないとあちこちで痛い目にあわされて、国を追い出されるだけならともかく、なることもあるからね」


 のところで、リッターは自分の首を掻っ切る動作をした。


「知らないってだけで?」


「そう。味方にしなければならない人、敵に回しちゃいけない人、絶対に信用しちゃいけない人、そういう人にそれぞれ対応しなきゃいけないから」


 まあ、自分もになりかけ……というか国に戻ったら確実にそうなるのだから、偉そうなことは言えないが。


「でも、それだけ勉強したなら、なんで騎士じゃなくて冒険者になったの?」


 アルの問いに、一瞬リッターは凍り付いた。だが、すぐに笑みを浮かべる。


「分からない?」


「あ、失敗したから?」


「そう。国に戻れば確実にだ。失敗の内容は言えない。騎士は約束を守ってこそ騎士だから」


「騎士、辞めても?」


「辞めたからこそ」


 きょとんとしたアルに、リッターは苦笑した。


「職を辞めたからその秘密を喋ったりしたら、それは信頼のおけない人間ってことになるからね。秘密をばらしちゃう冒険者を信頼して仕事を頼んでくれる人なんているかい?」


「あ、そっか」


「だから、私には墓場まで持って行かなきゃいけないことがたくさんあるんだよ」


「信頼を得る、か」


 アルは真面目な顔で頷く。


「エル兄も似たようなことを言ってたけど、リッター兄が言うと説得力あるなあ」


「エル殿に聞かれたらぶん殴られそうだな」


「僕とリッター兄のどっち?」


「どっちも」


 アルはけらけら笑って、ひょいっと飛び起きた。


「エル兄には内緒ね」


「ああ」


 アルは屋敷の中へ戻っていく。


「で?」


 リッターは白い息を吐きながら、物陰を見た。


「ジレさん、私に何か用かな?」


「うん」


 それまで物陰で姿を隠してリッターを見ていたジレが、こっそり出てきた。


 機嫌が悪いのか、ちょっと頬が膨れている。


「アルくんには聞かれたくない話?」


「うん。アルは時々敏感だから」


 ジレは近づいてリッターの手を引いた。


 リッターは逆らわず、引かれるままついていく。


「入って」


「いや、ここ、ジレさんの部屋でしょ」


「入ってって」


「あの、私、女性の部屋に入ることは」


「いいから!」


 引きずり込まれて、リッターは初めて女性の部屋に入った。



 ジレの好みなんだろう、柔らかい色のクッションがたくさんある。


「どうぞ」


「はあ、では失礼します」


 そのクッションの一つにリッターは腰かける。


 ジレはふくれっ面でその正面に座った。


「リッターさん」


「はい」


「……ズルい」


「はい?」


 開口一番、そういわれてリッターの目は丸くなった。


 自分は彼女に何かしたのだろうか。


「わたしの勘が働かないのに、リッターさんがなんで気付いたの」


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