第79.5話 レイ
注:このお話には残虐な行為、暴力表現が含まれます。また、今までのお話とは世界観が大きく異なります。苦手な方や読んでて辛くなったお方は後半の――で区切られた後に軽いまとめを話されているのでそこまでお飛ばしください。
暴力表現があると記しましたが、女の子への暴力表現はありません。
―――――――――――――――――――――――
魔王はとても恐ろしい生き物だ。
姿を見られれば大切な人が全て亡くなると思え。
それが、この世界の常識だ。
魔物は悪で、人が正義。
それが当たり前の世界に私は生まれた。
魔王として。
「おいコラ魔王、職務中に尻を触るな」
「えー? でもみーちゃん、昨日はすっごい声で喘いでくれたじゃん」
「謀反起こしていいか? 部下も居るんだが?」
十代後半ぐらいで、端正な顔を持った。そして、その額に角を一本生やした彼はみーちゃんだ。
彼は私が魔王になるまで支えてくれた兄のような存在であり……幼馴染であり……配偶者だ。
「そんな事よりみーちゃん、そろそろあの王都滅ぼしてもいい? 目障り」
「やめろ。六桁単位で人が居なくなるんだぞ」
そして。みーちゃんは人を殺すのが嫌いであった。
「えー? 良いじゃん。私達でその分増やせばさ」
「俺を殺す気か、魔王」
「魔王呼びもやめてよー。いつもみたいに『ハニー』って呼んで」
「一度もそう呼んだ覚えは無い」
この世界。中々貞操観念は緩い。それこそ、魔物に捕まった若い女兵士は苗床にされるし、逆も然り。スライムですらも孕ませようとするんだから人間って怖い。ただの生きる粘液だよ?
でも、私はみーちゃん。みーちゃんは私しか知らない。どうしてか、と聞かれても。好きな人以外とはしたくないからとしか言えない。
「というか仕事をサボりすぎだ。いくら参謀とはいえ俺を頼りすぎなんだよ」
「私は戦力担当だもん。領地経営とか面倒なのはみーちゃんがなんとかしてくれるし……」
「だから尻を触るな」
みーちゃんのおしりを撫でくりまわそうとしてもパシリと叩かれる。酷い。でもそんな態度がムラムラする。犯したい。
「ねーねー、みーちゃん。早く百人目作ろうよ」
「何人増やせば気が済むの? てか先月産んだばっかだよね?」
「強い遺伝子はたくさん交わらせるべきだと私は思います。戦力増強です。だかららぶらぶ交尾しよ? みーちゃん」
「仕事中だ」
「ケチー! こうなったら明日は猫耳獣人プレイだからね! あと今度はみーちゃんが孕む番だから!」
「俺を孕ませようとするな」
みーちゃんは犯し甲斐があるのだ。ちゃんと抵抗してくれるし。
「そんな甲斐性は要らん」
「あー! みーちゃんまた私の心読んでる! セクハラだよ!」
「どの口で言うんだよ。セクハラ魔王」
私達魔物には固有スキルがある。みーちゃんの場合は【読心術】人の心が読める。……んだけど、読めるのは仲良くなった人だけだ。
だから、みーちゃんが読めるのは私の心くらい。使い勝手は良くない。あ、あと精神系の魔法が得意。
でも、私が頑張るとみーちゃんから心を隠せる。誕生日とかのサプライズは出来るのだ。
『サプライズ成功だね』
と言うのが私の密かな楽しみだったりする。
ついでに言っておくと、私の固有スキルは【魔王】。色々と効果はあるけど、一番得意なのは【複製】。自分の体とか精神を分ける事だ。よく勇者にチート扱いされる。私も思うもん。でも結構便利なのだ。みーちゃんと3P出来るし。
あ、そうそう。勇者って言うのは人間界に生まれる天才。神に選ばれて転生してきた異世界人。
でも、あんまり強くない。一撃で万物を屠る剣を作り出せる勇者とかも居たけど。
私はいつも複製体を作ってるので問題なし。不意打ちを受けてもサクッと倒した。
