第11話・オラシに帰る
しばらく戦って、盗賊団は逃げ出した。
「待て……っ!」
リッターが追いかけようとして雪に足を取られる。
「地の利はあちらにある。深追いは不要だ」
「オラシに襲ってきたりは……」
「ない」
盗賊の遺体を改めながら、エルは言い切る。
「この時期、盗賊が欲しいのはなんだと思う?」
「え。金……?」
「違うな。春までの安全だ」
きょとんとしているリッターに、エルは最後の一人を確認して、雪の上に放り投げてから肩を竦めた。
「盗賊団のアジトは大体森の中にある。だが、ただでさえ危険な森の中、雪が降って冬の獣たちが動き出すとアジトはそいつらの
「盗賊団と?」
「そう。命あっての物種だからな」
「なるほど……」
「前の冬、オラシは俺たちを始めて雇った。そこでいい結果を出したから、この冬も雇ってもらえた。冬の獣と盗賊団、その他、
「はー……」
リッターはもう溜息しか出ない。
「で、お前はこの冬はどうするんだ?」
聞かれて、頭の中が真っ白になった。
雪が降ってしまえば、南生まれの自分は到底雪道を越えてブールには帰れないし、帰れたとしても目的不達成で罰せられるのが目に見えている。
少なくとも、冬はオラシで越すしかない。
しかし、オラシに知り合いもいないし、冒険者用の宿屋も冒険者が来ないから閉じてしまう。開いていたとしても懐具合は寂しくて、国の名前も出せないから野宿……いやオラシを追い出される可能性だって……。
青ざめるリッターに、エルはぐい、と背を押した。
「時間が過ぎれば俺たちが外に居ても閂は閉じられる。話は歩きながらだ」
「は、はい」
一流の冒険者でもしなくていい野宿はしたくないんだろう。
「死体は冬の獣たちが片付けてくれる。行くぞ」
「で、だ。話は戻るが」
「……はい」
「冬の間、オラシで俺たちの補助をするか」
「え?」
リッターは思いもかけなかった言葉に間の抜けた声を上げてエルの背を見た。
「補助……要するにオラシの外に出るための準備や荷運び、後始末。雑用だ」
「え……それは、どういう……」
「国を出ることは決めたんだろう?」
誰にも言っていないけれど、そうするしかないと心に決めていた。問題は、何も知らない自分がどれだけやっていけるか。
「一冬、家に住み込んで、冒険者のやることを一通り覚えたほうがいい。報酬は一冬の家と飯。後はお前が手に入れたものだ。どうだ?」
「でも……私は、足手まといだと……」
「騎士の誇りとやらを引きずるのであれば放り出そうと思っていた」
エルはリッターを見ず歩きながら言葉を続ける。
「だが、文句を言わず荷を運び、きちんと敵を仕留めた。少なくとも、駆け出しとしては及第点だろう。第一、ジレやアルも言ってただろう。誰だって最初は足手まといだと。俺はヴィエーディア殿に散々言われた。ジレも帰り道俺が背負って帰った。お前が冒険者になるというのなら、あるいは世界を放浪する流れ者になるのなら、その参考くらいにはなるだろう。どうする?」
「……お……」
「お?」
「お願い、できます、か」
「ああ」
不愛想に言い捨てて、エルは前を進む。
リッターの前と後ろから、突然重みがかかった。
「わーい! リッターさんが仲間入りー!」
「リッターさんが仲間-!」
「お、重い! ぶら下がっ……」
「歓迎は家に帰ってから!」
エルの一喝でアルとジレはリッターの首っ玉に飛びついた手を放して着地する。
「最後まで油断しない」
「はいっ」
「はーい」
再び無言の行軍が始まり、そして一言も発しないうちにオラシの門が見えてきた。
◇ ◇ ◇
門をくぐると、エルは屋敷とは別の方向に向かった。
「どちらへ?」
「雇い主に報告をしなければ」
「なるほど」
少し歩いて、都市の中心近くにある大きな家に向かう。
門の前で門番が立っていたが、エルを見て門を開ける。
入っていくと、暖炉がごうごうと燃え上がる部屋で、領主が待っていた。
中年を少し超えたくらいの男が、髭を撫でながら出迎えた。
「エミール殿、外はどうでしたかな?」
「まだ凍るほどではありませんね。ただ盗賊団が出てきました。何人かは仕留めましたが、結構な数逃げていますね」
「一掃、とはいきませんでしたか」
「囲まれていましたので。こちらが不利でした」
「怪我無しというのはさすが不倒の……おや? 一人多いようですが」
領主の不審そうな顔に、エルは平然と答える。
「雇った下働きです。こいつは一人前の働きができないからこいつの報酬上乗せはいりません」
「いや、そうしてくれると助かります。こちらもギリギリのところでやっておりますのでな」
「とにかく、雪熊用の仕掛けは置いておきました。雪熊の毛皮と肉と内臓はお約束通りそちらへ」
「たくさん狩れるといいですなあ。去年の十五匹の雪熊はすごかった」
「そうなればいいですがね」
エルは無表情で報告を終えると、三人に視線を送って館を後にした。
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