第69話 人間……? 零が……?

「迷子……迷子? まさか零と同じ方向音痴属性なのか?」

「えっと……沙良ちゃんは少しだけ方向音痴です。初めて来た場所だと迷っちゃうタイプの」

(私の勝ちだね!)

 誇らしげにするな。……というかお前って本当に方向音痴なのか? 最近怪しく思えてきたんだが。

(安心して。完璧な人間って居ないから。何かしら代償があるものだよ)

 人間……? 零が……?


 まあ零の方向音痴は本当らしいので置いておこう。


「……ちなみにこういう事は今までにも?」

「はい。迷子になるパターンは珍しいですが。時間通り校門に居る事はほとんどありません」

「うちなータイムって凄いですね……」


 なってしまったものは仕方ないか。


「とりあえず電話をかけてみます」

 何にせよ、話を聞いてみなければいけない。


 一言断りを入れ、俺は電話をかけた。


『あ、マネージャー! 迷子になっちゃったさー!』

 割と焦っているのだろう。沖縄弁が飛び出している。


「……高校からはそこまで離れてないよな。どの辺に居るんだ?」

『えっと、いつもの帰り道とは正反対で……路地裏?』

「なんでそんな所に居るんだよ」

『猫ちゃんを追いかけてたらこんな所まで来ちゃった。えへへ』


 なんだその理由は……可愛いじゃないか。


 だめだ、相手が推しだから脳がバグっている。怒らなければいけないのに……。


 俺は一つため息を吐いた。


『あ、今居る場所の写真送っとくね』

 その言葉の後にパシャリと写真の撮られる音が。そして、送られてきたのは二枚の写真。


 一枚は今撮ったであろう写真。……何故か自撮りで。しかし、確かに路地裏だ。


 そして、もう一枚の写真は……



「は? 何この可愛い生物×2」


 沙良と猫の2ショットである。しかも沙良は猫の手をしており、且つ加工したのか頭の所に猫耳が。


「え? 急にこんなの送ってこないで? 死ぬよ? 尊死するよ? 殺す気なの? 可愛さで人を殺せる事を証明したかったの? 可愛い暴行罪で逮捕されるよ?」

(判決はみーちゃんの隣に終身刑ってね)

 んな気持ち悪い事は言わん。

「み、未来さん。落ち着いてください」


 彩夏に言われてハッとなる。


「……少し取り乱した。とりあえず、こっちからも探してみる。沙良も路地裏から出られるなら出ておいてくれ」

『は、はいはーい。分かったさー』


 そして電話を切る。それと同時に……車も止まった。


「沙良様の通う高校に着きました」

「ありがとうございます」


 田熊さんへお礼を言うと……彩夏が俺の肩をつついた。


「ボクも手伝います。沙良ちゃんを探すの」

「じゃあ私も手伝いますよ」

「……いや、大丈夫だ」

「で、でも! 一人で探すのは大変ですよ! 未来さんはこっちの方の土地勘も無いでしょうし……」

「それに、私達はいつも沙良ちゃんを探してますし。慣れっこなんですよぉ」


 俺は彩夏達へ向かって笑う。


「……いや、大丈夫だ。探すのは俺じゃない。適任が居る」



 ……という事だ。頼めるな? リビング零。


(任せられた! みーちゃんの頼みなら何でも聞くよ! 何でも! 何でもだよ! 精神フ○ラとかする!?)


 するな。……え、精神フ○ラって何? 初めて聞いたんだけど。

(みーちゃんの精神――自主規制をフ○ラする事だよ)

 うん、聞いても分からないな。……。


 Take2


 頼んだぞ! リビング零! 沙良を見つけてきてくれ!


(任せられた!)


 という事で、リビング零に見つけてきて貰う事となった。


 ◆◆◆


(見つけてきたよ)

 早いな!? カットする必要なかったぐらい早かったな!? 十秒も経ってないぞ!?


(上から見れば一目瞭然だったからね。みーちゃん探しの時は一々部屋の中まで確認しないといけなかったし)

 ……あぁ、確かに赤い髪は目立つもんな。


「見つけたらしい。という事で行ってくる。少し待っててくれ」

「はい、分かりました。気をつけて行ってくださいね、未来さん」


 田熊さんと瑠樹に説明していないが……まあ大丈夫だろう。俺は車から降りる。


「……今更だが。ちゃんと案内出来るのか?」

(む、みーちゃん。私を舐めてもらっちゃ困るよ。……あれ? みーちゃんに舐められるってご褒美じゃない?)

