第94話 性癖のテーマパークかよ

「え? 何この空間。死? 俺死ぬの? 飽和最推し量が限界突破して俺結露するよ?」

「ちょっと何言ってるか分からないですね」


 俺も分かんないよ。……分かんないよ!


 なんで俺が推し達に料理を作ってるんだよ。どんな状況なんだこれは。


「俺は前世で何千万人助けたんだ?」

「地球滅亡を救うレベルさー」

「わんちゃん戦争を食い止めたりはありそうですねぇ」


 というのは冗談だが。

(割と冗談でもないけどね)

 ん? 何か言ったか?

(心の中難聴はちょっと病院行った方が良いよ。産婦人科とか)

 会話が一切噛み合わねえな俺ら。不仲か?

(え? 仲直りックスする?)

 しない。


 そんな事を考えながらフライパンを揺さぶり、ウインナーにコゲがつかないようにする。


(大体三分の一みーちゃんって所だね)

 これから提供する食事と汚物を連想させるな。

(みーちゃんのみーちゃんは汚物じゃないもん! 神聖な魔羅だもん! 魔羅魔羅してきた!)

 魔羅の扱い方をもうちょいどうにかしろ。一応そういう神聖な祭りもあるだろうが。

(魔羅の扱い方をもうちょいどうにかしろ!?)

 今日は朝から飛ばすな!?


「……っと。こんなもんか」


 火も通っているようなのでそれを皿に盛り付ける。卵焼き及び目玉焼きも良い感じだ。


 それを皿に盛り付け、三人の所へ持っていく。

 え? 手伝って貰わないのかって? はー(クソデカため息)分かってない。


(聞いてないし、私とした事が不覚にもなんかイラってしたから逆レしていい?)

 軽率に犯罪を犯そうとするな。

(犯すのはみーちゃんだもん! 全ギレするよ!)

 キレるタイミングがおかしいんだよ。いや何もかもおかしかったわ。


 長くなりそうなのでここで切っておこう。


 推しの世話が出来る。これだけで万金の価値があるというものだ。


 しかし、一つ疑問に思う事があった。


「珍しいな。彩夏って牛乳が嫌いじゃなかったか?」


 飲み物は三人とも牛乳をご所望であった。しかし、確か彩夏のプロフィールカードにも嫌いだと書いてあった記憶がある。


 彩夏はうっと言葉を詰まらせ……自身の胸に手を置いた。


「そ、その。ここの大きさで明確に『負けた』って感じるのは初めての事だったので」


 その言葉に察しがついてしまった。『負けた』というのはつつじさんの事だろう。


「み、未来さんはおっぱいが大きい方が好きなんですよね」

「そそそそそんな事ないが?」


 彩花がじーっと俺の事を見つめていた。


「……じー」


 なんなら言葉にしていた。クソ可愛いなおい。


 最推しにじーっと見つめられて言われて、これで嘘をつけと? 無理だ(絶望)


「そ、そんな事……そんな事…………あります」


 はい。おっきいのは好きです。

 だがしかし。


「だからと言って、小さいのが嫌いという訳でもない。というか、そんな事考えてたら静に食われる」


 しかも物理的に。多分指三本くらい持っていかれる。

(みーちゃん食べるだけで三大欲求のうち二つ満たせるってコスパ良いよね)

 サイコか? 良くないが?

(みーちゃんを全部食べさせる訳じゃなくて、髪の毛とか切った爪とかでも満たせると思うよ)

 本格的にあいつがやべえ奴に見えてきたな。今更過ぎるんだが。


「むぅ……でも」


 しかし、彩夏は考え込んでいる。


(こういう時は「俺が育てるから良いんだよ」って耳元で囁けば堕ちるよ。もう堕ちてるけど)

 それをやっていいのはイケメンだけだよ。

(みーちゃん。怒ったら想像妊娠でみーちゃんを産むよ。産むのは女の子バージョンのみーちゃんね。みーちゃん×みーちゃんの絡みを見たい)

 頼むから人智の範疇に居てくれ。頼むから。


 さて、少し真面目になろうか。


「彩夏」


 彼女の名前を呼び、心の中でため息を吐く。

 今から伝える事は確かに思っている事である。


「俺が彩夏を推した理由に胸の大きさは……そんなに含まれてない」


 結局、本音が一番大切なのだ。


「俺は彩夏が彩夏だから推した。それはこれからもそうだ。彩夏が明日いきなり色々変わったとしても、この気持ちは変わらない」


(貧乳化とか爆乳化とかロリ化とかロリババア化とか不老不死とかケモ耳とかエルフとかメカ化とか蟲化とか悪魔化とか天使化とか堕天とか神とかになってもね!)

