チートな魔法猫の人助け2・ぼうけんしゃのきょうだい
新矢識仁
第1話・騎士リッター
リッターは、北の果て山脈を細く
リッターは遥かな南国、ブール国の騎士である。
だが、懐に持つ身分証明書はブール国であっても国付きの騎士とは書かれていない。
彼は、身分や正体を隠す必要があったのだ。
何故か。
それは、彼が探すものにあった。
ブール国の騎士が来たと言えば、相手はすぐに逃げ去るだろうから……。
(まったく、確かにあの一件は俺にも責があったとはいえる)
馬を走らせ、考えるのは、五年前のあの失態のこと……。
(だが、あれは一番悪いのはストレーガだろう! あの
空の鉛色が、心にまで映ってしまったようだ。
雪が降っている。
今回の探索行は、この街道の果てにある都市オラシまでだろう。
北の果ての果てまで来た。しかし探し人の気配は欠片もしない。
南へ向かった同僚ルイーツァリをリッターは心底、
ブールから南の果て半島までは大した距離ではない。いや、距離はあるが、こっち……リッターが目指す北の果て山脈までの距離と比べれば、ずっと、もっと、楽な道のりだ。
だからこそ、若い自分が選ばれたのだろうが……。
(北の果てまで来てもいない……ということは、もうあの方々は死んだ、ということなのでは?)
それは最悪の考えだったが、あり得なくはない、とも思っていた。
探し人の一人は体が非常に弱い。風邪をこじらせでもしたら簡単に死んでしまうくらいに。腕の立つ魔法使いと
探し人の内一人は確実に死んだ、とリッターは見ている。もちろん口に出したわけではないが。
(それでも他の方々の噂も何も聞かないというのはどういうことだ?)
表向き探しているのは二人。王鷲のブローチを捨て、ブール国の王位継承権を放棄した、第五王位継承権を持っていたエルアミル王子と、同じ母から生まれた妹で第十八王位継承権を持っていたジレフール王女。
共に探し連れ戻す事を命じられているのは二人と一匹。ブールの隣国レグニムの第三王位継承者、魔法薬師として世界に名を馳せたフィーリア王女と、そのお付き魔法使いで変人と称される女魔法使いヴィエーディア。
そして……気に入った人間の願いを叶えるという、魔法猫。
魔法猫が現れて、二つの国は混乱へと追いやられた。
レグニム国のフィーリア王女は、一度脱走しようとして幾重にも魔法がかけられた塔に閉じ込められていたが、魔法猫の力で脱出。レグニム国は次期女王にして最高の魔法薬師を失った。
そしてブール国に来たフィーリア王女魔法使いヴィエーディア、魔法猫は婚約者であったエルアミル王子とジレフール王女を
魔法猫とされる猫の姿はリッターも見たことがある。レグニム国を訪れたエルアミル王子と共にレグニムにいたとき、何度か黒い猫を見た。宮廷魔法使いだったストレーガ老は、あれが魔法猫だと何度も言った。しかし人間の言葉など猫が話すのだろうか。確かにおとぎ話で聞きはしたが、信じてはいなかった。いや、今も信じてはいない。適当な黒猫の死体を持って帰らなければならないだろうな、とは思っていた。
それより重要なのはフィーリア王女だ。
彼女は魔法薬の天才と呼ばれていた。彼女が失踪する前までは、レグニムの特産は彼女の生み出す魔法薬だったといっても過言ではない。レグニム国もフィーリア王女を必死で探していたが、魔法薬師として名高い彼女を手に入れればと考える国は、彼女を見つけてもわざわざ国へ送り届けることはないだろう。だがまだどの国も魔法薬師を手に入れたという噂はない、……つまりまだ彼女は見つかっていないのだ。
ブール国が彼女を探すのも、魔法薬師としての彼女を欲してだ。彼女が魔法薬を学び始めてわずか十年で世界の魔法薬の常識が次々塗り替えられた。
彼女が手に入ればブールはさらなる繁栄を約束される。
そんな彼女に仕える魔法使いヴィエーディアは、かつて「不死身の変人」という二つ名を持った名高い冒険者で、おそらく彼女が全員を先導して歩いているとブールは見ている。大抵の魔物や障害なら彼女の魔法力と経験で乗り越えられるだろう。だからこそ、冒険者のいそうな都市や街、村は
それでも見つからず、ついにリッターは北の果てまでやってきてしまった。
冬は苦手だ。
暖かいブールへ帰りたい。
だが、既に冬は来てしまった。今からブールへ帰るのも無理だ。北の民ならともかく、南の自分が冬の山越えをできるとは思えない。
(この冬はオラシで過ごすことになりそうだ)
リッターは首布を口元まで引き上げて、馬を少し早めた。急がないと門が閉まってしまう。この雪の中野宿は死ねというようなものだ。
「あれ、旅の人?」
後ろから声が聞こえた。少女の声。
「こんな時期に来る旅の人なんて珍しいね。急がないと門の
「オラシの門はいつ頃閉じますかね?」
振り向きながら言って、リッターは絶句した。
「もうあと半刻とないよ。急がないと……って、その馬、ここらの馬じゃないでしょ。それじゃ間に合わないよ」
後ろにいた女性……いや、まだ少女の域を出ていないだろう彼女の瞳。
藍色。
エルアミル王子とジレフール王女が同じく持っていた瞳の色。
「あ……」
「あーあー。その馬降りて」
少女はひらりと自分の馬から飛び降りると、リッターに乗るように促した。
「ほら、乗った乗った」
少女はリッターの馬の手綱を取ると、走り出した。
速い!
雪の中、馬を引く彼女の足は軽い。
飛ぶように走り、そして。
四半刻の後、二人と二頭はオラシの門の前にたどり着いていた。
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