第18話・雪熊と盗賊

 森に分け入って少し、一週間前に罠を仕掛けた場所。


 十個ほど仕掛けた罠の半分くらいに、白い熊が掛かっていた。


 唸りながら罠を外そうと暴れるが、アルの魔法が掛かった罠はびくとも動かないし、雪熊の足を離さない。


 普通の熊の倍は大きい。


 エルはいつもの大剣ではなく、大形の戦闘用の斧……バトルアックスを両手で持って、手近な雪熊のところに向かった。


「ぐおおおおお!」


 雪熊は威嚇し、片手を振り上げる。


 しかし、いくら背が高くても、自分の半分くらいしかないエルに攻撃を仕掛けるのはその状態では無理だ。


 雪熊は身を沈めた。


 それを見極め、エルはバトルアックスを熊の顔面に叩き込んだ。


「ぎゃああああ!」


 悲鳴。一瞬他の熊たちも動揺する。その隙をついて、ジレやアルもそれぞれの獲物に向かった。


 リッターもその後を追いかけて、熊に詰め寄る。


 熊の頭が自分の近くまで降りてきた。


 柄の長いバトルアックスならば安全な距離から攻撃できたが、持っているのはハンドアックス。ギリギリまで近付けないと攻撃は当たらない。


 熊が体勢を低くした瞬間を狙って、リッターは熊の懐に入って鼻面にアックスを叩き込んだ。


「があっ」


 連打、連打、連打。


 何度も叩き込み、白かった雪熊の鼻面は真っ赤に染まる。


 よろめく雪熊に、リッターは呼吸を整えて、ハンドアックスを両手で構え。


 目の辺りに会心の一撃を叩き込んだ。


 雪熊はよろける。


 だけど油断はしない。雪熊は弱った振りをして獲物を油断させる知能があると聞いたから。


 だから、目に、鼻面に、連撃を続ける。


「ぐ……あ……」


 雪熊は見えない視界で何とかリッターを攻撃しようとするが、恐らくもう目が見えないのだろう、反撃は明後日の方向で、リッターはよける必要すらなかった。


(まだ……まだ……まだだ……!)


 しつこいまでに攻撃を繰り返す。雪熊にとどめを刺すまで。雪熊が動かなくなるまで。


 もう雪熊の顔面はぐしゃぐしゃで、どこが目でどこが鼻だかもわからない。


「う……るるぅ……」


 雪熊はゆっくりと倒れた。


 リッターは雪熊を捕えていたトラバサミを確認する。


 かすかな金色の光を宿していたそれは、今はデカいだけの鉄に戻っていた。


 魔法のトラバサミは、魔法を解除するか、捕らえた相手が死ぬまで相手を放さない。ということは……死んだ?


 リッターはトラバサミから解放された雪熊の元に駆け寄り、ショートソードを抜いて、とどめを刺した。もう死んでいるのは分かっているが、念のためだ。


 荒い息を吐いて額ににじんだ汗をぬぐい、他を見る。


 エルは三頭目の獲物に向かって行き、ジレとアルはジレが遠距離からのピンポイント目狙い、アルがメイスで鼻面を叩き、協力して二頭目を倒している。


 ジレかアルに手を貸してもらえばよかったか、と反省し、いやでも彼らに頼っていたらソロの冒険者はできないぞと考え直す。


 その時、身近に獲物がいなかったリッターが気が付いた。


 リッターだからこそ気が付いた。


 近寄ってくる、悪意を持った人間の気配。


 確か、盗賊団は獲物を解体するまでは襲ってこないと言ってはいなかったか。


 だが、それは思い込みかも知れない。盗賊団が上手く解体できないという思い込み。もし盗賊団が雪熊の解体ができる、あるいは雑でもいい、あるいは雪熊の儲けを諦める……。


 エルとて全能ではない。何もかもを読んでいるわけではないのだ。


 そして、気付いた自分ができることは。


 ジレが恐らく察知したのだろう、何か言おうとする前に、叫んでいた。


「アルくん! 風の壁を!」


 アルは一瞬目を丸くしたが、それで気が付いたらしく、金の懐中時計を握りしめる。


風壁ウェントゥス・パリエース!」


 矢が風に吹き飛ばされて方向を変える。


「なっ」


 エルが振り向いて、木々の間から現れた盗賊団に一瞬絶句する。


 だが、すぐにバトルアックスを投げ捨て、大剣を抜く。


 盗賊団の顔が歪んでいる。油断を、隙をついたと思ったのだろう。リッターがいなければ、矢の数発は食らったかもしれない。


「くそ、やれっ殺せっ」


 数は多い。だが、『不倒の三兄妹』を倒せるほどではない。


 リッターも人間との戦いには慣れている。調子に乗った盗賊団討伐に派遣されたこともあるのだ。盗賊の動きは分かっている。


 リッターは襲い掛かってきた盗賊の二人から身をかわし、バランスを崩した二人を後ろから蹴り飛ばして、エルが攻撃中止したせいでまだ生きている雪熊の方に追いやった。それだけでいい。


「がああっ!」


 痛みで怒り狂っている雪熊が腕を振り下ろす。それだけだった。


 盗賊たちはバラバラと散っていく。生きている雪熊を放されたらかなわない、と思ったのか。


 三分の一ほどに数を減らされた盗賊団は、捨て台詞を残して逃げていった。


「す・ごーい!」


 ジレが拍手した。


「わたしより先に気配に気づいた人って初めて! すごい、神様に愛されちゃってるんじゃない?」


「いや、盗賊団の盗伐は昔何度かやったもので……」


「経験の差? あ~悔しいな~負けた~」


 ジレとアルに両脇からぐりぐりされて、リッターはとりあえず笑っておいた。

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