第19話・盗賊団再来

 四体の雪熊を片付け、盗賊もいないというので、エルはリッターに手伝わせて解体開始。


 といっても、完全に熊を解体するわけじゃない。熊の内臓は本職ではないと要らない傷をつけて価値が下がるため、頭を切り落として血抜きし、雪の中に突っ込んで体温を下げておく。


 その間にエルは背負っていた荷物の中から、いくつかの木の板のようなものを取り出すと、組み合わせてそりを作った。


「すごいな」


 リッターが素直に感心する。


「雪上で大物の獣を狩るときは橇がどうしてもいるからな」


「なるほど……分解して作れるんだ」


「雪だったら滑るからな。これが土の地面だと車輪がいるんだが」


 ドン、ドン、ドン、ドンと熊を四頭積む。


「……人の力で運べるでしょうか?」


「運べる。多分お前なら一人でも引ける」


 いや無理じゃないかとリッターは思ったが、引綱を渡されて、引綱を胴に当てて、ぐい、と引っ張る。


 意外にも、橇は簡単に動いた。


「え? え?」


「動くだろう?」


 確かに最初の一歩こそ力が必要だったが、滑り出した橇は滑らかに進む。


「よし、帰るぞ。ジレ、警戒。アルは魔法の準備を」


「はーい」


「わかったー」


 リッターを中心に、ジレ、アル、エルの最強の布陣が進む。


「盗賊団、来ますかね」


「分からん」


 白い息を吐きながらエルが答える。


「熊の解体中は襲ってこないと思っていたが、その予測は外れた。どんなときにどんなものが襲ってくるかわからない以上、警戒は怠れない」


「さっきは失敗した」


 ジレが言う。


「雪熊狩りに夢中になって、周囲の警戒を忘れてた。一早くリッターさんが気付いてくれたおかげで助かったけど……わたし、まだまだだ」


「まだまだというのをわかっていればいい。間違えないのがいい冒険者じゃない。同じ間違いを繰り返さないのがいい冒険者だ」


 エルの言葉にジレは頷いて、歩き続ける。


 アルは片手でメイスをぶらぶらさせながら歩いている。油断しているように見えるけど、傍を進むリッターは分かる。アルなりに警戒しているのだ。やる気がないように見えるのはあちらの勝手。アルは全身で警戒している。


 エルがリッターの傍に居るのは、橇を引いていて一番無防備なリッターを守るため。橇を引きながら警戒していざというときに迎え撃つ……まあ無理な話だ。獲物を奪われるわけにもいかないし。


 ジレの背を追ってひたすら進む。


「リッター、大丈夫か?」


 エルが気遣ってくれる。


「何とか、今のところは」


 吐く息も白く、疲労も増してくる。オラシまであとどれくらいだったろう……。


「エル兄。代わってあげなよ」


「それは、ダメだ」


 リッターが断った。


「この中で、戦闘に、一番、強いのは、エルだ。エルの手が、塞がったら。エルの力が、失われれば、私の、腕で、カバーは、できない」


 リッターはエルの戦闘力が自分より上回っていると判断している。これまでの獣や盗賊たちとの戦いを見ていたから分かるのだ。人間相手の決められた戦いに従うだけの騎士リッターと、様々な敵、様々な獲物、様々な状況で戦ってきた冒険者エルでは、冒険者の方がアドリブも利いて判断も早い。自分が足手まといになるのが一番正しいとリッターは判断したし、エルも恐らくそう思っている。


 だから、文句はない。


「私は、いいから、アルくんは、周りを、警戒、して。襲われて、真っ先に、襲われるのは、私、なんだから」


「そ、そっか。そうだね。うん、わかったよリッターさん。僕とジレでリッターさんを守る」


「頼む、よ」


 黙々と一行はオラシに向かって進む。


 リッターの体力が随分削れたところで、オラシの塀が見えてきた。


「ジレ、気配は?」


「ない」


「おかしいな」


 エルが呟く。


「前の、襲撃で、諦める、なんて、思えない」


「ああ、俺も同じ考えだ」


 エルは大剣を握ったまま、辺りを見回す。


「……ん?」


 ジレが呟いた。


「どしたの、ジレ」


「ん……なんか、気配、する。人間……じゃない」


「獣か?」


「獣と……人間……両方の気配……」


「どういう……」


「エル兄、魔法使うよ」


 アルは外套のポケットに忍ばせていた懐中時計の龍頭をカチカチ押しながら、呪文を唱える。


「炎よ、集いて我らを敵より守れ。炎壁フランマ・パリエース!」


 ぐおう、と音を立てて、炎がリッターの引く橇を中心に円状に取り囲んだ。


「ぎゃんっ」「ぎゃっ」


 悲鳴。


「……狼?」


 炎に突っ込んできて毛皮に引火して悲鳴を上げる獣にとどめをさして、呟くエル。


「くそっ、卑怯な!」


 炎の向こうから聞こえてくる声に、リッターは自分も昔同じようなことを言ったな、と思いながら一旦橇の紐から手を放して、簡単に持てるハンドアックスを持つ。


「なるほどね、狼を飼いならしてたか」


「慣れるんですか?」


「慣れる。ただ、仔狼の時から徹底的に躾けなきゃこんな風には使えない」


 ぐるぐると唸る声が炎の壁の向こうをぐるぐると回る。


「壁はあんまり長い時間持たないよ」


 アルが声を潜めて言った。


「狼はやる気をなくすだろうけど、人間はどうだか」


「人間も火傷はしたくないはずだ」


 エルは大剣を構えた。

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