 性癖のテーマパークかよ。許容量広すぎてビックバンでも抑えられそうだなおい。


「未来、さん!」

「まあ、そういう事だ。気にしてくれるのは……あー、嬉しいではあるが。気にしすぎないで欲しい」


 しかし――あれだな。クズすぎるな、俺。


「瑠樹と沙良にも同じ事を言われたら、同じ返し方をしそうですよね、未来さん」

「いきなりめちゃくちゃ笑顔で急所を刺さないでくれる!?」

「ふふ。未来さんはそれで良いんですよ」


 彩夏は笑顔でそう言った。


「だって、ボクはこんなに嬉しいんです。ね、だから未来さん。二人にも言ってあげてください」

「う、ぐ……」

「……あーやー。だめだよ。みーくーに無理させちゃ」


 言葉が詰まりつつあったものの、沙良の言葉を見過ごす訳にはいかなかった。


「無理はしてない。本当だ。沙良、そこだけは勘違いしないで欲しい」

「み、みーくー?」

「いやもうまじでクズ発言だと思うんだけどな。……正直。二人の事を知って、もっと惹かれてる自分が居るんだよ」


 それはもう。


「彩夏が最推し、その認識は変わらない。だけど。多分、もし二人に仲の良い男子とか出来たら……ちょっと。いや、かなり俺はモヤモヤすると思う。前より、もっと。惹かれている」

「……! それ、って」


 ああもう、クズ発言すぎる。いやでも、これ言わないと二人が悲しむなら……とか思ってしまう。


「ふふ。それでいいんですよ、未来さん」

「……良くはない、だろ。人として」

「でも、ボク達は嬉しいです」


 彩夏の言葉はまっすぐで――あまりにも、まっすぐなもの。


「好きな人に好きって言って貰える。それだけで、ボク達の心はどうしようもないくらい嬉しくなるんです」


 思わず目を逸らしてしまうくらい、その言葉は眩しかった。


「それと、未来さんは一つ勘違いしてるみたいなんですけど」


 目を逸らしても耳を逸らす事は出来ない。その言葉が俺へと追撃にかかる。


「ボク、今が一番楽しいですよ。大好きな人達と一緒だから。……最初はあれでしたけど、零ちゃんも星ちゃんも良い子でしたから。それに、ね」


 彩夏が二人を。沙良と瑠樹を見た。


「未来さんの事、二人が大好きになってくれて嬉しかったんだよ。大好きな人の良いところが二人に伝わって、すっごく嬉しかったから」

「……あーやー!」

「私も大好きだよ」


 感極まったように二人が彩夏へと抱きついた。ここが天国か?


「えへへ……だから。だから、未来さん。……ううん、未来くん」


 彩夏が俺を見て、そう呼んだ。同時に俺の心臓と呼吸は止まった。


(私の人工呼吸は舌を入れるタイプだよ、呼吸する暇なんてないからね、みーちゃん)

 元々呼吸してねえんだよ。呼吸をさせろ。


 そして、心臓がまた動き出した。どうにか呼吸もする。

 彩夏が顔を真っ赤にしながら俺を見ていた。


「ボク、未来くんを好きになって良かった。今が一番楽しいから……うぅ。だ、だからね。未来くん。未来くんは、みんなを幸せにする存在なんだよ」

「あーやー、よく頑張ったね。みーくーの前だと、恥ずかしくていつもみたいに喋れないって言ってたのに」

「アッ」


 死ッッッッ! 圧倒的死ッッッッッッッッ!

 なにこの子尊すぎる。死ぬが。めちゃくちゃ死ぬが。


(彩夏ちゃんもみーちゃんハーレム古参メンバーとしての頭角を現してきたね)

 その頭角は表さなくても良いんだけどな。


 それにしても、何この子可愛すぎる。ちょっと無理してでもこの喋り方をしてくれるとか可愛すぎるだろ。今ので俺65535回死んだが。

(みーちゃんって16bitだったんだ……)


「でもそうさー。さーらーも……その。みーくーの事、好きになって後悔してないし」

 一人称カワイッ

「わたしもお婿さんが出来て嬉しいですよぉ」


 頬を赤らめる沙良に、にへらと笑う瑠樹。推しの新しい一面に不整脈起きてるよ。


「……どんどんダメにされてく気がする。でも、ありがとう」


 先程まで心に渦巻いていた黒いものは消えていた。


「……! ど、どういたしまして……です!」

「ありゃ、戻っちゃったさー」

「うんうん、頑張ったねぇ」

「む、無理はしなくて良いからな。俺の心臓も持たないから」


 さて、話はこれくらいにしよう。


「とりあえず朝ごはんだ。冷める前に食べてくれ」

「あ、はい! いただきます!」

「いただきます!」

「いただきまぁす」


 そして、三人は食べ始めた。俺自身そこまで料理は得意でないのだが、三人にはとても好評で、彩夏は特に美味しそうに食べてくれた。


 ◆◆◆


 それからは色々な事があった。

 防音室で三人の歌の練習を聞いたり、ダンスの練習を見たり。ファン必見である。正直泣きそうだった。オフでも頑張ってるんだなぁと。もっと休んでいいんだぞ推しよ。


 午後は映画を見たり、ゲームなんかをして過ごした。


(みーちゃん、そろそろ現実見ようよ)


 えー……見る? 見るか? 見たくないんだけど。


(じゃあ三人のお風呂場盗撮流そうかな)

 法律さんを犯すな。

(嫉妬!? みーちゃん嫉妬してるの!? 法律さんに!)

 もうやだこの子。


 さて、じゃれあうのはこれくらいにして現実を見よう。


「すやぁ……」

「……いいなぁ」

「あの時勝ってればここに……」


 ベッドなう。それは良い。

 隣に彩夏と沙良が寝ている。これは一万歩譲って良いとする。


「むにゃむにゃ」


 瑠樹。なぜお前は俺の上そこで寝てるんだ?


「すやぁ……」


 ふわふわもこもこのバジャマを着て眠る瑠樹。どうにか服を着るよう交渉したはしたのだが。


(これを説明するには数十分時を遡らねばならない――)


 あ、リビング零さんが回想やってくれるんですね。


 ◆◆◆


「ね、眠る時のジャンケンしよう。沙良、瑠樹」

「……負けないさー」

「むん。負けないですよぉ」

「あれ? 俺は? 強制ソファ?」

「何言ってるんですか。み、未来さんを中心にして、ボク達がどこで寝るかのじゃんけんです」


 もうやだこの子。好きになっちゃう。もうなってるけど。

 とは言え、朝の事もあるので深くは言えない。


「じゃあやろ、二人とも」


 そうしてじゃんけんの結果――


「勝ちですぅ! やったー!」


 瑠樹が勝った。うむ。でもこれあれか。

 ……すっごい自意識過剰に見えそうなので言いたくないが、負けた人が俺から離れた位置に寝るとかそんな感じなのだろう。


 とか思っていた。


「むむ……仕方ないですね」

「残念さー」

「右も左もそんなに変わらないんじゃ……」

「……?」

「……?」


 なんで二人とも小首傾げてるの? 可愛さで俺を殺すつもり? 死ねるよ?


「未来さん、早くここ、横になってください」

「え? あ、はい」


 彩夏に言われてベッドに横になる。真ん中の方へ。


 その瞬間である。


「わあい」

「おごふっ!?」


 瑠樹が倒れ込んできたのだ。腹に強い衝撃が走る。


「私、重いですかぁ?」

「は? 羽根のように軽いが?」

「えへへぇ」


 やべえ。反射的に答えてしまった。でも事実だからしゃあな……にしても軽すぎないか!?


「ちょっと不安になるくらい軽いんだが」

「食べてもこっちにしか行かないですからねぇ」

「やめて! ふにふにしないで! 目がそこに行っちゃうから!」


 俺の胸に押し潰されてすんごい事になってるそれを、瑠樹がふにふにとしていた。ちょっと待て。


「……瑠樹。下着は?」

「あ」

「『あ』じゃなくてだな」

「全部脱ぐの忘れてましたぁ」

「違う、そうじゃない」


 パジャマに手をかける瑠樹の腕を掴む。良くない。非常に良くない。


「ステイ。落ち着け。助けて彩夏&沙良」

「でも瑠樹は脱がないと落ち着かないですからね」

「……さーらーも脱ぐ?」

「……脱いじゃおっか」

「脱がないでくれ!」


 そして二人まで大変な事になりそうだったのでどうにか説得。


 そしてベッドに無事俺と彩夏と沙良。そして俺の上に瑠樹が来たのだった。


 ◆◆◆


「いやこれあんまり回想の意味ねえな?」

「どうしたんですか? いきなり」

「ちょっと過去回想をしてて……」


 隣に居る彩夏へそう告げ、俺の上で猫のように眠る瑠樹を見て小さくため息を吐く。


「すやぁ……あつい」

「ん?」


 瑠樹がもぞもぞと体を動かす。むにゅむにゅと柔らかいものが押し潰される。ちょっ、そこで動かれると色々まずい。


「というか、暑いなら離れてくれないか……」

「未来さん。寝言ですよ」

「ぐ……」


 しかし仕方ないか……本当に仕方ないのか? とか思っていた矢先。


「んぅ」


 ぷちり、と音がした。何の音だ?


