第16話・準備

 それからしばらくは、穏やかな生活が続いた。


 もっとも、エルたち「不倒の三兄妹」はオラシに雇われて冬の間街を守ることが仕事なので、日に何回か街の外壁付近を歩いていたが、それ以外の時間、リッターはプロムスの話を聞いたり、セルヴァントに繕い物を教わったりした。


 冒険者として身の回りのことを一通りできなければ、途中で服が破れたりした場合非常に困る。ので、教わっておけと言われたのだが、冬用の分厚い生地や革を繕うのは難しく、正直生地より指を刺しているほうが多かった。最初はそんなものよと笑われたが、自分には冒険者の才能がないのかと落ち込んだりもした。


 そんな迷いを打ち消してくれるのが、ジレとアルだった。


 ジレとアルは、何か妙にリッターに懐いて、飛びついて来たり繕い物を見に来たりして、偉そうに口出ししてきて間違いをセルヴァントに指摘されて逃げて行ったりした。


 何だか、弟扱いされているようだ。


 特にジレは自分が今まで一番下だったので、年齢はともかく冒険で教えられる相手がいることが嬉しいようで、アルもジレと一緒になって弟扱いしてきた。


 騎士の家系で一人っ子で、騎士になることしか期待されていなかったリッターにとって、それは新鮮な体験だった。


 そうして、小さい頃は兄弟……兄か姉が欲しかったことを思い出したりしていた。



     ◇     ◇     ◇



 そうして、一週間。


「明日、雪熊罠の様子を見に行くぞ」


 朝一番にエルがそう言った。


「あ、そうか。もう一週間経っちゃったんだ」


 アルが呟いて、リッターも最初の冒険を思い出す。


「盗賊団が雪熊を横取りしていることはないのか?」


「そんな盗賊団がいたらこの辺りの里は亡んでいる」


 エルは肩を竦めた。


「盗賊団が冬の守りにつくといっても、雪熊が壊せない塀の上から火矢を射かけて追い払うくらいのことしかできない。雪熊は毛皮が高価で肉は美味、内臓は様々な薬に使われるが、生命力が強い。罠にかかって一週間、身動きが取れなくても、普通の人間にはまず、狩れない。火が弱点だが、それを使うと毛皮も肉も内臓も台無しだ。よって、盗賊団は雪熊に手を出さない」


「つまり、出してくるとすれば、我々が仕留めた後?」


「解体した後だな。あいつらは解体も俺たちが上なことを知っている」


「なるほど、手間を省くわけだ」


「そういうことだ。……行くか?」


「もちろん」


 リッターは頷いた。


「先週罠を仕掛けたところはそう深くないから、朝早く出れば日帰りできるかもしれん。だが、一応三日くらい生き延びられるよう準備を」


「わたし手伝う~」


「じゃあ僕も~」


「……それじゃ訓練にならないだろうが」


 エルがジレとアルの首根っこを持ち上げて引き離してしまった。


「あ~、エル兄さん放して~」


「エル兄~、教えたりしないから~」


 何だかその様子が母猫に運ばれていく仔猫のようで微笑ましい。いや、片方は猫だった。猫だってことを忘れてるだけで。


(さて、何を準備すればいいのか)


 一週間前、ど素人の自分を連れての仕事に、わざわざ日帰りで済ませてくれて、それだけの準備もしてくれたんだが。


 トラバサミ……は一番大きな荷物だったけど、今回はいらない。出先にあるから。


 食料……暖を取るもの……あとは攻撃し、身を守れるものか。


 セルヴァントに頼んで、三日分の携帯食を用意してもらう。後は寒さを遮断する、全身を覆える物。


 ピンときて、リッターは自分の部屋に戻った。


 誇らしく下がっている、自分の最初の獲物。白狼の毛皮。


(これをフード付きのマントにすれば、寒くないんじゃ?)


 取って返して、セルヴァントにフード付きマントの作り方を教えてもらう。白狼の毛皮は寒さに強いだけでなく、ある程度の攻撃から身を守ってくれる。便利だが雪熊ほどでもないけど白狼も結構強いので、白狼のマントを持っている者はそれだけである程度のステータスになるそうだ。


 せっかく自分が手に入れたお宝なのだから、自分の為に使ってもいいだろう。


 白狼の牙から作られたという針でチクチクしながら、リッターは考える。


 半年前の自分は、騎士であることを捨ててオラシで毛皮を縫っているなんて未来は予想していなかったなと。


 運命もオラシについてから急転直下で変わったので、半年どころか一週間と一日前の自分もそんな未来は欠片ほども想像してなかったと思いつつ、針仕事チクチク。


 武器は、この間借りたショートソードと愛用の大剣。森の中では大剣は振り回すと木にぶつかったりなどして危険。これを借りていなければ、白狼とも戦いも相当厳しかったろう。


 自分は器用なほうだと思っていたのは正解だったようで、針仕事も四日目からは指を突き刺す回数が圧倒的に減った。ちゃんと縫い目も揃っていて、はじめてエルに褒められたのを覚えている。それに、こうして白狼の毛皮をマントにできたのだから、初心者でも上出来。


 あとは火口箱ほくちばことある程度の燃料と。ああそういえば、この間ジレが得意げに「ハンドアックスって結構便利なのよ。解体には使えないけどそれ以外のことにはすっごく役立つの!」と教えてくれたので、ナイフ三本と一緒にベルトにハンドアックスを挟み込む。


 準備はできた。後はエル先生の審査を待つだけだが……。

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