みーちゃんから殺しは禁止されてるので、みんな女の子にしてから帰してる。ついでに美少女にしておけば大体喜んで帰っていくのだ。
あ……そうだ。あと一人居たな。厄介なの。
固有スキルは【勇者】。固有スキルまで勇者なのは珍しい。その中でも更に珍しい女勇者だったんだけど……。
みーちゃんにすっごい勢いで惚れ込んだのだ。もちろん私が倒したのだけど。なんと、向こうが得意なのが【
そして、今ではめでたく魔王軍四天王の仲間入りとなった。闇堕ち勇者として。なぜかみーちゃんを『お兄ちゃん』呼びしてる。時々襲われかけるらしい。撃退してるけど。
そんな生活を私達は楽しんでいた。基本的に魔物に寿命は無い。殺されたりしない限りは。
「それじゃあ今日も交渉、行ってくる」
みーちゃんは毎月恒例の王様と面談に向かった。
みーちゃんは魔物と人間の和解を望んでいる。……私はそれの意味がよくわかってないけど。でも、みーちゃんが望むなら叶えたい。
それなりに譲歩してるけど……人間は面倒だ。
やれ領土を寄越せだの。魔物の何割を労働力として寄越せだの。……ああ、私を嫁に貰うとか言うのも居たっけ。あの時は珍しくみーちゃんがブチギレてたけど。
「もしかしたら人間の国の魚とかも貰えるかもしれないからな。その時はお腹いっぱい食わせるよ」
「ん、ありがとうね、みーちゃん」
私の大好物はお魚だ。……でも。私が小さい時、人間が私達の住んでる国の周りの海に毒を流し込んだ。
それから海は黒ずみ。魚どころか生き物も住めない場所となってしまったのだ。
……いつか、みーちゃんと海に行きたい、って話してたけど。叶う日は来るのかな。
そんな私に気づいたのか。みーちゃんは微笑みかけてくれた。
「大丈夫だ。いつか一緒に行ける日が来る」
「……ん」
そんなみーちゃんに私も微笑み返して。
「それじゃあ行ってらっしゃい。お弁当は持った? 歯ブラシとか毛布なんかも「お前は親か」」
みーちゃんはそう言いながらも苦笑し……唇を重ねてきた。
「それじゃあ、行ってきます」
「ん。行ってらっしゃい、みーちゃん」
その会話が……この世界での最後のものとなる事をまだ私は――知らなかった。
◆◆◆
……え?
『魔王軍参謀。王都で討ち取られる』
私は信じられなかった。
何度も何度も。その、人間が作った新聞とやらを見る。
しかし……何度読んでも。その字は変わらない。それに……。
写真が貼られていた。みーちゃんの首が吊るし首にされていた写真が。
ギリ、と。歯が軋む。それと同時に魔王城が揺れた。
敵軍が入ってきたから、などではない。
ただ、少し。感情が昂ってしまった。 それだけだ。
◆◆◆
「アラタ」
「ここに。お兄ちゃんの討ち入りの準備は出来ています」
「いい。アラタは残って」
「なっ……んでですか!? 私も! お兄ちゃんの仇を!」
「その間に敵が攻めてきたら? 帰ってきて魔王城が無くなっていたらシャレにならない。全軍の指揮を任せる。……それに、今年は勇者が召喚される年なの」
もし……みーちゃんを殺したのがそいつなら。アラタでも危ういかもしれない。
何せ、みーちゃんを……彼をを出し抜く程の者なのだ。
「行ってくる。今日中には戻って来るよ。……もし、彼が死んだというのはブラフで私を誘うための罠だったら必ず連れて帰ってくる」
そして、私は自身を【召喚】した。
私は各地に自分の分霊を配置している。それを媒介として、私はその地に顕現出来るのだ。簡易的なテレポートみたいなものでもある。
当然、私が向かったのは王都。……そこには。
王都の広場には。
まるで、勲章かのように彼の首が槍に突き立てられ。飾られていた。
そして、その周りで踊る民衆。狂気の沙汰とも思える程の凶行が。死者を弄ぶ下劣で最低な行為が。そこで行われていた。
