第21話・思考力
「手柄だな」
エルは死体を確かめて呟いた。
「この辺でも一番名高い盗賊団、「亡霊の牙」の頭、プネヴマだ。確か賞金首だったはず。冬が明けてからと言われるだろうが、賞金が出るぞ」
「え」
リッターは目を丸くした。
「そんな有名なヤツだったんですか?」
「ああ。執念深いことで有名だ。一度襲撃に失敗した相手には、何度も何度も繰り返し襲撃を仕掛けて、最終的に殺す。何人もの賞金稼ぎや冒険者が挑んだが、一度ヤツを逃がすと、休む間もなく様々な襲撃があり、休む暇もなくなり、限界ギリギリまで追いつめて、最後とどめを刺しにヤツが自ら現れる。まるで亡霊が現れるようにな。しかし亡霊の頭が死ねば、あとは四散するしかないだろう」
「すごーいリッター兄!」
「すごいリッターさん!」
アルとジレが声を上げる。
「お前は昔から理詰めで物を考えるところがあった」
エルは声を潜めた。アルとジレに聞こえないようにだろう。
「だが、お前は冒険者には不要と切り捨てようとしたその技能こそが、お前の武器だ。覚えておけ」
え、と言葉を失うリッター。
「お前たちはリッターに教えているつもりだったが、教わらなければならないこともできたな」
エルは熊の上にプネヴマの死体を放り投げて、アルとジレに言った。
「リッターはあの短い間に考え得るすべての可能性を考えて、自分が人質に取られる可能性に思い至り、辺りを警戒し、迎撃に成功した」
アルとジレが目を丸くする。
「ジレは勘、アルは魔法という天性の才能で冒険者をやっている。リッターにはそのどちらもない。その代わりに、積み重ねた経験がある。才能は教えるのが難しいが、経験は学べる。リッターに冬の間、それを教えてもらえ」
「え? それはエル殿の方が……」
「俺のも勘に近いから、他人に教えづらいんだよ」
「ヴィエーディア殿に教わったのでは」
「あの方から教わったのは冒険者としての基礎。森の歩き方、尾行の仕方、獣の解体、とかな。そしてそんなことは既にこいつらには伝授済みなんだよ」
エルは困ったように溜息をついた。
「こいつらは才能が大きすぎるせいで才能に頼ってしまう。才能が万能であるならそれでもいいかもしれないが、どうしたって限界はあるんだ。そのせいで、ジレは雪熊に集中しすぎて盗賊団の気配に気づかず、盗賊団の時にお前にプネヴマが近づいていることに気付かなかった」
ジレが気まずそうな顔をする。
「アルの魔法は万能に近いが、そのせいで緩いところがある。魔法で万事解決してしまうから、魔法が使えない状況の時混乱する癖がある」
「だ、大丈夫だよ、お師匠からもらったこれがあれば」
アルは金の懐中時計を見せる。
「が、それをポケットのどこかに落として、探すのに、魔法を使おうとして使えなくて大騒ぎしていたな」
「う……」
「リッター。お前、どうやってプネヴマの襲撃に反応した」
「どうやって、というか……。襲撃している盗賊の生き残りが少ないのに、何故リーダー格がここにいないのかと考えたんです。リーダーだけが生き残っても、その後冬の森で生きていくことはできない。ならリーダーは確実に傍に居る。自分がリーダーだったらどうするか。起死回生の一撃に何をするか。一番手っ取り早いのは人質を取ることだと考えた。そしてこの中で一番人質に取りやすいのは誰か。……私です。私を人質にとれば形勢逆転できる。そう結論付けて、とにかく辺りを警戒して、気配に気づいたから、先手を打って攻撃した。そういうことです」
ジレとアルがぽかーんと口を開いている。
「……あの時、そこまで考えてたの?」
「え? ああ、うん。考えた」
「……どゆ頭してんの?」
ジレがリッターの顔を覗き込む。
「本当に考える人間は、普段から考えている。そしてそれをどれだけ早く結論付けられるかを鍛えている。あの戦闘中、リッターが疑問を抱いてから結論に至るまで、どれだけ短い時間だったか。それを考えれば、リッターがどれだけ思考力を鍛えているかがわかるだろう?」
うん、うんとジレとアルは頷き、尊敬の視線でリッターを見る。
「もしここで襲われたのがお前たちだった場合、対応できたと思うか?」
今度は二人揃って横に首を振る。
「リッターの思考回路を徹底的に真似しろ。それが叶えば、お前たちのレベルは上がるだろう」
「真似する!」
「する!」
「いや、真似させてくれと言われても」
「お前が何かやった時、後からどういう考えから行動したかを教えてやってくれ。それでいい」
「いや、それは恥ずかし……」
「教えてリッターさん!」
「僕らに教えて!」
橇を引いて盗賊と戦ってその上二人にぶら下がられて、そのままリッターは雪の中に倒れこんでしまった。
「おい、大丈夫か」
「大丈夫じゃないです……」
リッターは雪まみれで、白狼のマントにも顔面にも雪をつけて、エルに助け起こされた。
「今のことは想像した?」
「想像はできたけど……私の残り体力を計算に入れてほしかったな……」
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