第14話・虫入り琥珀

「……魔法猫には強大な魔法力があると聞きます。この屋敷を飛ばしたほどの魔法力ならなおさらだ。それは? どうなったんですか?」


「あいつの内に金のハートと呼ばれる魔法力は宿ったままだ。ただ、それは金のハートとは言えなくなった」


 魔法猫は人間の感謝の心を魔法力として溜め込む。それを金のハートと呼ぶ。魔法猫がすべからく金色の瞳をしているのはそのためだ。金色の魔法力が表に出て瞳を金色に変えるのだという。


「だが、今のあいつの瞳は琥珀……しかもよく見ればわかるが、黒い星が宿っている。虫入り琥珀だ」


「どうして」


「人の感謝の心を受け取るはずの魔法猫が、あいつらの敵意と殺意を受け取ってしまったんだ。金が濁り、金の残滓が凝り、虫入り琥珀となってあいつの瞳となった。人を傷つけることを覚えた魔法猫は金色になれなくなったんだ」


「そんな……そんなの、アルくんは悪くないじゃないですか!」


「そう、悪くない。だけど魔法猫としてはアウトだった」


 エルも苦々しい顔をした。


「興奮して、逃げ出した連中を叩き潰そうとしたアルを、駆け付けたヴィエーディア殿とフィーリア殿が止めて、騒ぎが大きくなる前に屋敷ごと逃げ出した。暴走するアルの魔法力をヴィエーディア殿の魔法道具で何とかコントロールして、な。その時は俺たちもひどく混乱していた。ヴィエーディア殿がアルの魔法力を借りてかけていた、記憶操作の魔法が解けて、アルは猫だったか人間だったかと。記憶操作は特殊な魔法で、俺たちの記憶操作は解けた。だけど、子供だったジレは、心に焼き付いた猫の記憶を消すために、慎重に書き換えられていた記憶が焼き付いてしまって、ジレだけはアルを人間と信じ込んでいる。その後、アルも自分が猫だったことも何故ここにいるかもすべて忘れてしまった。俺たちを助けるために……」


 リッターはエルの拳が小さく震えていることに気付いた。自分がその場にいたのに、アルの怒りを止めるどころか増加させてしまったという悔やみ。


「ジレさんがプロムス殿とセルヴァント殿を本当の両親と思っているのは?」


「ジレに焼き付いた記憶が矛盾しないようにヴィエーディア殿が上書きした記憶だ。あの時、暴行を受けたジレはパニックになっていてな。自分が弱くなければ、自分が王女でなければ……。いくつもの感情が爆発して、それを収めるために、偽の家族という安定材料を植え付けたんだ。そうでなければ精神が壊れてしまったかもしれないとヴィエーディア殿は言っていた……」


 自分の顔の傷跡を撫でながら、エルは呟くように言っていた。


 そこでリッターはもう一つ確認しなければならないことを思い出した。


「アルくんが今使っている魔法は……魔法猫と人間の魔法は違うというけれど……」


「アルは金の懐中時計を持っていたろう」


「あ、そういえば」


 金時計の龍頭を押すたびに澄んだ金色になっていった瞳。


「あれはヴィエーディア殿が作った、魔法の発動体だ」


 人間の魔法使いは魔法を発動させるきっかけとなる道具が必要だ。それを発動体と呼び、魔法使いの波長が刻まれ、失えば魔法が使えなくなるという。


「ヴィエーディア殿の話では、人間の魔法使いが発動体と呪文や道具で力の方向性を定めるのに対し、魔法猫は思うだけで魔法力を別の力に変えることができるという。つまり、発動体がなければ魔法使いに成りすませない。今のアルはあの時計で魔法を使える、と思い込んでいる。龍頭を押すのは集中するためだ。黒い怒りを消し、魔法を発動させるために集中するというルーティンだな。感情に流されれば、アルは魔法猫の魔法を使えるが、どんどん感情に押し流されてしまい、周りを傷つける魔法になってしまうからその前に止めろと言われている」


「いつからアルくんはその発動体を?」


「ヴィエーディア殿の弟子という売込みで、俺たちの森冒険の監視をしていた時から。魔法使いと思わせる道具だな。ヴィエーディア殿は凝る人で、本当に発動体として使えるものを作ったんだが、本当にそれが役立つとは思わなかった」


「……アルくんは、自分を、なんだと思っているんですか?」


「ヴィエーディア殿に拾われた弟子で、ヴィエーディア殿の代わりに俺たち兄妹を次男として見守る存在だと。……まあ今はその目的を忘れて好きにやっているらしいが」


「で、フィーリア殿とヴィエーディア殿は?」


「アルの瞳……虫入り琥珀を金に戻す方法を探しに旅だった。フィーリア殿はアルに一番世話になったから、自由な魔法猫に戻してあげたいと。魔法猫の伝承を求めて、ヴィエーディア殿と一緒にあちこちを飛び回っている。俺たちはこの屋敷をいくつかの街の借家とつないで、いくつかの本拠地を回っているという設定だ。実際には旅はしていないんだがな」


「アルくんが、魔法猫に戻れる可能性は?」


 エルは俯いた。それが雄弁に難易度を語っていた。


「アル……アルプは、俺たちを幸せにしたいと願ってくれた。そのために様々なことをし……最後には魔法猫であることまで失ってしまった。俺たちの望みは、アルとジレの幸せ。全部忘れてしまった二人が思い出すかどうか、それで幸せになれるかどうかまでは分からないけど……俺がずっと助けたかったジレと、そのジレを助けてくれたアルは、俺が守りたいものだし、フィーリア殿とヴィエーディア殿が帰ってくると信じて待っている」


「……フィーリア殿とヴィエーディア殿の不在は、なんと理由をつけて?」


「フィーリア殿が作りたい魔法薬の材料を探しに、世界中の遺跡へと。……嘘じゃないしな」


 ふぅ、とエルはすっかりぬるくなってしまったワインを飲んだ。


「冒険に行くのは、二人が記憶を疑問に思わないようにだ。人間というのは暇があるとろくなことを考えないものだからな。冒険に集中していれば、余計なことを考えずに済む。眠りも深いしな」


 語り終えて、エルは沈鬱な表情を見せた。

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