「今だ! やれ!」
その時。背後から憎たらしい声が聞こえた。
現代の国王だ。それと同時に。私の胸から槍が生えてきた。
そう、みーちゃんの首を吊るしている槍と同じだった。
「へ、へへ。やりやしたぜ。王様! この俺の【真実の槍】で突いたからには! もう俺達の言う事しか聞けません!」
その言葉にゾワリと鳥肌が立った。
「……そこの餓鬼。これを彼に刺したの?」
「が、がき……? はんっ! そうだ、その通りだ! あのクソ魔族、『武器を捨ててなら王様は話を聞く』って言った瞬間疑う事無く武器を捨てやがってよ! 後ろにいた俺がぶすり、って訳だ! ざまあねえぜ!『俺達が武器を持っているのはお前を試しているからだ』なんて嘘も信じやがってよ! バカみてえだろ? く、ははは!」
彼は人間の言う言葉を信じる。信じようとする。
『歩み寄り、と言うのはどちらかが信頼しなければ始まらない』
と言うのが彼の口癖だった。
『人に優しくすれば返ってくる。それに何より、気持ちがいい。だろ?』
そう言った彼はもう……帰ってこない。王都に来てそれを確信した。
彼の……みーちゃんの生首。あれは本物だ。
アラタを付かせていれば……否。そう考えた所で遅いのだ。
私は一度、息を吐いた。
「……それで? その後彼に何をした」
「そんなに聞きたいなら教えてやるよ! 魔王軍の構成から政治、何から何まで。魔王様の夜の弱点なんかも聞いたぜ? 今日からひいひい言わせてやるよ」
私は思わず。拳を握りしめた。
彼が? それを話した?
誰よりも私を信頼している、彼が? 裏切らされた?
思わず。少し取り乱してしまった。
ああ。やってしまった。この街の……ほとんどの住民を殺してしまった。
彼が聞けばさぞ怒るだろう。悲しむだろう。……でも、悲しんでくれる彼はもう居ない。怒ってくれる彼……みーちゃんはもう居ない。
……居ないのだ。
辛うじて……この勇者と王様は生きている。いや、どうにか生きるようにした。
「ひっ……な、なんだ? おい! 護衛隊長!」
「無駄だよ。そいつらは死んだ。私の魔力に宛てられて」
情けない声を上げる王様。それに私は笑う。
「お前達には。死よりも辛い運命を辿って貰う」
……あれ。笑い方って。どんなだっけ。
◆◆◆
「魔王様。彼の者達はまた心が壊れてしまいました」
「ああ、そう……治しといて。その後また再開ね」
二人は今、魔王軍の誇る拷問を受けている。しかし、もう微塵も興味が湧かない。
ううん。何も、もう興味が無い。
強いて言うのなら、あの男の故郷。どうやら元の世界に婚約者が居たらしいのだけど。世界越しにそいつの運命を弄って殺した時くらいか。
もう、私は何十万もの人を殺した極悪非道の魔王だ。いっその事人間を絶滅させて自殺をしようかと何度も考えた。
でも、出来なかった。理由はこれだ。
(おい、また寝るのか? というか俺の首を抱きしめるな。趣味が悪いぞ。さっさと埋葬しろ)
彼の霊。と言うわけではない。
これは彼の精神の欠片。あの場の魂の全てを取り込んだ結果、そこにあったらしい。
これはみーちゃんであって、みーちゃんではない。
みーちゃんはもう死んだのだから。
……でも。それでも彼の欠片は私の心で生きていた。
彼が居たから私も自暴自棄になっていなかったのだろう。アラタも同じだ。
……だからと言って。生きる希望が出来た訳でもない。
……この精神の欠片は脆い。一年と経たずに消えてしまう。
そんな彼が。消える瞬間の事だ。
ああ、やっと終われる。
死ぬ理由が出来た。みーちゃんの居ない世界に生きる理由なんてない。
……そんな事を考えていた。
(また俺に会いたいのなら追え。お前なら出来るだろう)
――え?
