第13話・魔法猫の物語

「猫って」


 リッターの唖然とした顔に、エルはむしろこちらが唖然としたいと言いたげな口調で続けた。


「俺たちを追ってきたなら、魔法猫も捕縛対象になっていただろう」


「魔法猫なんて、そんな、冗談みたいなこと」


「……まあ、ブールはおとぎ話もあって、魔法猫の存在を信じない者も多いが……俺がエルアミルという名で、お前たちを連れてレグニムにいた頃、ストレーガが大騒ぎしてたろう。ヴィエーディア殿が黒猫を頭にのせて歩いているのも見ているはずだ」


「あれが、魔法猫?」


 ストレーガが「魔法猫が全部悪い」と言い張っていたことを思い出す。フィーリア王女が逃げたのも、エルアミルが姿をくらましたのも、みんな、魔法猫が悪いと……。


 話の上では付き合っていたが、リッターは実は魔法猫なんて信じていなかった。人の言葉を話し、強大な魔法力を持ち、気に入った人間に幸運を与える猫なんて、それこそおとぎ話だと。


 だけど、エルは当然のことのように話す。


「あれがアルの本来の姿。アミールという名は偽名だ。アルプとそのまま名乗っていれば、すぐにブールが反応するかと思ったんでな」


「おう……もとい、エル、さん、そんな、冗談を」


「冗談で猫が人間の姿になっていると言えるか?」


「……あ……いや……しかし彼はどう見ても人間で……」


「理由はあるんだ、一応な。フィーリア殿とヴィエーディア殿が今ここにいない理由でもある」


「一体……」


 そこへ足音を忍ばせたセルヴァントが戻ってきた。


「エル、アルもジレもぐっすり眠っているわ」


「よかった。これでゆっくり話ができる」


 セルヴァントがプロムスの隣の席に座り、エルがリッターに向き直った。


「あいつらにはまだ聞かせたくない話だからな」



     ◇     ◇     ◇



「アルくんが、魔法猫アルプだっていうのは、冗談ではないんですね?」


「……ああ」


 椅子にどっかと座って、エルは頷いた。


「お前が魔法猫を信じる信じないは置いておくとして、俺たちの逃亡劇はどのように聞いている?」


「……フィーリア王女が魔法猫と入れ替わってブールに向かい、エルアミル様やジレフール様と合流して、ヴィエーディア殿の魔法で屋敷ごと飛んで逃げたとか……」


「ああ、それは正しい」


 エルはセルヴァントから渡されたホットワインを一つは自分の手元に、一つはリッターに渡して、エルは静かにリッターの語った逃亡劇の続きを語り始めた。



 アルプの魔法力とヴィエーディアの魔法道具で空を飛ぶようになった屋敷で、一行は、ジレフールの休養とエルアミル・プロムスの冒険者になる修行のため、ブール北の草原に一ヶ月ほど留まった。


 ジレフールの回復とエルアミルとプロムスの冒険者修業が終わったところで、一行は東の街ミャストへ屋敷ごと向かった。


 ミャストは近くにダンジョンがある冒険者の街。ダンジョンから溢れる魔物と戦う冒険者や金になるなら命も惜しまぬという商人の集まる場所で、借家を一軒、屋敷の入り口につなげて、狭い家にぎゅうぎゅう……と見せかけて広い家で暮らしていた。


 アルプはその時人間の姿をしていたという。


 ヴィエーディアの頼みにより、魔法猫であることを隠していた。


 魔法猫が傍に居ると何をしてもうまくいく。だから魔法猫に頼ってはいけないよ、とブールではおとぎ話があるほど。だから、エルアミルやジレフールが魔法猫に頼り切らないために、記憶操作の魔法を使い、ヴィエーディア以外の全員がアルプを人間だと思っていた。


 アルプはヴィエーディアの弟子の魔法使いとして、エルアミルやプロムスの冒険についていった。


 三人組の冒険者は、ミャストで名を売り、フィーリアも名を変えて魔法薬師ギルドに所属し、目立たないように真面目に働き、ジレフールも友達を作り、命がけながらも穏やかな生活を送っていた。


 だが、その生活は続かなかった。


 初老の男性、男、少年の組み合わせで作られたパーティーの絶好調っぷりは、他の冒険者の恨みを買ったのである。


 性質たちの悪い冒険者たちは、エルアミルたちが冒険に出、フィーリアとヴィエーディアがギルドに行き、セルヴァントとジレフールしかいない借家に押しかけ、つながっている屋敷に乗り込んできたのだ。


 屋敷と魔法力でつながっているアルプは、ダンジョンの中で異変に気付き、ヴィエーディアに心話で緊急コールを飛ばすと同時に一緒に居た二人を連れて転移し、屋敷に駆け付けた。


 ボロボロになったジレフールとセルヴァント、冒険者に隙をつかれて腕を切り落とされたプロムス、プロムスを庇おうとして袋叩きにされたエルアミル。


 それらを見て、おそらく生まれて初めて、アルプは、怒った。


(ぼくのたいせつなものを、めちゃくちゃにするけんりなんて、おまえたちにはない!)


 その怒りは、魔法猫としてあってはならないものだった。


 人を助ける魔法猫が魔法力を敵とはいえ人間に向ける……それは、禁忌。魔法猫が恐れられる元凶になるから。


 だけど、アルプは冒険者たちにその魔法力を向けた。


 ヴィエーディア以外の全員にかけていた記憶操作の力を外してまでかけた魔法は、入り込んできた冒険者たちを弾き出し、悪意を持って屋敷に入ってきた全員を叩き出して……その魔法力で屋敷は宙に浮かび、ミャストから飛び去った。


 そして、目覚めたアルプは……。


 自分が魔法猫だということを、きれいさっぱり忘れていた。


 人に幸せを運ぶ魔法猫は、人を不幸にした時に魔法猫ではなくなるという。


 それが現実となったのだ。

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