第2話・ジレとエル

「遅いぞジレ! もうすぐ門を閉めるところだ」


「ごめんごめん! 途中で旅人さんを拾ってさ」


 ジレという少女は門番にけらけらと笑って相手をすると、リッターを押し出した。


「こんな時期に旅人ぉ?」


 門番が不審そうな顔でリッターを見る。


「何者だ?」


「リッターと言います。ブール国から来ました」


「ブール? ずいぶんと遠い南から……。何をしに?」


 身分証明の割符を見て、門番が問いかける。


「人探しですが……時期的に、ここで冬を越すしかありませんね……」


「吟遊詩人だったらよかったんだが」


 吟遊詩人は自分の歌を売り物に旅をする。雪で閉ざされた里では、彼らはとても重宝される、何せ知らない歌を毎日語るのだ、憂鬱で命がけの生活に潤いが出る。


「歌は知ってますが、それを売れるほどでは……」


「冒険者の宿ならないこともないが、金がかかる」


 まず食事。次に薪代。冬の滞在は夏以上に金がかかる。


「あんた、剣は使えるか? 戦えるか?」


 チラリとリッターの腰の剣に目をやって、門番が問う。


「ええ、最低でも身を守れるくらいには」


「だったら、近くの森林迷宮に潜って飯くらいは狩れるか」


「何、お兄さん冒険者?」


 ジレが声をかけてきた。


「冒険者ではないんです。尋ね人を探しているのですが、見つからず、こんな北の果てまで来てしまったのです」


「あらら」


 ジレは藍色の瞳を半目にしてリッターを見る。


「お兄さん、何者?」


「貧乏くじを引かされた旅人です」


 あっはっは、とジレは笑った。


「とりあえず、うち来る?」


「うち?」


「うん、うち。この時間じゃ宿も食事ないでしょ。家族は多いけど、一晩くらいなら。あたしはユキウサギ八羽狩ったから、お兄さんに分ける分はあるよ?」


「是非」


 リッターは出された餌に食いついた。


 ジレフールを連想させる名、藍色の瞳。


 家族というのは、共に姿を消したエルアミル、フィーリア、ヴィエーディアと、ジレフール付きの執事だったプロムス、召使頭にして乳母だったセルヴァントのことなのではないか。


「とりあえずあなたの馬を暖めてあげなければいけないね」


 自分のごつい馬と一緒に、リッターのブールから乗ってきたほっそりした印象の馬の手綱を引き、ジレは先頭を切って歩き出す。


 雪が落ち始めた街の中を、リッターはジレの後について歩き出した。



 街の外れに、その家はあった。


 リッターは我が目を疑った。


 雪に埋もれそうな屋敷……それは、明らかにブールの貴族や王族が好むスタイルだ。


 一同がブール王の前から消えたのは、屋敷ごと空を飛んでとのこと。


 屋敷が空を飛ぶなんて、と思っていたが、こんな北の果てにブール風の屋敷があるなんて……。


 もしかしたら。


 リッターは期待に胸躍らせる。


 自分こそが、ブール救国の英雄となれるのでは、と。


「ただいまー」


 ジレはそんなリッターの思惑など気付かず、ドアを開けた。


「お帰り」


 男の声。


「ちょっとお客さん連れてきたんだけど、いい?」


「客?」


 男の声が不審そうなものになった。


「この寒いのに、ブールからはるばるやってきて、ここで足止め食っちゃったんだって。一晩だけでも泊めてあげようよ」


「ブールから、わざわざ」


 かたん、と音がして、男が入り口の方に来た。


 右頬に刀傷を持つ青年。瞳は……。


 藍色。


 そしてその顔には見覚えがある。


 それは当然だ。何せ自分はかつて彼と共にレグニムへ行ったのだから。


「……エルアミル様」


 リッターは膝をついた。


「エル兄さん、この人と知り合い?」


「随分と古い知り合いだよ。それよりジレ、獲物は?」


 エルアミル……とリッターが思った男は、苦笑してからジレを見た。


「はい」


 捌かれたユキウサギと、その毛皮をジレは誇らしそうに掲げる。


「ジレは食料を採るのは得意だな」


「えっへっへー。わたしも兄さんみたいになれるかな?」


「刀傷に憧れるもんじゃない。傷がないのが一番優秀な冒険者なんだから」


「はーい」


「母さんに渡しておいで。お客さんが来たから一人分増やしてと」


「はーい!」


 走っていくジレを見送って、男はひざまずいているリッターに声をかけた。


「顔をあげるんだ」


「エルアミル王子……」


「俺は冒険者のエミールだ。エルアミルという名は捨てた。国も」


「王子、どうか」


「王子はやめろ」


 エミールと名乗ったエルアミルは、首を横に振った。


「とりあえずジレの前でその敬語と敬礼をやめろ。でないと雪の中に放りだす」


 慌てて顔を上げて、リッターはエルの顔を見た。


 頬の刀傷のせいか、それとも冒険者としての日々のせいか。良家の坊ちゃんっぽい少しのんびりした雰囲気が消えていて、目は鋭い。体も筋肉質で、身のこなしに隙がなく、騎士として育てられた自分より……強い、かもしれない。


「一体国を出てから、何が」


「語る必要はない」


 ぶっきらぼうに言い捨てる。


「ジレの親切に免じて一晩だけおいてやる。後は知らん。どうせ冬は国へ戻れないだろうしな」


「王子……! どうぞ、国へお戻りを!」


 リッターは声を絞り出した。


「国は、滅びそうなのです!」

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