その言葉に私の心臓は高鳴った。……それは実に、一年ぶりの事だった。
(ああ、そうだ。あいつらにもちゃんと伝えておけよ。お前達がいきなり居なくなったら驚くはずだからな)
「……分かった」
私はみーちゃんから借りた技で。
――聞こえる?
(うん、聞こえるよ。ママ。みんなで居るとうるさくなるから。私が代表で話すね)
――ありがとう、ミレイ。
(それで、どうしたの? ママ)
私は一度。高鳴る心臓を押さえた。
――ママね。パパの所に向かおうと思ってるんだ。
(そっ…………か。分かった)
――あ、勘違いしないでね。自殺とかじゃなくて。パパが。パパの精神の欠片が私の事、呼んでたの。
(本当に!?)
――うん。だからね。……これからママ、生きてても不甲斐ない所を見せるだけだから。愛する娘達にそんな姿は見せたくないから。……行ってきてもいいかな。
(……分かった。でも、これだけ付けさせて)
その言葉と同時に。心に何かが入り込んできた。
それは――
(私、これでもパパとママの娘なんだからね。分霊くらい送り込めるよ)
――ふふ。そっか。
あの子の言葉に私は微笑む。
――ごめんなさい。ダメなママで。でも、それでも。愛してたよ。みんな
(ダメなママじゃないよ! 私達、ママとパパの子供で良かったよ! 私達、これからもずーっと二人の事、それとアラタちゃんの事も大好きだからね!)
その言葉に思わず……目からぽたぽたと雫が流れ落ちた。
――うん、ありがとう。……幸せに生きるんだよ。下の子達の事も……お願い
(任せて! 私達で平和な世を作ってみせるから! 下の子達もちゃんと一人前に育てるからね!)
そして。続けてあの子の声が心に響いた。
(大好きだよ、パパ。ママ。楽しく暮らしてね)
それが最後の娘との会話であった。
いつまでも取り乱してはいけない。もうみーちゃんの欠片は遠くにある。
【心観】
これはみーちゃんが得意としていた技。相手の『心』を観測するという……特に使い勝手のない技。
私はそれを使った。……すると。光が――微かな光が遥か彼方の空に見えた。
「……ッ! アラタ!」
「……心中する?」
「違う! それは中止! 着いてきて、またみーちゃんに会えるかもしれない!」
これでも同じ男を愛したのだ。私はその心を追うように魔王城から飛び出した。アラタも私に続く。
そして……私は飛んだ。何分も、何時間も。酸素が薄くなっても、無くなっても。私もアラタも関係ない。
ただ、飛んだ。魔力の限り。
アラタが先に力尽きた。いくら勇者と言っても、魔力では魔王には敵わない。私が無尽蔵の魔力を持っているとしたら……勇者はそれを一点突破出来る程の魔力しか持っていない。
私はアラタを抱え。また飛んだ。
そうして……何日が経っただろうか。ふっ、と。その心は潰えた。
「……ここだ」
言葉を発しようとしたが、どうやら空気のない空間では言葉が出ないらしい。
『アラタ。斬れる?』
『この命にかえても。お兄ちゃんに会う』
アラタに魔力を注ぎ込む。アラタは起き上がり……その腰の剣を振るった。
勇者の剣戟は次元を斬り裂くと言われている。そうでもしないと
そして、アラタが切り裂くと……そこには別空間が広がっていた。
私とアラタは迷う事無くそこに飛び込む。
◆◆◆
そこは不思議な空間であった。
雲ひとつない晴天。しかし、日差しはない。そして……
床は大きな池のようだ。空が反射し、幻想的な景色を生み出している。
そんな中に――彼は居た。
「みー……ちゃん?」
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
彼はそうして笑いかけてくれた。私の後ろに続いた彼女も。
