第84話 隣から視線が突き刺さる。あと後頭部に乳が突き刺さる。

「起きて、みーちゃん。朝だよ」

「ん……あぁ、もうそんなじか……ん?」


 いつも通り零に起こされる。そのはずなのだが……物凄い違和感があった。

 やけにベッドがふかふかしている。なぜ?俺のベッドはもう少し固く、でも眠りやすい形をしているはずだ。


 かと言って、零がベッドになってる訳じゃないし…………ん? ナチュラルに頭のおかしい事を言ってないか? 俺。


「私自身がベッドになる事だ! って言っても良かったんだけどね」

「ならこれは……ん?」


 瞼が重いからそれ以外の情報で辿るしかない。


 やけに甘い匂いがする。……どこか、嗅ぎなれているというか。



 これ。零の匂いでは?


「せいかーい! さあさあみーちゃん! そのまま答えを!」

「ノリノリ過ぎないか……まさかとは思うが」


 そのまま俺は目を開けながら。口を開く。


「ここ、零の部屋じゃ……」

「だいせいかーい! という事でご褒美あげるね♡」


(じゅぷんっ♡)



「あっっっっっっ……ぶねえよ!? いきなりナニしようとしてんの!? リビング零のせいでガチでやったのかと思ったよ!?」

「んっ……むう……まだ拡張が足りなかったか」

「やべえ事してるよ!? 分かる!? 今俺童貞のどの字くらいは失いかけたよ!?」

「まあまあ。これぐらいは今更だよ」

「確かに初めてでは無いんだが! 最近無かったから油断してたんだぞ!? さすがに丸くなったかなとか思ってたんだぞ!」

「尖ってこその人生だよ、みーちゃん」

「もう十分尖ってるから! あといつの間に俺は服を脱がせられたんだ!」

「それを言うなら部屋に連れて来られた事の方が疑問だと思うんだけど」

「それはそうだ。……どうやって連れてきたんだ?」

「普通に。お姫様抱っこで」

「え? まじ?」

「まじまじ。ランニング中のお隣さんにも挨拶したよ」

「え? 正気? ……狂気だったわ」

「でもあんな事とかこんな事しても起きないのはびっくりしたよ! ちゃんと休んでる?」

「びっくりしてるのは俺の方なんだが。何をしたんだ」

「ふふふ……」

「怖い怖い怖い怖い」


 やけにてらてらとしているそことか。俺のアレとか。すっごい不穏なんだが。違うよな?


「ふふふふふふふふふ……」

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」


 と、そうして怖い合戦をしていると。ばん、と扉が開いた。


「お兄ちゃん! セカンドバージンを奪いに来たよ!」

「なんで当たり前のように零の家に居るの???」

「え? お兄ちゃんを運ぶ零ちゃんを見つけたから着いてきただけだよ?」

「ん。なんか着いてきてたから招いてみた」

「いやまあ、それならいいんだが……って良くねえ! 零! 俺の服は!」

「あ、お兄ちゃんのなら私が食べたよ。性的な意味で」

「どんな意味でも食べないでくれ」

「……性的な意味でも食欲的な意味でも食べるって言うけどさ。睡眠的な意味で食べるってどうなるんだろうね、お兄ちゃん」

「知るか」

「あれじゃない? 被ったらよく眠れるとか」

「なぜお前は真面目に答えてるんだ。いや違うな……真面目に不真面目に答えてるな」

「お兄ちゃんの下着は三大欲求を全部解決出来る夢の道具だね!」

「夢とは対局の位置にある汚物だぞ。というか服を返せ」

「もー、しょーがないな、お兄ちゃんは」

「イラッ☆」


 まあいいかと新を見ると。唐突に服を脱ぎ始めた。


「……まさか」

「はい、おにーちゃん! 木下藤吉郎ばりに温めておいたよ!」

「謝れ。今すぐ。偉人と歴史好きの人達に謝れ」

「この度はお兄ちゃんのお兄ちゃんが大きすぎて申し訳ありませんでした」

「ひょっとして俺の言葉って三割ぐらいしか聞こえてなかったりする?」

「まさか! お兄ちゃんの言葉は過去のものから全部一言一句違わず覚えてるよ! ちゃんと昨日の夜『新……愛してるぞ。孕めっ! 新っっっ!』って言ってたのも覚えてるよ!」

