第12話・猫だからな

 そのまま一行はまっすぐ、街はずれの屋敷に向かった。


「ただいま」


「お帰りなさい」


 エルが声をかけながらノックすると、セルヴァントが笑ってドアを開けてくれる。


「雪はちゃんと落としてね」


「はい」


 全員が頭や肩、荷物に積もった雪を払い、靴底にこびりついた雪を落とす。


 そうして、やっと暖かい室内に入れた。


「ふはぁ~っ」


 アルが真っ先に重い冬装備を脱ぎ捨て、暖炉の前へ直行する。


「寒かったー」


 ガチガチと震えながら、暖炉に頭を突っ込みそうな格好で暖まっている。


 やはりアルも南国ブールの生まれなのだろうか。それとももっと南? ブール生まれの自分やエル、ジレより寒がっている。単に冷え性なだけかもしれないけど。


 ジレも手早く荷物を下ろし、暖炉前のソファにダイブする。


 エルはゆっくり荷の中身を確認し、寒さで固まって荷物を下ろせなくなっているリッターから荷物を下ろしてやっていた。


 重い荷物がなくなって、へたり、とその場に座り込む。


「大丈夫か」


「辛うじて」


 コトン、と音がして、アルが作ってくれた暖石が落ちたことに気付いた。暖かくはあったが、疲労を取ってはくれなかった。


 息が白くないのを不思議に思って、ああここは暖かいのだと納得する。火があり、人がいる、それだけで世界は暖かくなる。


 座り込むリッターから、セルヴァントが革の外套を脱がせ、ブーツを外し、上半身の服を脱がせると暖かいタオルで体を拭いて服を着せかけてやった。


 そんなセルヴァントに、エルは狼肉を渡す。


「じゃあ、焼いてくるわ」


「どうだったね?」


 台所に引っ込むセルヴァントと入れ替わりにプロムスが奥から出てきた。


「雪熊の罠を仕掛けるついでに白狼を狩ってきた。帰り道に盗賊団に襲われた」


「この辺の盗賊団はお前たちに敵意を持っているからね」


 温かいワインを飲みながらプロムスは自分の椅子に座る。


「敵、意?」


「オラシも一昨年までは盗賊団を入れていたんだ」


 まだはっきりと発声できないリッターに、エルが抱えて椅子に座らせ、セルヴァントが木のカップに温かいワインを渡してやる。


 震える手で一口飲んで、やっとリッターは人心地着いた。


「盗賊団を入れていた、とは?」


「里が盗賊団に守ってもらう、と言ったろう」


 エルが横の椅子に座った。


「オラシは盗賊団を複数入れて冬の守りとしていたんだ。ところが盗賊団同士の争いが始まり、冬が明ける頃には都市はめちゃくちゃ、それで去年、あの領主が伝手つてをたどって俺たちを雇ったんだ」


 くいっとカップを空にして、エルは続ける。


「結果、オラシは餓死者も凍死者もなく、喧嘩や争いもなく、盗賊団も叩き返し、雪熊十五頭の毛皮、肉、肝が懐に入った。安上がりにするより金をかけたほうが安全と領主は判断して、今年も俺たちを雇った……」


「盗賊団にオラシが逆恨みされないのか?_他の季節に襲われたりとか……」


「盗賊団が必要なのは壁、食料、薪だからな。場所が潰れたら盗賊団も潰れるんだ」


「ああ、なるほど」


 納得した。


「リッター」


 エルが立ち上がりながら言った。


「今日最後の仕事だ。狼肉を干す」


「干す?」


「保存できるようにだ」


 エルはアルとジレの荷から狼肉を取り出し、リッターに彼が捕った肉を持たせて地下倉庫へ行く。


 壺から塩を取り出して、肉に塩を揉みこむ。そして吊るし干しする。


「これでしばらく干しておけば、遠出するときのいい保存食になる」


 リッターの分だけ、少し遠くに干されている。


「何故、私のだけ」


「初めての獲物だ、自分のものにしろ」


「……エル、さんも、同じようなことが?」


「ああ。森で冒険の練習をしていた時、初めて狩ったウサギを解体して干し肉にした。それがあんたの報酬だと言われたとき、生まれて初めて自分の手で自分のものを手に入れたような気がした。王子として受け取っていた柔らかい牛肉より、ウサギの干し肉が尊く思えた」


 冷たい水で手を洗ってから部屋に戻ると、食事の準備ができていた。


「狼肉の香草焼きよ。内臓をきれいに取ってくれたからいい匂いよ」


 食を与えてくれたすべてに感謝して食べ始める。


「あ、美味しい」


 狼の生肉を調理したものなんて食べたことがなかったので、どんなものか恐る恐るだったが、意外と美味しかった。何より焼き立ての肉は寒い所から力仕事をして帰ってきた時は御馳走だ。


「アル、ジレ」


 お腹がいっぱいになってうとうとしかけている二人に、エルが声をかけた。


「寝るなら部屋で」


「お部屋は暖めてあるから」


「ありがとお……」


「ん……僕も寝る……」


 やはり年少二人は鍛えてはいても、睡眠が必要なのだろう。


「武器の手入れは早めにしておけよ」


「はぁい」


 二人がでていったあと、エルとリッターはナイフの手入れを始め、プロムスはゆっくりと暖炉に当たり、セルヴァントは忙しく皿を片付けていた。


「それにしても、アル君って」


 なんとなく沈黙に耐え切れず、リッターは話のタネを探して、探し当てて言った。


「猫みたいですね」


「どうしてだ?」


「なんか、気ままっていうか気紛れっていうか……」


「まあ、猫だからな」


「ええ……え?」


「猫だからな」


 エルは繰り返した。

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