「おに……いちゃん。お兄ちゃん!」
私達は彼に飛びつき。そして確信した。
彼は……本物のみーちゃんだ。
それと同時に。色々な思いが私の中に渦巻いた。
たくさん、人を殺してしまった事。そして、みーちゃんの魂の欠片を……雑に扱ってしまった事。
「ご、ごめんなさい……私……私」
「何も謝らなくていい。大丈夫だ」
そんな私の頭を。みーちゃんは優しく撫でてくれた。
「でも、お兄ちゃん。ここは……どこなの?」
「ああ、ここは――」
「そこから先は私が説明しましょう」
何も無かった所から一人の女性が現れた。
……翠色の髪をした。この世のものとは思えない女性。
しかし、私達は見た事があった。
「……女神」
それは、人間の住んでいた場所ではよく銅像が建てられていたから。
「……まったくもう。やっと来ましたね。彼ってば、貴方達が来るまでずっとここに居たんですよ?」
「みーちゃん。浮気はダメ」
「そうだよ! 魔王と女神の二股はダメだよ!」
「してねえから。……まあ、近いうちにお前達も来ると思ってたからな」
「その為に彼、自分の魂の欠片まで現世に残してたんですよ? 信じられます? あれがないと本題に進めないって言いますのに」
女神はぷりぷりと怒った素振りを見せていた。私は思わず……みーちゃんを見た。
「みーちゃん。堕とされてないよね?」
「ねえよ。てか女神に堕とされるって意味分からんだろ」
「むむむ……まあそれはいっか。それで? 女神。なんでみーちゃんはここに?」
少し刺々しい言い方になってしまうが。それは許して欲しい。
……なんせ。みーちゃんを殺した原因でもある勇者を召喚するには、この女神の力も必要なのだから。
「……これでも。皆様方には申し訳ない気持ちでいっぱいなんです」
「言い訳は要らない」
「おい、言い方」
「みーちゃん。立場が逆だったとして。優しく言える?」
「それは……」
「恨みも何もかも。全て受け入れます。……ですが、今からする提案は貴方達に取っても悪い提案ではありませんよ」
女神はそう言ってにこりと笑う。……私はまだ警戒は解かないが。みーちゃんに免じてとりあえず下がった。
「……ありがとうございます。そして。私が行う提案なのですが」
こほん、と一つ咳払いをした後に。女神は私達を見て。
「異世界への転生、してみませんか?」
そう言った。
◆◆◆
それから、私達は女神と質疑応答を繰り返した。
それで得られた情報は次の通り。
転生はもっと平和な世界で暮らしたいと願った人や魔族に行われる。
次に転生する場所は『地球』と呼ばれる場所でも比較的平和な『日本』
その生活では確実な平和を保証する事は出来ないが、ある程度の融通は効く(生まれる場所、親など)
今扱える能力は消える。魔法とかも使えない。記憶も全てなくなる。
しかし、ここの世界から転生してきた人は惹かれ合う。親友や恋人、配偶者などの関係になる事が多い。
容姿は今とさほど変わらない。……どうやらこの世界の人達はあちらの人達の価値観で言うと容姿に優れているらしい。
などなど。他にも色々な話を聞いた。
「――以上となります」
「……他に質問はあったりするか?」
「ううん、大丈夫」
「私もー!」
みーちゃんの言葉に私とアラタは頷いた。
「それでは。皆様のご要望をお聞かせください」
「俺は……生活に困らない低度には裕福な家庭が良いな」
「ん。私は将来みーちゃんと遊んで暮らせるくらい裕福な家。資産はあればある程良い。あ、あとみーちゃんと家とか近くね。幼馴染ならば尚良し」
「私はお兄ちゃんの妹! あ、でも結婚できないんだっけ……じゃあ義妹!」
「承知しました。他に付けたい物などは……?」
女神の言葉に私達は沈黙する。
