第20話・考えた末
「アル!」
エルの叫びに、アルは即座に答えた。
「
炎の壁が消えると同時にエルの大剣の刀身に炎がまとわりつく。
「行け! 行けよ!」
狼使いが飼い慣らした狼たちに命令するが、炎の恐ろしさを知った狼は動かない。
そもそも、野生の強靭さを失った狼など、大きな犬でしかない。
エルはそんな狼たちの
狼たちは慌てて逃げ出す。
「逃げるな、こら、貴様ら!」
狼使いの盗賊が叫ぶが、炎とエルの気迫に怯えた狼は散ってしまって戻ってこない。少なくとも炎とエルがいるうちは戻ってこないだろう。
「くそっ、それな……」
「ら、」の次は何と言おうとしたのだろう。狼使いが何かしようとして、完全に油断した、その瞬間に、エルは炎の剣で狼使いを両断した。
「リュコス!」
「くっそ、冒険者が……!」
動揺する盗賊たちに、ジレがクロスボウを打ち込み、アルが
今度は出せる戦力を全部出して、完璧に準備して(と彼らは思っていたのだろう)、四人を
だが。
まだ盗賊のリーダーが現れない。ここまで戦力を揃えてリーダーが出陣しないなんて在り得るのか? これだけ手下をボロボロにされて……。
考えろ。自分がリーダーだったら。仲間がやられて、立て直せないほどになったら。どうする? 逃げるのは現実的じゃない。自分一人生き残ってもこの冬を森では乗り越えられない。だが頼みの仲間はガタガタだ。ここで打つ、起死回生の一発は……?
リッターは辺りを警戒した。ハンドアックスを握りしめ、精神を研ぎ澄ませる。獣の気配は分からずとも、人間の気配の読み方ならば嫌という程学習した。盗賊のリーダーが狙うとすれば……。
……右後ろ!
リッターはハンドアックスでその辺りを薙ぎながら振り返った。
アックスに確かな手ごたえ。
振り向いた先には、頭を割られた男。
そう、リーダーが狙うのは、人質を取るということ。
部外者ではあるが、三兄妹が自分を気遣っているのは知っている。それを観察していれば、人質に取って竦ませるくらいの効果はあると思うだろう。その隙に仲間を立て直せる。
残念なのは、リッターがそれなりに対人戦闘に長けていたことだ。
リッターは熊の上に倒れこんだ死体の胸倉をつかんで、高々と上げる。
「貴様らのリーダーはこの通りだ!」
まだ残って戦っていた盗賊たちが、リッターを見て、リッターの持っているそれが自分たちのリーダーだと知って、絶句した。
「リッター」
エルがリッターの方を振り向いて、一瞬、目を丸くする。だがすぐに、炎の剣を盗賊たちに向かって突きつける。
「さあ……『不倒の三兄妹』を敵に回したことを後悔しろ」
「ここで全滅するならそれもいーかもね。だって、その人数で森の中で生き残るのだって難しそうなんだもん」
アルの言葉に盗賊たちは凍り付いた。
自分たちが戦力を失いすぎたのに気づいたのだ。仲間もリーダーもいない。アジトは恐らく森の中。今いる人数で、森のアジトで襲ってくる冬獣たちを追い払いながら春を待つ……待てるか? この状態で。
かといって降伏もできない。他の季節ならともかく、冬は蓄えを削りながら終わるのを待つものだ。捕らえた盗賊に食料や薪を渡す余裕もない。冬が過ぎる前に凍死か餓死するのがオチだろう。
真っ青になった盗賊たちは、ばらばらに逃げ出した。
「逃げたって、生き残れるわけじゃないのに」
「捕まっても、生き残れないだろうから」
リッターはつかみ上げていたリーダーの死体を放り投げて、そのまま熊の上に座り込んでしまった。
「はあ……疲れた……」
「お疲れ。飲んでおけ」
エルから投げ渡された水袋。口を開くと湯気が出てきた。口に含むと、温かいお茶が入っていた。
二口三口飲んで、人心地ついてから、エルに水袋を返す。
「保温ができる水袋なんて、初めてですよ」
「もうちょっと北の海獣の胃袋だ。夏には冷たく、冬には温かく保てる」
「便利なものですね」
「リッターさん、すごい、二回目」
ジレが走ってきてリッターを見上げた。
「よく後ろに回り込まれてたのに反撃できたね」
「色々考えたのさ」
リッターは苦笑した。
「自分が盗賊団のリーダーだったら、この状況をひっくり返す作戦は何か……。それが人質を取ることだとわかれば、一番弱いだろう私を狙ってくるのは想像ついたから、あとは周囲を全力警戒」
ふわー、と目を丸くするジレとアルに、血にまみれたハンドアックスを腰に戻して、リッターは付け加えた。
「私は獣の気配は読めないけど、人の気配の読み方は学んだから。それに相手は、私が自分に気付いていないという思い込みから油断をしていたからね。手を出す前にやられるとは思ってもいなかっただろう」
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