第3話・『不倒の三兄妹』

 エルはその言葉を聞いて眉をひくりと動かした。


「それで?」


「それで、とは」


 リッターは一瞬言葉が喉に詰まって出てこなかった。


「仮にも王子とあろう方が、国の大事にそれで、とは!」


「大声を出すな。ジレに聞こえる」


「ジレフール様も王女、国に責任がある方です!」


「俺たちは既に王鷲ではない。証のブローチは放棄した。そしてあの国を母国と呼ぶことも捨てた。国が亡ぼうと関係ない」


「そんな、王子!」


「大声を出すな」


 冷酷な声が降ってきた。


「叩き出すぞ」


 その声に本気が宿っていて、リッターは慌てて口を閉ざした。


 自分より若い王子に、本気を感じたのだ。


 そして南生まれのリッターはこの冬には耐えきれない。


「も、うしわけありません……」


「俺と話したいならまずその敬語をやめろ。一介の冒険者に敬語で話す騎士がいてたまるか」


 心底面倒くさそうに呟くエルに、リッターは恐る恐る聞いた。


「では、なんとお呼びすれば」


「エル、あるいはエミールだ」


「分かりま……」


 敬語で話しそうになって、凄まじい威圧感をぶつけられて言葉を飲み込んだ。


「……分かった、エル」


「それでいい」


 ふん、と鼻息を吐いてエルは椅子に座った。


「そんなところで這いつくばっていないでさっさと座れ。客人を床に這わせていてはジレは不思議に思うだろう」


「あ、ああ」


 リッターが椅子に腰かけるのを確認して、エルはナイフを抜いて手入れを始めた。


「何人でお住ま……いや、住んでいるんだ?」


「俺と、ジレと、義母のセルヴァントと義父のプロムス、それと弟のアル」


 そして、にぃっと笑う。


「フィーリア殿とヴィエーディア殿はいないぞ?」


「てっきり一緒に居るとばかり」


「あのお二方は俺たち以上に狙われるからな。期待外れで悪いが」


「い、いや、とんでもない」


「あれ、エルにい


 黒い髪の少年が現れた。


「お客様?」


「ああ。アル、挨拶しろ」


 黒い髪の少年が顔を出した。


 リッターと視線が合う。


 エルとジレは藍色の瞳。なのに、彼は。


 淡い琥珀の瞳。


 どこかで見たような……不思議な印象を持つ少年。


「弟のアミール、アルだ」


「こんばんは」


 アミール……アルはぺこりと頭を下げる。


「こいつはリッター。古い知り合いで、ブールから来た」


「ブール? ……そんな南の国から?」


 一瞬驚いて、そして琥珀の瞳を細めてリッターを見る。


「どういう知り合い?」


「昔の話だ、気にするな」


 エルは軽く手を振る。


「ジレは帰ったの?」


「ああ。今ユキウサギを母さんと調理している」


「手伝ってくるー」


 とととっと足音を立ててアルは台所へ向かう。


「アミール……アル殿は一体」


「弟だ」


 エルは言い切った。


「しかし、レジーナ様のお子様は……」


 呟きかけて、息も止まりそうな威圧に息をのむ。


 恐る恐るそちらを向くと、エルが凄まじい瞳でにらんでいた。


「俺たちは家族だ。それ以外の何物でもない」


「……わかり、……分かった」


 軽く手を挙げて承知の合図をすると、エルはその威圧をひっこめた。


 五年前は気の弱いいいとこボンだったのに。


 五年という年月で、彼はどうやってこんなに変わったのだろう。


「今は、何を」


「さっき言っただろう」


 さっき、言った。


(俺は冒険者のエミールだ)


「冒険者……エミール……まさか、あお峻嶮しゅんけんのエミール?」


 思い当たった言葉を口にすると、貴族的なスマートな顔立ちなのに傷が威圧感を生み出している青年はにやりと笑った。


「そうか、ブールにまで俺の名は広まっていたか」


「広まっていたどころか」


 三兄妹の冒険者。


 弟妹以外には笑顔を見せない長兄、右頬に傷持つ蒼き峻嶮のエミール。


 何処の学校で学んだ訳でもないのに魔法に優れた次兄、琥珀の瞳持つ琥珀輝くアミール。


 罠や仕掛けを察知することに非常に長けた末妹、神のめぐジレーヌ。


 パーティー名は。


「……『不倒の三兄妹』?」


「ああ、勝手につけられたものだがな」


 当代の冒険者の中でも、若いのにトップクラスに位置する冒険者だ。神出鬼没で、助けを必要とする者の前に現れ、誰も彼らの一人でも倒れたところを見たことはないという名高い一流冒険者。


「し、失礼しました」


 一介の騎士である自分とは、積み立てた実績が違う。正直、噂に聞く三兄妹の実力が本物であれば、自分に勝ち目はない。


 太い笑みを浮かべるエルに、リッターは圧倒されっぱなしだ。


 五年前、自分と共にレグニムにいたころは、どちらかといえば優柔不断な真面目で大人しい王子だったのに。


 冒険者に憧れているのは知っていたが、力と知識と駆け引きが必要で一流になるには厳しいのに報われることは少ない職業に、王子のエルアミルは向いていないと思っていた。


 しかし、今目の前にいるエミールは、世界にも名高い伝説といってもいい冒険者。


「一体……」


「客人かい?」


 アルが出てきて出ていったのとは違う扉から入ってきたのは、左腕を失くした初老の男だった。


「ああ。ブールから来たんだと。物好きな」


「こちらは」


 エルが何か言う前に、男は名乗った。


「兄妹の父、プロムスと申します」


 穏やかな顔をしている彼は、おそらくは元ジレフールの執事だったプロムスで間違いないだろう。何故左腕を失ったのか。


「はいはい、料理ができましたよ。机を開けてくださいな」


 入ってきた女性はセルヴァント……恐らくはジレフールの乳母で召使頭だったセルヴァントと同一だろう……ふくよかな体つきをした、愛想のよさそうな女性だ。そして皿を持ったジレとアル。


「食事が終わったら、ゆっくり話を聞かせてもらえませんかな。御客人」


「父さん」


 関わっちゃいけない……明らかにそう言っていたエルの声を無視して、プロムスは言った。


「懐かしいブールの話を、お聞かせ願いたいものだ」


「是非!」


 エルアミルを連れ戻す好機かもしれない。


 リッターは迷わず頷いた。迷惑顔のエルを、とりあえず今は無視した。

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