「確実に幻聴だな。病院行こう、頭の」


 ため息を吐いて、新から温もりのある下着を受け取った。


「……というかお前の下着はどうした」

「え? 私お兄ちゃんの前ではノーパン主義だよ? いつでも挿入れられるからね!」

「ドヤるな。履け」

「は、吐け!? わ、分かった。お、お兄ちゃんが言うなら……」

「そういう意味じゃねえ! 下着を! 履け!」

「とか言いながらもお兄ちゃんのお兄ちゃんは反応してる癖に! 準備も万端だし!」

「やめて! というかこれは零が着けた奴だから! ……というか零が着けたのか? これ」

「ん。練習しないとね! 基本要らないけど! ひっかけてベールにするのとか体の色んなところに結ぶ奴とかやりたいし!」

「はは。やらねえぞ」

「目指せ百連発だね」

「殺す気か」

「試してみないと分からないよ!」

「そうだよ! お兄ちゃん! ぺろぺろするね!」

「便乗するな! 舐めようとするな!」



 と、どうにか新を押しのけ。色々と外してから。ため息を吐いた。


「……というか。なんでまた今日はこんな暴挙に出たんだ? いや、暴挙に出るのはいつもの事なんだが。……いつも暴挙に出るってなんだよ。暴れすぎだろ。暴走族かよ」

「みーちゃんを拉致したいなって思ったから」

「暴走族より暴走族してるよこの子。あと行動力お化けすぎない? なんで思い留まらなかった?」

「今を逃したら……もう二度と、出来ないような気がして」

「出来なくて良いんだよ。……はぁ」

「みーちゃん。ため息吐いたら幸せが逃げるんだよ。私が幸せにするから問題ないけど」

「すっごい男前。零じゃなきゃ惚れてたぞ」

「私にはもう惚れてるもんね!」

「やかましい。……新、帰るぞ。朝食を食べて準備をしないと」

「こっちで食べていかない?」

「やめておく」


 俺がそう言うと。零はいやーな笑い方をした。


「ええ? お母さんも喜ぶよ? お父さんも狂喜乱舞の踊りするはずよ?」

「だから嫌なんだよ! なんであの人は俺が来ると踊り始めるんだ! 上裸で!」

「嬉しいから仕方ないね」

「いや、まだ家なら千歩越して……いや。一万歩譲って分かるよ?「万歩って言葉えっちだよね」絶対言うと思ったよ! ……話を戻すが。なんで外でもあの人脱ぎ始めるの?」

「嬉しいから」

「嬉しくなると理性が崩壊する家系なの???」

「ムラムラしたりイライラしても理性崩壊するよ」

「理性の発達度合いが赤ちゃんなんですが」

「そ、そんな……赤ちゃんみたいに可愛いなんて」

「言ってない言ってない」

「じゃあ赤ちゃんみたいにおしゃぶりさせたいって事!?」

「言ってない×2」

「お兄ちゃんがめんどくさくなってツッコミ略しちゃった……」

「もー。面倒なみーちゃんは好かれちゃうよ? 私に」

「それを脅し文句にして良いのか」

「まあまあ。でもやっぱり朝ごはん食べていかないの?」

「家で食べます」

「むー。みーちゃんを朝ごはんにしようと思ってたのに」

「おかしくない?」

「お兄ちゃんは私が家でゆっくり味わうからね!」

「実の兄を食おうとすな」


 そして、新を連れて零の家を去る。


「じゃあ後でな」

「後でねー。着替えてる時にでも突撃するから」

「はいはい。もう好きにしろ」


 そして。無事、日常が始まったのだった。


 ◆◆◆


「……じー」

「あ、あの。彩夏さん。なんでしょうか」


 学校に来て。俺は彩夏に詰め寄られていた。なんとなく理由はわかる。



「……今日も新しい子の家に行くって本当ですか?」

