第89話 行政が勝手に私達を夫婦にしようとしている!?

「どうだ? 変な所はないか?」

「ん、ばっちり。今日もかっこいいよ、みーちゃん」


 零の微笑みに思わず心臓が跳ねた。……顔は良いのだ。本当に。性格もまあアレだが、悪いかどうかと聞かれれば良いと答えられる。


「顔と性格だけじゃないよ! おっぱいもおっきいよ! 柔らかいよ!」

「脱ぐな脱ぐな」

「下も多分良いよ! 前世のみーちゃんは五秒で出してたよ!」

「さも前世も一緒だったかのように言うな。あと前世の俺早漏過ぎるだろうが」

「あ、五秒って言っても帰ってきてから五秒ね」

「メスガキにザコ煽りされてそうだな。その世界線の俺」

「あの頃のみーちゃんは私達の娘達にザコ煽りされてたね」

「倫理観さんどこ行った?」

「在庫切れだよ」


 まあそんな事は良いのだ。

 と、その時天井から妹が降ってきた。


「お兄ちゃん! 今から浮気しに行くってほんと!?」

「人聞きが悪すぎるぞ。そもそも彼女が居ない。あと当たり前のように天井から降ってくるな」

「なら私がお兄ちゃんのお嫁さんになる! 一緒にお墓入ろーね!」

「何もしなくても勝手に墓には入るだろ。多分」

「……! 行政が勝手に私達を夫婦にしようとしている!?」

「家族だからだ。……ああ、そうか。新がどこかに嫁に行くなら話は別だが」

「行かないよ! そんな何処の馬の骨か分からない男のところ」

「それはお前が言うセリフではないのでは……?」


 父さんか俺が言うべきセリフなのでは? いや、俺は言わないが。


「しかし……お前もいつか嫁に出るんだもんな」

「お兄ちゃんのお嫁さんにね」

「まずはそのブラコンを治さないとな」

「不治の病だよ」


 もうダメかもしれない。うちの妹は。


「まあ……いや、良くないな。零、どうにかしてくれ」

「分かった! みーちゃん以外の男を滅殺してくれば良いんだね!」

「何も分かってないなこの幼馴染……まあいい。行ってくるぞ」


 とりあえず現状の問題からは目を逸らすことにした。絶対良くない方に進む気はするが、俺にはどうしようも出来ない。


「行ってらっしゃい、みーちゃん」

「ああ、行ってくる」

「男の娘とする時はちゃんとゴムするんだよ」

「その一言がなければ俺の中の評価が爆上がりだったんだがな」


 そのまま零達に別れを告げて、俺は駅へと向かったのだった。


 ◆◆◆


「さて……まだ日向は来ていないか」


 辺りを見渡しても日向らしき影は……なんか凄い人居るな。


 ゴスロリの服を着た超絶お嬢様系美少女である。凄いな。あそこまでゴスロリが似合う――



 ん?




 んん?????



 その美少女を俺は観察した。まさか。いや、まさか。


 俺はその美少女に近づいた。決してナンパなどはしない。


 真っ黒なゴスロリ系の服を着た美少女。その髪はウェーブがかった長髪で、背まで伸びている。

 うん。めちゃくちゃ美少女だ。


「なあ、君。ちょっと良いか?」

「は、はい!」


 その声も透き通っていて――あの、彼の元気な声とはかけ離れていた。


 しかし。俺は確信した。


「日向、だな?」

「――え?」


 俺の言葉に彼女――彼はかなり驚いた顔をして、


「どうして、分かったの」


 そう、いつもの声で言った。


「誰にもバレた事なんて、なかったのに。……親にだって」

「……いや。どうしてと言われてもな」


 最後の言葉が気になったが。今は聞かない方が良いだろう。


「だって、日向だろ。……確かに俺も半信半疑ではあったが」


 今見てもほんとよく気づけたな俺。


 その睫毛は長く……いや。これ自前のものだな。

 瞳は茶色で、頬がほんのり赤いのはメイクだろう。

 唇も口紅で色鮮やかになっていてぷるぷるである。


 これが俺と同じ性別? 嘘だろ?


「めちゃくちゃ可愛いし似合ってるな」

「……!」

「凄いな。本当に。……メイクとかは自分でやってるのか?」

「う、うん。そうだよ。色々調べながらやったんだ」

「本当に凄いな。俺なんて零達がやってるのを見ても全然何をやってるのか分からんぞ」


 アイプチ? やらチーク? やら。よく分からん。変わってるのは分かるんだが。


「……変とか、思わないの?」

「なんでだ? 可愛いに変とかないだろ」


 可愛いは正義である。といえか変? 何がだ?


「ぼ、ぼく、男なんだよ?」

「知ってるが?」


 というかこの目で確認したが? ばっちり見たが?

(みーちゃんって縞パン好きだったよね)

 当たり前のように脳内に写さないでくれ。


「男だからなんだ。可愛いものは可愛い。……あ」


 一つ。ここまで繰り返して色々聞かれる理由が思い浮かんだ。


 日向。『可愛い』と言われるのが嫌いなのではないだろうか。


 サッと顔から血の気が引いた。しかもだ。


「――」

「ひ、日向?」


 その綺麗な瞳から一つの雫が流れ落ちた。



 ――やらかした。完全に。


「す、すすすすまない!」

「う、ううん。ちが、ちがくて」


 殺せ。俺を殺せ。デリカシーが皆無で人として生きる価値のない俺を殺せ。


(落ち着いてみーちゃん)


 リビング零。介錯を頼む。


(みーちゃん。落ち着かないと先週使った『男の娘メイド喫茶へようこそ♡』の事日向ちゃんに言うよ)

 落ち着きました。


(よろしい。……日向ちゃんに話聞いてあげて)


 ……良いのだろうか。


(『男の娘はオカズに入りま』)

 分かった。分かったから。やめろ。偶然神イラストが流れてきてそっちのスイッチが入っただけなんだ。許してくれ。

(幼馴染純愛ハーレム本を今週のお供にするなら許してあげる)

 純愛とハーレムって矛盾してないか?

(『美人で可愛い幼馴染がTSしたら超絶美少女男の娘になっ』)

 分かりました! 買います! 買いますから!


 というか今はふざけてる場合ではないのだ。


「……なあ。どうして泣いてるんだ? 俺が良くない事を言ったのなら言って欲しい」

「ち、ちが、違くて。……嬉しかったんだ」


 日向はぽつりとそう呟いた。目尻を指の先で拭い、ほんの少しだけ口の端を持ち上げて笑った。

 しかし、それは寂しげな笑みだった。


「もし、受け入れられなかったら。……折角出来たお友達をまた失うんじゃないかって」

「日向……」

「前もそうだったからさ。……ありがと、未来」


 日向はニッと歯を見せて笑った。美少女(?)は何をしても絵になるものである。


「まさか、いきなり受け入れられるとも思ってなかったけどね」

「……まあ。自分でも適応能力は高いと思うぞ」


 主に誰かさん達のせいで。


「ちなみに今日はどこに行く予定なんだ?」

「あ、えっとね。僕、SNSやってるんだけどさ。ちょっと一人じゃ行きにくい所があって、一緒に行って欲しいんだ」


 日向がスマートフォンを弄り、画面を見せてきた。


「僕、実はコスプレイヤーでね。こんな感じで写真上げてるんだ」

「おお……凄いな。あ、このキャラ知ってる」


 見知ったキャラクターのコスプレ写真もあり、なんだか嬉しくなってしまった。


 他にも最近有名なカフェなんかの写真もある。それにしても……

「このアイコン凄いな」


 アイコンはイラストであるのだが。それが日向をモチーフとしている事は一瞬で分かった。


 それがめちゃくちゃ可愛いイラストなのである。


「あ、これ! 凄いでしょ!【雨崎瑠花あめざきるか】っていうイラストレーターさんに描いてもらったんだ!」

「へぇ……本当に良いイラストだな」

「うん! この人ね、本当に凄いんだよ! 毎日神イラスト量産しててさ! 色んな所に引っばりだこなんだよ! 僕も運良く依頼出来てね!」


 おお。凄い。珍しく日向が語っている。後で調べておこう。


(ちなみに瑠花ちゃんは攻略対象外だよ。幼馴染持ちだから)

 なんで知ってんだよ。つか基準それなのかよ。


(瑠花ちゃんは友達だからね)


 ……え?


(二人で幼馴染の性癖を語り合う仲だよ)


 待てこら。おい。何語ってんだよ。


(その幼馴染、ちょっとみーちゃんに似てるらしいから。友達になれるかも)


 似てるって性癖がか?


(うん。基本なんでもいけるみたい。純愛が好きらしいよ。あと元厨二病らしい)


 いきなり刺してこないでくれ。


(四天王の一角らしいよ。あれ。南のレーヴァテインの人)


 え? まじ?

(分からない人に言っとくと、みーちゃんはあくまでこの地域の中学校の四天王の一角の【ジャックナイフ】なんだよね。『奴は四天王の中で最狂』ってやつ)

 最も狂ってるのはお前だよ。

 つか同じ県じゃねえか!?


(案外近いとこに住んでるよ。なんなら同じ町だよ。端の方だけど)


 まじかよ。世間狭すぎないか。


「未来?」

「ああいや、悪い。ちょっと話し……いや。考え事してただけだ」

「もー。……こんな可愛い子を放っておいて考え事?」


 少しからかうように日向は言い――それがめちゃくちゃに可愛かった。


「そうだな。気をつける」

「……も、もう。あんまり真剣に受け止めないでよ」


 割と本気で言ったのだが、日向が笑ってそう返してきた。


「じゃあ行こっか」

「あ、ああ」


 日向がそっと俺の腕を掴んだ。


「……嫌、かな。男の子とこうして歩くの」

「大好物です。あ、いや。今のは違くて」


 つい本音が出てしまった。良くない。非常に良くない事である。


 しかし、日向は笑ってくれた。


「ふふ。未来って面白いよね。……あ、そうそう」


 日向はこほんと、可愛らしく咳払いをした。


「私、コスプレしている時はちょっと喋り方が変わりますが。気にしないでくださると助かりますわ」

「アッ」


(みーちゃんが先々週使った『主従大暴走!! 幼馴染執事とのイケナイ関係♡』の事思い出してる!)


 言うな。全て言うな。



 そうして――日向との(デート)が始まったのだった。おい、零。心の声に割り込むな。

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