第9話・白狼
「普通の罠と違う?」
「ああ」
エルはリッターの背負っていた荷物から、巨大な金属製の罠を取り出しながら頷いた。
「普通の熊はトラバサミという罠を使う。罠の真ん中を踏むと両端が跳ね上がって足を挟むんだ。だが、普通の罠では雪熊のサイズには合わないし引っ掛かっても簡単に外してしまう。だから俺たちは、魔法を仕込んだわなを仕掛ける。……アル、やってくれ」
「うん」
巨大な輪のような罠に、アルプが手をかざす。
「獣は囚われる。白き巨大な獣は罠に。捧げるは我が魔法力。
ぽう、と一瞬、罠に金色の光が宿った。
「これで、雪熊以外にこの罠は作動しないし、いったん作動すればここから動けなくなる」
「すごい魔法ですね……!」
リッターが呟いた。
「ここ、踏んでも大丈夫だよ」
「え、ここ?」
「踏むな!」
アルに言われて踏んでみようとしたリッターは鋭い声で叱られた。
「人間の匂いがついたらどうする!」
あ、そうか、と慌ててリッターは踏みかけた足をひっこめる。
「こら、アル兄さん!」
「簡単とはいえ命がけ、しかも初心者相手にでたらめを教えるな!」
兄と妹両方に怒られても、懲りる様子もない。
「そこに気付くかなーって試したんだ」
「ここで、やることじゃ、ない」
エルは
「ごめんごめんごめん」
「俺に謝るんじゃないだろう」
「えーと?」
「かわいい顔しても無駄!」
ジレに一喝され、ぴくんと琥珀色の瞳が見開かれる。
「ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ!」
とどめにジレの手刀がアルの頭を
「リッターさん、ごめんなさい……」
兄妹にしっかり叱られて、さすがにこれは、と思ったか、しゅんとして頭を下げられた。
「いや、気付かなかった私も悪……」
「くないっ」
ジレが切れた。
「初めてなのに嘘教えられてそれを覚えちゃったらどうすんの! 最初の癖っていうのは残るんだからね?! リッターさんがそれで大変な目にあった場合、アル兄さん、責任とれるの?!」
「……はぁい」
「はぁいじゃないはぁいじゃ!」
いや、雪の森の中でわぁわぁ言ってて大丈夫なのだろうかとリッターが心配していた時。
アルがニッと笑った。
「来たね」
「来たな」
エルが腰のショートソードに手を伸ばす。ジレも小型のクロスボウをセットした。
「不思議だったでしょ? こんな森の中、大騒ぎしてたのが」
「え、それも作戦……?」
言われて自分も借り物のショートソードを抜きながら、辺りの気配を伺う。
……殺気。人間のものではない。
「分かった?」
「……うん」
リッターも頷いて、森の茂みを剥く。
数頭の獣が、こちらを取り囲んでいる。
「アル、先制攻撃」
「炎よ、集いて我が敵を射抜け。
炎の矢がアルの周りに現れて、四方八方に散った。
「ぎっ!」「ぎゃっ!」「ぎゅうっ!」
いつの間にか取り囲んでいた白狼が、顔面に矢を食らって
「頭だけを狙え!」
エルの言葉は自分に向けられた、と判断し、リッターはショートソードを構える。
顔面に魔法を食らったというのに、白狼たちは一瞬ためらってそして襲い掛かってくる。
リッターにも一頭。
人間相手の戦闘は慣れているが、獣相手は初めてだ。
大口を開けて迫ってくる狼。
真正面からまっしぐらに向かってきた狼に、反射的にリッターはショートソードをまっすぐ突き出した。
右手に衝撃。
「ぎゃんっ」
意地で目を開けていたので、すべてを見ていた。
突き出したショートソードの切っ先が、偶然狼の右目を捉えた。
狼の走っていた勢いのまま、どすっとショートソードが貫通する。
「……あ」
獣は、頭の奥まで貫かれて命を落とした。
どうしたものか、と悩んだ一瞬。
「リッターさん!」
ジレの警告。
右後ろから別の狼が狙ってきたのだ。
「動かないで!」
鋭い警告。反射的に固まる体。襲い掛かる狼。狼を横から貫く黒い影。
何もかもが一瞬の内だったのに、リッターの中ではゆっくりと流れていった。
そして、瞬き一つ、それで全部終わっていた。
「よくやった」
エルが歩いてきて、リッターのショートソードから狼を引き抜く。
白銀の美しい毛皮に傷がないのを確認して、頷く。
「このままで売れる。この辺りの冬獣は毛皮が高く売れるんだ。偶然とはいえよくやった」
「私……が……殺した……?」
「そうだ。お前が仕留めた、お前の獲物だ」
「え」
「解体の方法を教える」
エルは淡々と言った。
「その狼の毛皮と肉は、お前の報酬だ。きちんと
七頭の白狼が仕留められ、他の獣たちはこの場を離れていった。
他の狼を解体する三人に横からいろいろ言われながら、リッターは外套を血まみれにして初めての解体に挑んだ。
革手袋をはめたままで、ナイフで狼を捌くのは大変な重労働だった。
三人が二頭ずつ捌き切って、アルとジレが右と左から指導して、借りたコートを血みどろにして、何とか「まあ、売れんこともないだろう」と評価を得た。
生まれて初めての冒険の獲物は、ブールでは高価な白狼の毛皮と肉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます