第87話 え? 今私と存在感爆増えっちしたいって言った

 頭の中が真っ白になった。


 ええと……なんて?


(「私の弟と妹になってくれないかな」ってよ)


 なんて?


(「私の弟と妹になってくれないかな」って)


 え?


(「私の弟と妹になってくれないかな」って!)


 え???


(「私の弟と妹になってくれないかな孕ませるぞみーちゃん」って!!!!!!)


 いや最後のは言ってないだろうが。


 それで。え?


「ど、どうかな。私の弟と妹になってくれないかな」

「わーいつつじお姉ちゃん」

「適応能力の高さが三歳児の子供並」

「わーいおねえちゃーん」

「お前もか」

 つつじさんに抱きつく零と新。なんなんだこの二人は。


 ……いや。この二人なら別に通常運転か。いや通常運転でもおかしいだろ。


「ほらほらみーちゃんも。つつじちゃんのおっぱいに埋もれようよ。こっそり揉み揉みしてもばれないよ」

「帰っていいか?」


 なんなんだこの煩悩の塊は。


(煩悩の塊ってえっちだよね。つつじちゃんのおっぱいの事言ってるみたいで)


 帰っていいか?(二度目)


「……み、みく君はやっぱり嫌かな。お姉ちゃんの弟になるの」

「既に一人称がお姉ちゃんなんだが?」


 いかん。ついいつもの調子で突っ込んでしまった。


(突っ込みたいよね。あのおっぱいの中に)


 帰っていいか?(n回目)


「ええとだな。……話の脈絡が掴めないというか」

「あ、そ、そっか。そうだよね」

「簡単だよみーちゃん。お姉ちゃんになるのに理由がいる?」

「いるだろ。理由もなくお姉ちゃんになろうとする奴なんて…………いないよな? つつじさん」

「え、えっと。一応理由はあるよ」

「ほら。いないだろ?」

「じゃあ私がなるしか……」

「これ以上属性を盛るな。ただでさえ性癖が大渋滞を起こしてるんだぞ」


 だめだ。これ以上は話が脱線する。


 つつじさんに話の続きを促すと、零と新を抱きしめたまま話をしてくれた。……この二人はまったく。


「えっとね。昔、みく君と零ちゃんの写真を見て弟と妹みたいに思ってたって話はしたよね」

「……そういえば話してたな」


 こくり、とつつじさんが頷いた。少し頬を赤らめ……。


「そ、それでね。……馬鹿みたいな話なんだけど」

「……別に笑ったりしない。隣にとんでもないモンスター×2が居るからな」


 なんの脈絡もなく襲いかかってくるような二人が居るのだ。おかしな事などそうない。


 俺の言葉を聞いて――つつじさんが小さく笑った。


「……ふふ。みく君ってやさしいんだね」

「She is Otaku killer」

「……?」

「いやなんでもない。ちょっと俺の初恋が十三年ほど遅れて零達が居なかったら勘違いオタクになって勝手に惚れてたってだけだから」


 良かった。初恋がもう終わってて。零達が居て。


「え? 今私と存在感爆増えっちしたいって言った?」

「言ってないけどちょっと気になっちゃうからやめてくれ」


 なんだよ存在感爆増えっちって。なんなんだよ本当に。


「えっとね。それで……私、夢があったんだ」


 ここで続けられるって天然凄いな。ではなく。落ち着け俺。切り替えろ。


「夢、か」

「うん。……ふ、二人に。あ、今はあらちゃんもだけど。その、ね」


 つつじさんがもじもじと顔を赤くしている。そういうの結構効いちゃうんですが。初恋の人と似た見た目でやられると。



 そして――


「お、お姉ちゃんって呼ばれたいなあって」


 あらやだ何この子可愛い。


 ……思わず俺の中の内なる何かが飛び出してしまった。


(飛び出すのはみーちゃん汁だけで十分だもんね)

 だまらっしゃい。


「そ、それで……みく君もどうかな」

「みーちゃんもお姉ちゃんに甘えよーよ」

「わーいおっぱいふかふかー」

「お前らは遠慮という言葉を覚えろ。……」


 しかしどうしよう。これ絶対断れる雰囲気じゃない。


 いや。さすがに断るべきだ。良くない。最近麻痺しかけていたが、初恋の人の娘爆乳お姉ちゃん同級生はさすがに属性が盛られすぎている。零には負けるが。

 なんで零に負けてんの? ラブコメ作品なら一線を画すレベルの属性の盛り方だよ?


「今更だよ。彩夏ちゃんとか星ちゃん達も属性もりもりでしょ?」

「納得したくないけど納得せざるを得ない」


 どうしようと目を泳がせていると、つつじさんが胸の中にいる零を見た。


「……ね。みく君はやっぱりなってくれないのかな」

「もうちょい押せばいけるよ。恥ずかしがってるだけだから。ほら、みーちゃんはおっぱいに触るのが恥ずかしいだけだから」

「お前は敵なの? 味方なの?」


 押してもいけないからな?


「あ、そうだ。じゃあみく君。ちょっとこっちきて」

「嫌な予感しかしない」

「はやく、はやく!」


 帰っていいかな(n回目)




 ……仕方ないか。


 立ち上がり、つつじさんの近くに行く。……二歩離れたくらいの場所に。


「もっと近く来て」

「……」


 半歩歩いた。


「もっと!」

 四分の一歩。

「もっともっと!」

 八分の――


「……みく君のいじわる」

「かはっ……」


 こんなんオタク殺しだ。陰キャ殺しだ。非モテ殺しだ。これで勘違いしない男などいない。というか俺ちょろ過ぎないか。


「みーちゃんがチョロインはえっちすぎるのでだめです。あとみーちゃんが非モテとか鏡みて言ってよね」

「心の中で思っただけなんだが? 思考の自由を主張する」

「自由は色々な私に縛られて成り立ってるんだよ!」

「増えるな縛るな」


 しかし良くない。こうして話しているとつつじさんを無視してしまう事になり、今もどんどん頬が膨らませている。可愛いのがずるい。

 あと新。ぽよんぽよんさせるな。何がとは言わないが。


「……みく君?」

「あ、はい。近寄らせていただきます」


 これ以上は本当に怒らせてしまう。……ちょっとだけ怒った姿が見てみたいなとか思ってないぞ。


 つつじさんの隣に座ると、その顔がぱあっと子供のように輝く。なんなんだこの子は。俺特効なのか。


 そして、つつじさんが腕を開いた。


 だぷんっ♡


 なんでだよ。なんだよこの効果音。エロ漫画かよ。


(付けた方がえっちかなって)

 お前のせいかよ。


「……えーっと? つつじさん?」

「……?」

「いや頭にクエスチョンマーク浮かべたいのは俺なんだが?」

「ハグしてくれたらお姉ちゃんって呼んでくれるんだよね」

「何がどうしてそうなった?」


(説明しよう! つつじちゃんはみーちゃんがおっぱいで恥ずかしがってるって私から聞いた! だから一回ぎゅーってしたら恥じらいもなくなるんじゃないかなーって思ってる! 説明終わり!)