「無い、と。分かりました。それではすぐに「あ、ちょっと待って」」
女神の言葉を私はせき止めた。
「何か?」
「ううん、ただちょっと。みーちゃん達に言いたい事があったから。良い?」
「はい、もちろん大丈夫ですよ」
女神から了承を得て。私は改めて……みーちゃんを見た。
「みーちゃん。気づいてたよね。みーちゃん、私だけじゃなくて。色んな女の子に好かれてたの」
「……自意識過剰じゃなければ」
そう。みーちゃんはモテてた。医療班の娘とか、騎士団長とか。城下町の娘とか、四天王なんて制覇していた。
全員私が居たから遠慮してたみたいだけど。……ああ、アラタ以外か。
「次の世界では。みーちゃん、遠慮しないで良いから」
「……は?」
「つまり。もっといっぱいの女の人、お嫁さんにして良いから」
私がそう言うと。みーちゃんは顔をびしっと固めた。
「ま、待て待て。そもそも次はそういうのが禁止な世界じゃ無かったのか?」
「……ええ、はい。日本ではそうなってますね」
「……それなら「そんなの関係ない」」
みーちゃんの言葉をさえぎって私は言葉を続ける。
「みーちゃん。そういう子達と話す時、辛そうにしてた。自分がその想いに応えられないからって。……私、みーちゃんがそんな思いをするのは嫌」
「お前……」
「だから。みーちゃんはお嫁さんをたくさん貰うこと。……私もサポートするから」
「……言いたい事は分かった。だが、一つだけ条件を付けさせてくれ」
みーちゃんは渋々頷き……言葉を続けた。
「その世界の禁忌を侵してでも。俺以外は嫌だと絶対に諦めない人が出てきた時だけにしてくれ」
「ん、良いよ」
みーちゃんはそんな人が居ないと踏んでそう言っているのだろう。
……しかし。みーちゃんは分かっていない。
そんな子、たくさん居たんだよ? 私に決闘を申し出てまでみーちゃんを奪おうとする子、いっぱい居たんだよ?
「わーい! それなら私もお兄ちゃんと結婚出来るね!」
「お前な……」
「ん、最低でも二人のお嫁さんが決まったね」
そう言うとみーちゃんは苦笑した。
「……ああ、そうだ。俺からも言っておきたい事があるんだ」
みーちゃんはそう言って。私をじっと見る。
「いつか、必ず。一緒に海を見に行こう。――レイの好きな魚もたくさんあるはずだからな。お腹いっぱいになるまで食べよう」
「――うん!」
私はその言葉に。頷いたのだった。
◆◆◆
「それでは。今から転生の扉を作ります」
そうして女神がえいっといつの間にか持っていた杖を振ると。一つの扉が現れた。
「……あ、大切な事を聞くのを忘れていたした。幸いな事に、あちらの世界の『日本』とこちらの世界の名前の付け方は似ています。同じ名前で生まれ変わる事も可能ですが。いかが致しましょう?」
「……それなら同じで頼む」
「ん、私も」
「私もー!」
「承知しました」
そうして女神は柔らかく微笑み。
「それでは。【零の魔王】レイ。【魔王の頭脳】ミクル。【元勇者】アラタ。新しい世界をご堪能ください」
そうして、私達はその扉をくぐったのだった。
◆◆◆◆◆
「よし、御三方も無事行きましたね」
その扉が消失するのを見てほっとしながら。私はまだ次の業務に取り掛かろうとした。
その時。脳にピンと針が刺さったような。そんな痛みがあった。
「ッ……。まさか」
慌てて確認をした。ああ、やっぱり。
【魔王】という存在がここまで強大だったとは……。
「能力を消し去る事が……出来なかった。しかもあっちの世界が色々とおかしくなってる……。せ、せめて記憶だけでも」
かなりの弱体化はされたが。それでもその全てを奪い切る事が出来なかった。それどころか、彼の……ミクルの能力すらも奪っている。
