第15話・騎士の誓い
「何故、それを私に話してくださったのです?」
エル、プロムス、セルヴァントは共通の嘘をついている。自分たちは家族だという嘘を。アルとジレの幸福のために。
何故、それに自分を入れたのだろう。
「お前は俺たちが本来家族じゃないことを知っているからな。隠すより話して協力してもらったほうがいいと判断した」
「それに、ジレもアルも君に懐いたようだからね」
それまで黙っていたプロムスが、口を開く。
セルヴァントもアルの外套のほつれを繕いながら言った。
「家族ごっこと言いたい人には言わせておくわ。事実そうなんですもの。私は本当はジレ様の乳母兼召使で、プロムスは執事で、夫婦を装っているけど実際は何の関係もない。三人とも私の子供じゃあない。でも、私たち三人、あの子たちを守りたいというのは本当で、あの子たちを守るためなら何でもするというのも本当。あなたならそれをわかってくれると思った。私たちの勝手な思い込みだけどね」
一瞬、リッターの胸が熱くなった。
この人たちは、秘密を明かしてくれるほどに、自分を信じてくれているのだ。
この人たちをとらえてブールに連れ帰って救国の英雄と呼ばれようとした自分を。
何をもってこの恩義に応えればいい?
決まっている。
共犯者になる。この人たちの嘘を補強する存在となる。あの二人が今の自分たちに疑いを持たないように。幸せな家庭が崩れないように。
「私は、何をすればいいでしょう」
だから、リッターは聞いた。
「私は今のところエルさ……殿の知り合いとしか認識されていないでしょう。私は、何の役割をすればいいでしょう」
「元ブールの騎士で、俺の知り合いで、騎士じゃなくなって冒険者になるために俺を訪ねてきた。その程度でいいだろう」
「いいのですか?」
「ああ、今更複雑な嘘をついても疑問に思われるだけだ」
「嘘のコツは、本当のことにほんの僅か、嘘を混ぜることですからな」
プロムスが片手でワインを飲む。
ジレの執事だった彼も、彼らに嫉妬して襲い掛かってきた冒険者にボロボロにされたジレとセルヴァントを守ろうとして腕を失っていた。
「今我々がついている嘘も、ヴィエーディア殿が組み立てた設定に沿っている、だから魔法力が影響しなくても何とかなっているのですから」
「全部嘘、は難しいと?」
「魔法力のない我々が記憶操作をするのは不可能ですし、できる魔法使いは今この屋敷に居ない。できることは、記憶操作でできた「偽物の本当」に少しだけ「嘘」を混ぜて、疑いがもたれないようにすることだけなのですよ」
胸が痛んだ。
この三人は、あの子供たちを守るためにどれだけ苦労しているのだろう。
それだけ、子供たちが大事だということ。
王家に生まれたから生き永らえらけど、親からの愛情をもらえなかったジレ。
大事な人たちを傷つけた相手に怒りを覚えたせいで、本性を失ってしまったアル。
そんな彼らの過去を引きずり出さないために、大人たちはいつも通りの顔で、でも慎重に、嘘が破れない努力をしている。
嘘はいけない、と昔誰かが言っていた。
だけど、幸せにするための嘘ならついてもいいじゃないか。
嘘を吐くことは悪で、どんなに痛い事実でも本当として受け入れるのが正しいという人間に、今なら自分は唾を吐きかけられる。
今だけでも。子供の間だけでも、嘘の世界であっても、幸せな生活を送らせてあげるのは、そんなにいけないことなのか?
リッターはワインをグイ、と空けた。
「分かりました」
カップを机に置き、頷く。
「この冬の間だけ、冒険者としての修行に来た元騎士。私は、それでいいのですね?」
「ああ」
「確認します。プロムス殿とセルヴァント殿は夫婦で、その二人から生まれたのはエル殿とジレ殿、アル殿はヴィエーディア殿の弟子としてお二方を守るために、義理の兄妹として入っている。そういう認識でよろしいでしょうか」
「ああ、完璧だ」
「そして気を付けなければならないのは、アル殿が感情のまま魔法力を……魔法猫の時のように怒りに我を忘れて魔法を暴走させないように気を付ける。それでいいでしょうか」
「ああ。俺たちが危機に陥れば、アルは無意識のうちに発動体なしで魔法を使う。その結果琥珀の中の虫……悪意が目覚めれば、アルは暴走する。逆を言えば、発動体を使っている間は安全なんだ。ヴィエーディア殿が虫封じの呪いをかけているから」
「分かりました。演じましょう。といっても私のやるべき役割はほとんどないようですが」
「ジレもアルもお前のことを気に入っている。お前から余計な情報が入らなければ疑うこともないだろう」
リッターはナイフを取り出した。
「これが、私の最後の騎士の誓いです」
エルにナイフを差し出す。
「もし私が信じられなければ、そのナイフで私の首を切っても構いません。私は全力で、ジレ殿とアル殿の幸せを守る手伝いをしましょう。あの二人の幸せな子供時代を作るために」
エルは軽く片眉を跳ね上げると、ナイフを受け取り、ナイフの平らな部分でリッターの肩を軽く叩いた。
それは、「その誓いを受け入れる」という意味。
騎士でなくなるリッターの、最後の約束だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます