第7話・雪景色

 リッターの体のサイズと足形を測ったセルヴァントは、倉庫から引っ張り出した冬用の外套とブーツをざっと見て、近いものを選び出し、猛然と修正を始めた。


「あ、あの、そこまでしなくても」


「冒険者に必要なのは、身の丈に合った装備」


 革の外套を物凄い勢いで縫い合わせながら、セルヴァントは言う。


「わたしがこの家にいるのは、三人の革鎧を体にぴったり合わせられるからなのよ。そうでなければどこかで召使で働いていたでしょうね」


 なるほど、セルヴァントも後方支援としてかなり優秀らしい。


「あとは携行品のの仕入れとか携帯食とか……」


 リッターに説明しつつ、猛烈な速度で革の外套をつくろう。


「『不倒の三兄妹』は、決して三人パーティーじゃない。情報を集めてくれる義父と装備を見定めてくれる義母も立派なメンバーだ」


 エルはそう説明すると、「もういいか」とセルヴァントからリッターを引き離した。


「寝ろ」


「は、はい?」


「明日は慣れない雪の森を一日歩くんだ。早く寝て少しでも多く体力を蓄えておけ」


「はい」


 馬に乗って街道を行くだけでも大変だったのに、積もっている、森を、荷物を背負って歩くのは大変だろう。リッターは大人しく後に従って、客室に入った。



 毛皮を使って作った毛布に包まって、リッターは、なぜ自分があんなことを言ったのかと思いを馳せていた。


 冒険者に、なる?


 リッターは、自分が騎士であることに誇りを持っている。いや、持っていた。


 国のためなら命を捨てられると思っている。いや、思っていた。


 価値観が覆されて、どうすればいいかわからなくなって、エルに連れて行ってくれと言ってしまった。


 冒険者に、なれるのか? 自分が?


 騎士という枠組みの中で生きていた自分が、枠組みから外れて、自分の技量だけが頼りの冒険者に?


 だが、とリッターは思う。


 このまま国へ帰っても悲惨な結末しか思いつかない。


 最悪の結末を避ける唯一の方法が、国に帰らず、手の届かない遠くへ逃げることだ。


 そうやって逃げて、生きていけるか。


 それを試したかった。国の支援なしでも生きていける自分であるかどうか。


(……寝よう)


 目を閉じ、毛布に包まって、思ったのはそれだけ。


 冬の街道を走った疲れで、眠気はすぐに訪れた。



     ◇     ◇     ◇



「おっき」


 ん?


「ろー!」


 どすっと音を立てて、重いものが腹の辺りに降ってきて、リッターは「ぐえ」とカエルのような声を上げた。


 重くて勢いのあるものが腹に降ってきたので、結構痛い。


 呻いて目を覚ますと、琥珀の瞳がこちらを覗き込んでいた。


「起きた?」


 喉からぐぅ、と音が出たが、それ以上喋れない。


「アル!」


 エルの声が飛んできた。


「人を起こすのに降ってくるのはやめろって言ってるだろう!」


「だって起きないんだもん」


「荷物持ちが出発前から潰れていると困るんだよ!」


 アルはペロ、と舌を出してリッターの上からどいた。


「……生きてるか?」


 何とか、と言いたかったが、声が出ない。


「すまん。アルの癖なんだ。起こす相手の上に降ってくるっていうのは」


 逃げ出そうとするアルの首根っこをつかんだエルは、じっとアルを見た。


「何か言うことは?」


「ごめんなさい」


「やることは?」


治癒サナーレ


 腹に飛び降りられた衝撃と苦痛が一瞬にして消える。


「依頼に行く前に魔法を使うのは……」


「お前が余計なことをしなければ魔法を使わずに済んだんだ」


 しゅーんと落ち込むアル。


「……いや、反省してないだろ」


「してるよー」


「してるんならさっさと準備しろ」


「はーい」


 さっきまでのしゅんとした態度はどこへやら、アルは歌いながら倉庫の方に行ってしまった。


「……猫のような方ですね」


 リッターの呟きに、返事があった。


「自覚がないのがなお悪い」



 着込みすぎると動けなくなるので、頑丈な外套を革鎧代わりに。リッターの荷物は三兄妹より少し大きい。


「武器は持っているんだろう」


「ええ、これを」


 ブールで作られた大剣だ。


「これも持っていって」


 セルヴァントが一振りの小剣を手渡した。


「いや、しかし」


「持っていけ。森に大剣は相性が悪い」


 エルの言葉に頷いて、温かい乳粥をすすってから、エル、アル、ジル、リッターの四人は屋敷を出た。



 門番がかんぬきを開け、重い扉を押し開ける。


 目の前にあるのは、一面の白。


「……すごい」


「何が?」


 ジレの藍色の瞳に顔を覗き込まれて、リッターは思わず言葉を詰まらせる。


「ブールに雪が積もるほど降ることはないからな。雪景色が初めてなんだろう」


 こくこくとリッターは頷く。昨日積もりかけていた雪は、今はすべてのものを飲み込んでこんもりと柔らかい形に変えている。


 微笑ましい景色だが、それが人の命をも奪うものだ、とエルは言った。


「そら。しっかり歩いてついてこい」


 オラシの北門から、北、黒の上に白を被った塊が、森だろう。


「今回は野宿はない。往復で帰ってこれる場所だ。雪熊の退治は一冬かけて行うことだから、今回は前準備のようなものだ」


 リッターの持たされた荷物の中には、熊用の大きな罠がいくつもある。


「あいつらが動き出すのは、もう少し冬が深まった頃だ。その前に罠を仕掛け、迎え撃てるようにする」


「それは、狩人の仕事では?」


「雪熊は罠にかかっても、そこから仕留めるのは狩人には無理なんだ。連中は罠にかかった時は大人しい。死んだように見える。だが、人が近づいて罠から外そうとすると暴れ出し、外しかけた罠を力ずくで開いて襲ってくる。狩人では雪熊と戦えない。だから冒険者なんだ」


「なるほど……」


 雪熊の知識があるからこそだ。


「ついでにユキウサギや銀狐を狩って、肉と毛皮を手に入れようというわけだ」


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