 簡潔な説明助かる。


 しかしだな。


「……えーっと。ハグする必要あるか? その……言えば良いんだろ?」

「ダメだよ! お姉ちゃんは弟を甘やかしてこそのお姉ちゃんなんだよ!」

「やばい。頭が理解しようとしない」


 早くしろとせがんでくるつつじさん。零と新に助けを求めようとするも、ニコニコとした顔で俺を見てくるのみだ。なんでこんな時だけ普通に笑えるんだよ。


 誰か……誰かたすけ……あ。蓮美さん。


 キッチンの方から蓮美さんが顔を覗かせていた。助けてくださいと視線で見つめた。ごめんねと口パクで返された。ここに味方は居ない。


 ぐ……彩夏辺りが居ればどうにか……ならなさそうな気がする。




 覚悟、決めるか。


 そっと手をつつじさんの腕の下を通そうとした瞬間。俺はつつじさんに体を引き寄せられた。


「んむぐっ!?」

「……えへへ。男の子の体ってこんな感じなんだ」


 おっぱいがいっぱいでうっぱいであっぱいです。


「あ、みーちゃんが壊れた」

「あれだね。薬は量を間違えると毒になるみたいな」


 あっ……あっ……。





 お、おち。落ち着かなければ。


「ほら、みく君。……読んでくれないかな?」


 そうだ。呼べば終わる。この天国地獄は。



 ……よ、呼べばいいだけだ。それだけなのに。あれ? めちゃくちゃ恥ずかしくないか?


 いや。頑張れ、俺。大丈夫。きっとつつじさんは優しいから、一度呼べば許してくれるはずだ。


「…………お姉ちゃん」


 一度、小さく呼ぶと。つつじさんが抱きしめてくる手に力が入った。

 嫌な予感がして顔を少し上げる。



 つつじさんは、身を震わせていた。

(効果音にするとゾクゾクッ♡だね)


 そして、猛禽類のような捕食者の目つきをしていた。

(発情した獣みたいな目だね)

 さっきからいい感じにオブラートに包んでるんだから解説やめてくれない?


 てかどうしよう。これ絶対良くない扉開かせてしまった。


「今のは『姉さん』とか『姉貴』って呼ぶ選択肢もあったのに『お姉ちゃん』って呼ぶみーちゃんが悪い」

「うん。お兄ちゃんが悪いね」


 いやいやいやいや。え? 悪いの俺か?


 でも。つつじさんめっちゃなんか耐えてる。耐えてる気がする。


 てかやっばい。何がやばいとは言わんがやっばい。

(おっぱい圧すごいよね。あとすっごいいい匂いする)

 言うな。


 そして、部屋の外で蓮美さんがらあらあらあらと頬に手を当てて微笑んでいる。一応吹っ切れてはいるものの、初恋の人がする人妻っぽい雰囲気に脳が少しやられそうになってしまった。つつじさんのお父さんとは離婚したらしいのだが。


「みーちゃんみーちゃん。私親子丼食べたくなってきた」

「帰りに鶏肉買って帰るか。俺の家で食うのか?」

「いや。つつじちゃんと蓮美さんの母娘丼だけど」

「なんで本人が目の前で居る状態で言うの? メンタルオリハルコンなの?」

「……親子丼? 家で食べてく?」

「つつじさんが言うと色々と精神に良くないからやめて」


 そろそろ離してくれないかなとほんのり力を入れてみると、腕の力を緩めてくれた。めちゃくちゃにホッとした。


「……ありがとね。呼ばれるの、夢だったんだ」

「……いや。それで喜んでくれるなら良かった」


 なんだかんだ言って、これで喜んでくれたのなら何よりである。ちょっと怖かったが。


「じゃあ、これからもよろしくね? お姉ちゃんとして頑張るから!」


 ……。


 ……。


「やっぱり呼ばないとダメ?」

「呼んでくれるだけで私はすっごく嬉しいんだけどな」

「…………」

「嬉しいんだけどなー?」

「……」

「だけどなー?」

「……ワカリマシタ」




 そして。その日、つつじさんは俺と零、新のお姉ちゃんになった。



 な、何を言ってるのかわからねーと思うが以下略。


「あらあら。じゃあ私は四人のママになるのかしら? うふふ。楽しくなりそうね」

「は、蓮美さん……」


 よく分かってないけど多分咲がキレるか拗ねるかしそうなので断った。さすがに冗談で言ってたらしいが。



 ……冗談だよな?

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