 またぷちり、と音がした。


「あ……」

「ん?彩夏、これ何の音だ?」

「瑠樹の胸、見てください」


 ん? 胸?


 よく見てみる。既に電気は消してたが、目が慣れてきた頃合だ。


 瑠樹の谷間が目に入った。


 ……ん?


「る、るる瑠樹さん? なんでパジャマのボタン開けてるんですか?」

「あついぃ……」

「じゃあ離れません!?」

「やぁ……」

「やっぱ起きてないこの子!? 力強いんだけど!?」

「瑠樹、意外と寝ながら会話出来ますよ」

「起きた時には覚えてないけどね。あ、これオフレコで頼むさー。表では言ってないからねー」


 さすが【nectar】。多才である。ではなくて。


「る、瑠樹さーん? 暑いのは分かるけど脱がないで?」

「すやぁ」

「だめだ聞いてねえ」


 またぷちりぷちりと聞こえてきて、これ以上はまずいと目を瞑る。


(透視発動!)


 お前そんな事も出来たの!? もうなんでもありじゃねえか!?


(もう思い切って揉みしだいちゃおう)


 思い切りすぎだよ。おまわりさん一直線だよ。


「……じ、じゃあボクも!」

「さ、さーらーもやるさー!」

「二人とも!?」


 瑠樹に対抗するように二人も脱ぎ出そうとする。もうどうすればいいんだよ。


(みーちゃんも脱ごう!)

 シャレにならなくなるから。

(もう既になってないよ)

 ぐうの音しか出ない。


 さて、どうしよう。いや本当にどうしよう。

 三人とも裸になっちゃったが。え、どうしよう。本当にどうしよう。


「よし、寝よう」

「……ぎゅっ」

「彩夏さん! あ、あた、あたたたたたたたってますから!」

(みーちゃん。百裂拳出てるよ)

 推し乳だぞ。百裂拳の一つや二つくらいうっかり出るに決まってるだろうが。


「……あ、当ててるんです」

「ゴフッ」

「み、みーくー!? 大丈夫!?」

「……」

「し、死んでる……?」


 死ぬだろそりゃ。推しにお約束をされたら死ぬだろ。生きるやつの方が珍しいわ。


「……じー」

「……れ、零ちゃんならこうしますよね」

「はいストップ。零を基準にしたら世の中の性犯罪が全てなくなるからな」

「お、起きてましたか」

「心臓を止めるのは慣れてるんでな」


(だからそれやめてみーちゃん。ほんとに本体飛んできちゃうから)

 ははっ。冗談にマジレスしないでくれ。

(いや本当に止まってるんだけど)

 え?


 ……まあ良いか。

(良くないよ。ちょっと本気で心配だからやめてね)

 あ、はい。気をつけます。え、俺何に気をつければ良いの?

(尊死しないようにね)

 現代人にそれは難しすぎるな。努力はします。


 さて。


「………………寝るぞ」

「未来さんの理性ってほんとに強いですよね」

「逆に挑戦したくなってくるさー」

「やめてくださいもう理性くんギリギリなんです。小指を豆腐の角にぶつけたら死ぬくらいの体力しかないんです」


 俺はちょっと理性くんを酷使しすぎていると思う。

(理性「そうだよ! もう限界だよ! 犯せ!」)

 理性くん欲望くんにジョブチェンジしてんじゃん。

(欲望のままを犯すってえっちだよね)

 欲望のままを犯すな。欲望くん可哀想だろ。


「それじゃあおやすみ」

「おやすみなさい……寝てる時、何してもボクは怒らないですからね」

「さ、さーらーも! るーきーも怒らないはずよー」

「やめて。揺れるから。瓦礫が積み重なった上で目を瞑って片足立ちしてるぐらいには揺れてるから」

「思ってたより揺れてるさー」


 平常心。平常心だ俺。


 ……俺もう我慢する必要ないのでは? とか考えるな。平常心だ平常心。


「おやすみなさい(鋼の意思)」

「……おやすみなさい、未来さん」

「おやすみー」


 そして、俺は無理やり眠りについたのだった。


 長い、長い一日だったな。本当に。

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