それに加えて。魔王の両親となる人物どころかその家系の全てが美形に。そして変人になってしまっている。過去が書き変わっていは。
しかし、記憶さえ奪えれば。能力の使い方も忘れられる。……多分。とりあえずこれだけでも。
そうしてどうにか。記憶を消し去る事ができた。
「……ふぅ。良かった」
そのままため息を一つ吐く。
「さて、次の業務に移りましょうか」
私は目を逸らして……次の仕事へと向かう。
彼女の能力欄にあった、【精神修復】が記憶にも影響を与えなければ良いなと願いながら。
―――――――――――――――――――――
これが私の前世だ。今年の四月に入ってから頻繁にこの夢を見るようになって……不思議な力を使う事が出来て。この前、みーちゃんを助けようと思ったら本当に自分を【召喚】する事が出来て。これが私の前世なんだと分かった。
私はとある世界で魔王をしていて。みーちゃんはその参謀兼夫をしていた。
あーちゃんは元々私を倒しに来た勇者で、なんやかんやあって仲間になった。あとみーちゃんに惚れた。
それで、あーだこーだあってみーちゃんが人間に殺されて。私がその街を滅ぼして、その後色々あって――あーちゃんと共にみーちゃんと再開して女神に会って。
この世界に転生したのだ。最初に聞いた話と違って能力はあったけど。自分の分霊を他者の心に住まわせたり、瞬間移動とかも制限付きだけど出来たりする。それとみーちゃんの心を読める。その他にも――制限付きだけど、未来視も出来るようになっていた。結構……ううん、かなり便利。
「ねえ、みーちゃん」
「どうした?」
「大好きだよ。……何回言っても足りないくらい」
「ああ……俺もだ」
相手の心が読める事も。それが本当なんだって分かるのが凄く嬉しいから。
……この夢を見始めるまではみーちゃんを独占したいって気持ちが強かったけど。今なら分かる。
みーちゃんはとってもかっこよくて優しい。……だから、色んな女の子にモテる。
でも、私が一番だから。問題ないのだ。みーちゃんはもっと幸せになるべきだ。……それが私の幸せにも、皆の幸せにも繋がる。
「ん。帰ったらあーちゃん達にも話そうね」
「ああ。……新にもそろそろ話さないとな」
「……もしかしたらもう知ってるかもよ?」
「はは、まさか。……ないよな?」
……どうだろう。その辺は話した事ないけど。いや、でもないかな。
あーちゃん、前世から頭おかしかったし。なんで敵に惚れた上にお兄ちゃん呼びし始めたんだろ。その前世でも一緒だったとかではないらしいし。
まあいっか。あーちゃんだし。現世でもバーサークしてるような子だし。
……いつか、みーちゃんも思い出すんだろうか。思い出す気がする。今日だって。私が前世から行きたがっていた海に連れて行ってくれたし。……『サプライズ』って、懐かしい事まで言ってくれたから。
また二人で……ううん。三人で昔話が出来る日が楽しみだ。それと、今度は三人で海にも行こう。
……それと。この子も含めて、四人で。まだ出会える日は遠いけど。
もう、大丈夫。後は幸せに暮らすだけ。面白おかしく暮らすのだ。
……もう少ししたらハーレム要員も一区切りもするし。また時間が経ったら増えるけど。その時はその時で楽しむ。
ああ、幸せだ。こんなふうにみーちゃんと一緒に居られるのは。
「なあ……零」
「なあに? みーちゃん」
「これからも一緒に居ような」
私はその言葉に。自然と頬が緩んだ。
「うん!」
私達の物語は終わらない。それどころか、まだ始まってすぐなのだ。
決して終わらせない。この楽しい日々を。
私はそう胸に刻み込んで、みーちゃんの首筋にキスをしたのだった。
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