第23話・顔が売れるということ

 顔がいいだけの男、と言われた気がして、リッターは思わずムッとして反論する。


「それならエル殿の方が……」


 元王子で、乱暴に見せかけてはいるが立ち振る舞いなどが立派で、頬の傷を除いても十分女性にモテる要素があると考えられる。加えてあの強さ。手柄は「不倒の三兄妹」筆頭というだけで充分だ。


「エルかい?」


 セルヴァントは温めたミルクをリッターに手渡しながら言った。


「去年はすごかったよ。もう道を歩くだけで老いも若きも女という女の目をさらっていったもんさ。家に押しかけるどころか夜這いをかける娘さんまでいてねぇ」


  ぶぅ!


「げふっ、ごふっ、がふっ」


「せっかくのミルクを吐き出すんじゃないよお。分かるけどね」


「よ、よ、夜這い? エル殿に、夜這いをかけた?」


「そう。アルの感知魔法で引っ掛かったんだけど、アルが面白がって黙っててさ。部屋まで入ったはいいけれど、気配に気づいたエルに剣を突き付けられて泣きながら帰っていったっけ。それからはさすがに減っていったけど」


「……剣を。……まあその場合は相手が未婚の女性でも仕方ないのかもしれませんが」


「エルは必要ない相手には塩対応って言うんだっけ? 徹底的に無視するから、そのうち女の子たちも希望がないと思って消えていったけれど、あんたは女性を守る騎士だったからねえ、女の子に冷たい真似ができないでしょう?」


「……はあ」


 確かに女性は守るもので、剣を向けるなんてとんでもない、と教えられた過去がある。もちろん冒険者をやっていれば女性が敵に回ることもあるだろうから、これは直さなければならないと思っている。しかし長年の習い性は簡単に変わるものではないのだ。


 女性に冷たくは当たれない。


 まさか騎士としての教えが仇になるとは思わなかった。


「……まさか、こんな朝早くのお使いに私を出したのは」


「プネヴマの首を上げた男前がどれだけモテるか学習しとかないと。あんたふらふらと一人で外に行っちゃったりしたら、いつの間にか二桁の嫁候補に付きまとわれるよ?」


 ゾッとした。女性は守るものだと思っていた。が、女性につけ狙われるとなるとどうすればいいかわからない。


「……しばらく仕事以外では外出を避けた方がいいでしょうか」


「エルと一緒以外の時はやめといたほうがいいねえ。ああそうだ、女の人が何かを放ったからって拾っちゃいけないよ?」


「何故です?」


「ここら辺りの風習でね、未婚の女性が自分の身近なものを男性の前に投げる。男性がそれを受け取って相手に渡す。そうすると婚約成立」


「ええっ」


 リッターは絶句した。


「落とし物を拾ったから返した、だけなのに、それで婚約?!」


「そうだよ? 北じゃあ子供が生き残る確率は低いから、女は若いうちに子供を産む。当然相手にもそれを求める。強くて頑健な男が望まれる。それがいい男で賞金首を上げるような冒険者だったりしてご覧? そりゃあ胸をときめかせるわよ」


「婚約者がいると断ることは?」


「捨てると決めた国の親が決めた婚約者に義理立てするの?」


「あ、いや、それで諦めてもらえないだろうかと」


「無理だね。そもそも冒険者の中には行く街々に女を抱えてたりするやつもいるんだよ。もし婚約者がいるといってもこの街だけの婚約者でいいからって迫られるのがオチさ」


 リッターは何だか胃が痛くなってきた。


「……分かりました。この一件が落ち着くまでは、私はこの屋敷の中にこもります」


「それがいいね」


 リッターは思わぬ厄介を抱え込んでしまったようだ。



     ◇     ◇     ◇



 屋敷の中庭で剣の振りの練習をしているリッターに、アルは不思議そうに聞いた。


「女の人にモテるって、普通の人は嬉しいんじゃない?」


「エル殿はなんて言ってた?」


「モテるのも時と場合によるって」


「まったくその通りだよ」


 振りを一通り終えたリッターに、アルはぱちぱちと拍手する。


「リッター兄の剣は、きれいだ。うん、エル兄よりきれいだ」


「ありがとう」


 リッターは騎士団の中でも大剣の扱いに最も長けたと言われていた。人間相手の一対一の勝負であれば大抵の相手には勝てる自信がある。……相手が騎士であれば。


「でもやっぱりまだまだだね。私の剣は真正面から襲いかかってくる人間相手のものなんだ。この前みたいに回り込まれたりすると対応が遅くなる」


「だから考えるの?」


「そう」


 リッターは剣を鞘に収め、汗をぬぐった。中庭だけど魔法の力か、雪は入ってこない。ただ、火の気がないので、リッターの全身から湯気が上がっている。


「もし、相手が自分だったらどうするか。何をしたいか、どんなことをやろうとしているのか。それをできるだけ早く、でも冷静に考えて、それに対抗するにはどうするかと考えて行動する」


「うわ、時間かかりそ」


「アルくんだって、魔法を使うときは、どんな魔法を使うか考えて、呪文を思い出して、発動体を使って、と色々やるだろ」


「うん」


「それと同じ。慣れたら息をするのと同じくらい当たり前にそれがこなせる。そうなるように努力したんだよ」

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