「まさか高校生でそんな事を言われるとは思っていなかった……節操のないクズ夫じゃん」

「お、夫…………。ま、まあ。分かってるようなら良いんですけど」

「余りにもちょろすぎない? せめて言い訳させてくれないか?」

「彩夏ちゃん、未来君に関してはポンコツになるもんね」


 星の言葉に彩夏がハッとした様な表情を見せた。


「……や、やっぱりダメです!」

「俺の推しが今日も尊い」

「ううー! ……で、でも、未来さんの行動を縛りたくは無いです。なので、未来さん。一つお願いがあるんですが」

「なんだ? 貢ぐか? 三万で良いか?」

「急にオタクの目にならないで未来君。お金大事に」

「推しにお金を使うと推しが喜ぶから実質無料なんだぞ。プライスレスだぞ」

「いや値段付けてんじゃん……バリバリお金で買った笑顔じゃん」

「まあそれはそれとして。彩夏、お願いってなんだ?」


 そう彩夏へ尋ねると。じっと俺を見て。


「……未来君の一番の推しは、ボクだけであってほしいなって」

「アッッッッ」

「うわ! 未来君が彩夏ちゃんの可愛さに昇天した!」

「チャンスだね!」

「やめろ! 静! 零が御手洗に行ってるからって代わりに脱がせようとするな!」

「はぁ。まあ良いんだけどさ」


 そんなやり取りをしていると、後ろに咲が立った。


「……咲さん? 何を?」

「別に。ちょっと寂しいとか思ってないし」

「んっっっっ」

「あ、今の刺さったみたいだね」

「さっきから解説するのやめて星さん」


 肩に拳を置き、グリグリとしてくる咲。どうしたものかと考えていると、零が帰ってきた。


「どうかした? 新しいプレイ? 私も足でぐりぐりしよっか?」

「俺にそんな趣味はねえ」

「昨日こっそり本棚に追加しておいたよ。えっちなギャルにお店とかでイタズラされる本」

「なにしてくれてんの!?」

「好きかなって」

「好きじゃな…………ノーコメントで」

「未来君ってその辺正直だよね……」


 なんとなく零達から視線を逸らそうと目を背け続けると。とある人物と目が合った。


「ね、気になってたんだけどさ。みく君もそういうの読むの?」

「思ってたより興味津々だった!」

 先日転校してきたつつじさんである。俺の初恋の人の娘でもある。


 つつじさんがてくてくと歩いてきて、目を輝かせながら俺を見た。


「どうなの? みく君。やっぱり読んじゃう感じなのかな?」

「ア、イヤ、ソノ……」

「読むよ。ちなみに割合としては巨乳8貧乳2くらい」

「なんでそこまで知り尽くしてるんだよ」

「……! 未来君! 双子と三つ子どっちが良いかな!」

「癖の趣向がちょっと変わっただけだぞ!? あと選べるものじゃないだろ!?」

「気合いさえあればどうにかなる……と思う」

「うん! きっと行けるよ、静ちゃん!」

「どうにかなってたまるか」

「じー」

 そうして話を逸らそうとしても、隣から視線が突き刺さる。あと後頭部に乳が突き刺さる。


「……咲さんはいつまでこうしているので?」

「別に。まだ休み時間なんだし」

「いや、乳枕は精神衛生上良くないかなと」

「今更でしょ」

「痛いんです! 周りからの視線が!」


 主につつじさんからの視線がなのだが。


 どうにか出来ないかと周りを見ていると……教室の外からもじもじと俺を見ている一人の生徒の姿があった。


「……日向?」


 そこに居たのは、先日転校してきたもう一人の生徒……久高日向の姿であった。

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