第17話・狩りに向かう

 エルはリッターの装備を上から下までじっくり見て、言った。


「六〇点」


 思った以上に低かった。


「えっと、減点ポイントはどこから……」


「一つだけ」


 エルは人差し指を立て、すっと下におろした。


「靴」


「え?」


 一週間前に借りた,、サイズ直しをしてもらった雪靴だ。


「一週間前より雪は積もっているわ。幅広底を取り付けないと、埋まって動けなくなるのよ」


 セルヴァントが笑いながら言ってくれた。


「そうか……その発想はなかった。でも、これで、雪の上を歩けるようになるんですか?」


 靴の裏に取り付けた、靴底を丸く大きくする道具に、南生まれのリッターは首を傾げる。


「なる。それは自分で確かめろ」


 歩きにくそうに足を上げたり下ろしたりしているリッターに、エルは言った。


「後の装備は九八点」


「え」


「マントは自分で考えて作ったのか?」


「え、はい、セルヴァントさんに作り方を教えてもらって、あとはひたすら針仕事を」


「雪の中行動するには最高の道具だ」


 エルは無表情でそう言った。


「唯一の欠点は仲間とはぐれるとあちらから見つけられにくい点だな」


 なるほど、雪と同じ色だから景色に溶け込んで見つからなくなる。


「じゃあ、これは装備しないほうが……」


 半日かかって作ったマントを、残念そうに置いていこうとするリッターに、エルはフッと笑った。


「どうして、そんな優秀な防寒着を置いていくんだ?」


「え? でも」


「唯一の欠点、といっただろう? つまり、それをさておいても役に立つ装備ということだ。アルの暖石と組み合わせれば、最高の寒さ対策となる。それだけでも革鎧以上の防御力も持つ。お前を見失ったらアルが魔法を使う。だから、気にせずマントを羽織ってろ。ああ、それと」


 また人差し指を立てて、今度は白狼のマントを指さす。


「それ、買おうと思ったら結構な値段するからな。盗賊団も狙ってくる。いい囮になれる」


 褒められているのかけなされているのかわからないまま、装備の採点は終わった。



 そして、旅立ち。


 門番が門を開けてくれた。これから先、門が開きっぱなしということはない。雪熊や白狼の動きが本格化し、盗賊団が闊歩するこの時期、閂を開けるのは門番が塀の上から確認し、塀と塀の隙間にある小部屋で顔や荷物を確認してからだ。そして、時間になったら誰が来ても閂を外さない。


 それが、街の安全を守るということなのだ。


 前より積もった雪の中、靴の幅広底が雪に沈み込むのを抑えてくれる。


 なるほど、まじないか何かだと思っていたが、魔法の力も借りずに雪に足を取られることなく歩けるとは。


 多分、この辺りでずっと昔から伝わっている道具なのだろう。


 先人の知恵にリッターは素直に感心していた。


「リッターにい、寒くない?」


 アルプが振り向いて言った。


「いや、全然。マントと暖石が効いているのかな。ありがとう。そして心配させたね、ごめん」


「ううん、いいんだ。ちゃんと役に立ってるなら」


 にこりと笑う琥珀の瞳に宿る黒い点。虫……悪意。


 五年前、ヴィエーディアの頭に乗っかっているのを、見たことがある。


 その時魔法力が不足していて純粋な金色ではなかった。青みがかった金の瞳。純粋な金色の瞳をした魔法猫は、さぞ美しかったろう。


 ん? とアルが小首を傾げて何考えているの、と意思表示してきたので、なんでもないよ、と手を振って応える。


 アルはうん、と頷いて、再び前を見る。


 アルもジレも、人間としては年上だけど、冒険者としては後輩なリッターに、兄姉のように、弟妹のように、全力で接してくれるのがわかる。嘘をついている罪悪感はあるものの、それも彼らを守るためなら捻りつぶせる。


 多分、エルも、プロムスも、セルヴァントも、そう思っているのだろう。そして、今はここにいないフィーリアとヴィエーディアも。


「もうすぐ着くよー」


 先頭を歩いているジレの声に、リッターは愛犬の大剣ではなく、ハンドアックスを手に取った。ハンドアックスを見たエルが「それはいい考えだ」といったからである。


 ショートソードより小回りが利く上に、打撃力が高い。獣と接近戦を行う時には持って来いの武器なのである、と。


 知らないでジレに言われたまま入れたのだ、と正直に言えば、それは自分の手柄にしておけ、まあ理由がわからないまま持っていくよりはマシだがと、怒られてるのか褒められてるのかわからない評価をいただいた。


 確かに重量があって小回りが利くのだから、こういう時に便利なのだろう。どれくらい便利かは使ってみて確かめる。


 行く手から、獣の低い唸り声がいくつも聞こえてきた。


「かかっているな」


「そりゃあ、獣道のど真ん中に作って、餌がある状況だもん」


 何故かアルが胸を張る。


「いいか、リッター」


 エルが口を開いた。


「雪熊はデカい。だが、小さいこちらを狙うために身をかがめてくる。その隙をついてアックスを鼻面か眉間に叩き込め。まずいと思ったら、範囲外まで逃げろ。敵はトラバサミで動けない。距離を取れば追いかけられない」


「はい」


 真剣な表情でリッターも頷く。


「雪熊狩ったらこの辺りでも指折りの狩人なんだよー」


 アルが楽しそうに言う。


「冒険者でも名高くなるんだー」


 ジレも嬉しそうに繰り返す。


「遊ぶ時間は終わりだ。本気でやらなければ雪熊は死なないし、その後盗賊団も確実に来る。油断禁物」


「はい」


「はーい」


 アルは右手にメイス、左手に懐中時計をもって、ジレはクロスボウを構えて、エルの言葉に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る