第10話・自分の獲物

「何故わざわざ獣を集める真似など?」


 骨や内臓を地面に埋めながら、ジレが答えてくれた。


はらわたとか、骨とか、いらない部分は、ここに置いてくよね」


「え? そうですね、荷が重くなりますから」


「すると、ここに餌になるものがあるって熊が判断するんだよ」


「! ああ!」


 やっとリッターは納得がいった。


 要は、だ。餌の匂いで誘き寄せて、罠にかける。


 人間の匂いは警戒だが、白狼の死骸は餌。匂いにつられてやってきて、雪に閉じ込められた内臓や骨を掘り出そうとして罠にかかる。


「ああ、そうか。餌を持ってくるよりここで獲物をしとめたほうが荷物が軽いんだ」


「あたり。……まあアル兄さんの悪ふざけは度が過ぎたけどね」


「ひどい、せっかく狼をおびき寄せたのに!」


「間違ってリッターが罠を踏んでしまったらどうするつもりだった?」


「僕の魔法が誤作動を起こすことはないよ」


 ごすっと拳が落ちた。


「エル兄~」


「反省の色がない」


 鉄槌を落としたエルは、手袋をはめた手をぶらぶらさせて、溜息をついた。


「結局最後は実力行使しないと聞かないんだ、お前は」


「しなくても聞くよ~」


「聞くだけで反省しないだろう」


「うん、しない」


「認めるんじゃない」


 もう一発鉄槌いっておくか? という目で見られ、さすがにアルは小さくなった。


「これでよし」


 ちょうどいい感じに内臓などをばらまいたエルは、罠を一つずつ確認して、頷いた。


「確認は一週間後だ。今日はここまで」


「は……はい」


 吐く息は煙のようだ。徒歩、森の雪道、罠の仕掛け、獣との戦闘、解体、と初めて尽くしで息が荒くなる。


「ここを離れるぞ」


 全員荷物を下ろして罠を設置していたので、荷物は詰め直し。


 ジレが甲斐甲斐かいがいしくリッターの荷物をまとめてやっている。


「あ、ありがとうございます、でも」


「やらせてあげなよ」


 アルが荷物を詰め直しながら、申し訳なさそうなリッターに言う。


「ジレは嬉しいんだよ。後輩、かな? そういうのができたのが」


「アル兄さん!」


 ボスっと雪玉がアルの顔面に当たった。


「あたりー」


 アルは言って自分から雪の上にひっくり返る。


「アル」


 エルは荷物を担ぎながら呼ぶ。


「なぁに?」


「帰ったら、説教だ」


「うぇえ」


 荷物の大部分だった罠がなくなって軽いリッターの荷に、エルが二つの袋を突っ込んだ。


「え?」


「お前の仕事……お前の報酬だ」


 白狼の肉と毛皮。


「私の……報酬……」


「そうだ。冒険先で手に入れた依頼品以外のものは、倒した人間のものだ」


「でも、皆さんも……」


「だから全員二頭ずつ、お前のはそれだ」


 一頭分の毛皮と肉。


「門限までにオラシに帰れなくなる。さっさと背負え」


 背負うと、何故か行きより荷が重いような気がした。


 だが、それは嫌な重さではなかった。


 自分が手に入れた重さ。命の重み。


 リッターはしっかり背負って、帰りの道に踏み出した。



 帰りは行きより楽だった。


 荷物は軽くなり、任務は果たした。帰る場所までの距離は体が覚えている。


 空には雲が垂れ込め、雪が降りだし、しかし、とエルは言う。


「この程度なら積もらないな。運がよかった」


「雪が積もるとどうしても歩きが遅くなるからね。足が遅くなって雪が積もりだすと、都市が目の前でもビバークしなきゃならなくなるもん」


 ジレが運がいい運がいいと繰り返しながら歩く。


 森を出て、雪が降り積もる中、一行の足取りは帰りが近いと早くなる。


「うん、が、いいねー」


 のんびりとアルもそれに続く。


「いいね、いや、いいや」


 ジレが唐突にぴたりと足を止めた。


「ジレ?」


 ジレが腰に下げていたクロスボウに矢を装填している。


「なんか……ヤバいのが、来るっぽい」


「そんな気配は……しないけど」


 アルが呟きながらもメイスを構える。


「用心しろ」


 エルも言って、大剣を抜く。


 リッターも習って愛用の大剣を抜きながらも、周囲に何の気配もないのに、と、不審そうに三人を見る。


 三人とも、真剣だ。


「ジレは、「神の愛し子」と呼ばれる」


 エルは油断なく辺りに気を配りながら、言った。


「それは、危険を察知する能力が極端に大きいからだ。時には熟練の冒険者でさえ見逃すような気配を察知する。だから、ジレがヤバいと言ったら、危機が確実に迫っているんだ」


 リッターは唾を飲み込んで、気配も何もない中、大剣を構え、それをどこに向けようか迷っていた。


 じり、じりと三兄妹が動き、リッターと円を描くように並んだ。どの方向から来ても対応できるように。


 ぴく、とアルが動いた。


「風に捧げる魔法力、望むは風の壁! 風壁ウェントゥス・パリエース!」


 暴風が四人を取り巻くように吹き、矢を弾き飛ばした。


 矢?


「オラシ狙いの盗賊団かっ」


 ジレが連射の利く特殊なクロスボウを放ち、木の上へ放つ。


 どさどさと矢を構えていた男たちが落ちてくる。


「おおおおおおおおおおおお!」


 エルがバラバラと現れた賊の中に突っ込み、奮戦する。


「エルっ……」


「リッターさんはそっちを警戒してっ」


 ジレがクロスボウに装填しながら叫んだ。


「帰りを襲ったってことは、確実に包囲してるってことだから……!」


「は、はいっ」


 横の茂みから盗賊が飛び出した。


 人間相手なら動きは分かる。リッターは即座に愛用の大剣を振り下ろし、敵を叩き切った。


 そうか、賊も、当然敵になる。


 リッターは妙なことに感心しながらも、背後に回り込もうとしていた賊と剣を切り結んでいた。

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