第22話・一番手柄

 無事に帰った一行の、四頭の雪熊で番人はまず驚き、そこに「亡霊の牙」リーダーのプネヴマの死体があったことでさらに驚いた。


「おい、おいおい本当か?」


「本当だ。彼が倒した」


 エルは親指でリッターを示した。


「すごいなそりゃ」


「残ったメンバーも五分の一程度だから、これまでのように脅威とはなりえない。それ以前にこの冬を越せるかもわからないな」


「そうかい。春が来ても亡霊が襲ってこないと思うとほっとするよ。兄ちゃん、ありがとうなあ」


「あ、いえ、偶然ですから」


 よくやった! と自分よりデカい番人たちにバンバン背中を叩かれてリッターはよろける。


 中の一人が領主の館へ馬で飛んで行った。橇はこれ以上動かせないし、知らせは早い方がいい。


 短い距離を馬に乗った領主もすっ飛んできて、雪熊四頭とプネヴマの死体を見て感涙にむせんだ。


「なんと……「亡霊の牙」のプネヴマが……! よかった、これで私の命は助かる……!」


 何でも今回エルたちを雇うのにオラシは相当揉めたらしい。去年は冒険者の力量を見るのだとか何とか言いくるめて、春が来てからエルたちが仕留めた雪熊の半分を渡して命を保ったのだそうだ。でも今年はそうはいかないだろう。民は冒険者に救われたのだから今年も……と暴動が起きそうなほどの要望が来て、押されてエルたちを再び雇ったものの、誰かが亡霊に憑りつかれて死ぬ、と上層部は戦々恐々としていたという。


 しかし、それも「亡霊の牙」を率いる存在がいたからこそ。


 頭が死に、数も五分の一に減った残りの盗賊団が生き残るには、冬という季節はあまりにも厳しい。森の中のアジトで、食料の減りに怯えながら、矢の残りに震えながら、春を待たなければいけない。


「皆さん、よくやってくれた! ああ、春が来たら、もちろんプネヴマの首の代金、しっかと払わせていただく! 本当に、本当に命拾いをした! それだけでなく雪熊まで……! 感謝する!」


 涙ぐんで一人一人手を握って礼をする領主は、最初下働きだと紹介されたリッターにも頭を下げた。番人が下働きがプネヴマを殺ったのだと伝えたのだろう。春が来てもここにいてもらいたいと匂わされまでした。もっとも後からエルは、手柄をリッターに押し付けることで「亡霊の牙」の生き残りの矛先をリッターに向けるつもりなのだろうと言っていたが。


 しかし、それも来春のこと。雪が解けるまでは自分たちが生き残るので精いっぱいで、リッターに構う暇はないだろう、とも。


 リッター自身は。自分のやったことがどのくらいかはわからなかった。


 しかし、翌日わかることになる。



     ◇     ◇     ◇



「すいません、パンをいただきたいのですが」


 セルヴァントに頼まれて行ったパン屋で、歓声が上がる。


「あんた、リッターさんだろ? プネヴマの首を上げた!」


「え? あ、はい」


 パン屋のおばちゃんにいきなり言われ、リッターは面食らう。


「どう、うちの娘? 顔は十人並みだけど、愛想はいいし愛嬌もあるよ。オラシで暮らしてくならうちの婿むこに……」


「あ、お金はここに、どうもっ」


 リッターは慌ててパンをもぎ取って店を飛び出す。


 ところが、行く店行く店、みんなリッターのことを知っていて、娘はどうだだの孫の婿にだのと言いながら安売りしてくれるのだ。


 安売りはありがたいけれど、自分は偶然首を上げただけの初心者なのだ。嫁をもらったり婿になったりする余裕はない。


 道を歩いても声をかけられるし、若い女性がちらちら視線を送ってきたり露骨に声をかけてきたりして、とにかく大急ぎで家に向かった。



「ああお帰り。やっぱり早かったね」


「……セルヴァント殿」


 息を切らせて帰ってきたリッターは恨みがましい目でセルヴァントを見る。


「分かってましたね……?」


「んー?」


なるってこと!」


「あっはっは!」


 セルヴァントは大笑い。


「嫁候補は何人いた?」


「娘が八件、孫が六件、直接声をかけてきたのは五人!」


 この中からは、リッターが話が出る前に逃げ出したり距離を置いたりした女性は除かれている。


 セルヴァントの笑い声が一段高くなった。


「笑い事じゃありませんよ! 世間話がいきなり婿に来る話になってるんですよ?! どうなっているんですか!」


「それだけのことをあんたがやったって証さ」


 パンや野菜などのお使いを受け取って、セルヴァントはにっこり笑った。


「去年のエルも縁談や婿養子の話を持ち掛けられたもんだ。それが盗賊団の頭を打ち取ったんならそりゃあ増えるさ。それだけのヤツがうちの婿、だなんて、自慢になるし安全も買えるからね」


「私は冒険すらまともにしたことのない駆け出しで、今回の手柄も偶然だとあれほど言っているのに……!」


「まあ、手柄とその顔があればここらの大抵の娘はおちるだろうからねえ」


「なんです顔って」


「騎士って基本、美形なほうが尊ばれるでしょう?」


 パンと、野菜と、干し肉と、とテーブルの上に置きながらセルヴァントは言う。


「まあ、確かに、顔が整っているほうが貴婦人からの受けがいいですからねえ」


「ブールの騎士団でもあんたは顔がいい方だったからねえ、貴婦人が胸を高鳴らせる顔立ちの男がこんな北の果てまで来たらモテるに決まっているものさ」

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