「話が進まん。出来るんだな?」

(えいっ)

「うおっ」


 頭の中にとある映像が浮かび上がってきた。それは……


「……空中の映像?」

(そ! 上からの俯瞰映像だよ!)

 ドローンのように映像が動く。路地の方へ。……そして、すぐに沙良は見つかった。目立つ赤髪だ。


「……お前、この作品のジャンルって知ってる?」

(……?【闇鍋】でしょ?)

「それで合ってる気がしてきた。……というか、本当に凄いな。本体が居たら頭撫でてるぞ」

(今顕現するから待ってね!)

「やめろやめろ新しい能力を増やすな」


 そんな事を喋りながらも路地へと入る。



(あ、あとこんなのも撮ってみたよ)

「ぶっ!」


 脳裏に浮かび上がってきたのは沙良の映像。……問題なのは。




 下からの映像なのだ。筋肉質で……しかし、ムチムチとした太ももとその奥の黒い布地。


「ななな何してんの!?」

(みーちゃんへのお土産だよ)

「こんな犯罪チックなお土産要らないよ!? 俺どんな顔で会えばいいの!?」

(でもよく一目で沙良ちゃんって分かったね)


 リビング零の言葉に思わず呻き声が漏れた。


 嫌だ。言いたくない。判断材料がスカートの外側の大部分を占める乳だなんて。いや、それのせいで顔が見えないと言うのはあるのだが。


(やはりおっぱいだったか。このおっぱい星人め!)

 そうだった……こいつ心読めるんだった。


(もう、今日帰ってきたらおっぱいでパフるからね)

 新しい言葉を生み出すな。



 そうして数分程歩いていると……声が聞こえてきた。丁度沙良が居た場所だ。


 何をしてるんだろうか……と思いその路地を曲がる。そこには……。



「やっさ、可愛いねぇ。毛並みも上等さー。ペットなのかねぇ?」

「にゃあん」


 猫と戯れている沙良の姿があった。


 う゛っ゛(絶命)


(みーちゃん……? みーちゃん!? メディーック!)


 とか何とかやりながらどうにか蘇る。オタクの得意技だ。死亡からの復活は。蘇りは神様だけの特権ではないのだから。


 そして。俺の目の前には、顔を真っ赤にしながらも黒猫を抱き抱えている沙良の姿があった。


 ご馳走様です。


(……みーちゃんって推し関係になったら急に変態になるよね。普段から変態でも良いんだよ? 無責任らぶらぶ子作りえっちしよ?)

 やらん。そんなNTRれもので快楽堕ちしたヒロインとチャラ男がするようなものは。責任を取ってこその……ではなく! とにかくやらん!



 これ以上は純愛物と見せかけてNTRれものだった時の事を思い出してしまう。いや、そういう嗜好があるのは分かるんだが。頼むからタイトルかジャンルに表記してくれ。まじで。絵柄はすっげえ好みなんだよ。釣られるんだよ。試し読みの段階では普通なんだよ。あと続編がNTRれものだった時の気持ちを考えて欲しい。


(でもみーちゃんは安心だね。みーちゃんにNTRれものの要素ないし)

 ……いや、確かに大きさでは人には負けない自身はあるが。下手かもしれんだろ。

(大丈夫。すっっごい上手だから。星ちゃんとか彩夏ちゃんも秒でイってたし)

 …………え?

(あ、それと催眠も大丈夫だからね。なんなら催眠返しとか出来るから。まあそれは置いといて)

 待て待て待て待て。気になる事が多すぎるんだが。

(良いの? 沙良ちゃんの事ほっといて)

 ぐっ……仕方ない。


「……や、随分早かったね。私も出口探してたんだけどさー」

「嘘をつけ」

 先程見た位置から全然動いていない。……まあ、逆に言えば動いていれば見つけられなかったという事でもある。


「……まあいい。それにしても、また随分毛並みの綺麗な黒猫だな」

「にゃあ」

 俺が言うと、黒猫は返事をするように鳴いた。そして、俺の近くに来て足に顔を擦り付けた。思わず頬が緩む。


「でしょでしょ!? すっごい綺麗だよね!」

「……ああ。野良猫では無さそうだな」


 しゃがんで指を伸ばせば、すりすりと頬を擦ってきた。随分と人懐っこい。


「こっちにもおいで、猫ちゃん」

「にゃーお」

 その黒猫が今度は沙良の所へ向かう。その時、俺は気づいてしまった。



 沙良もしゃがんでいる。そのせいでスカートの奥が見え――



「ぐおっ!」

「え、何? どうしたの?」


 俺は全力で自分の顔面を殴った。一瞬目潰しにしようと思ったが。その逡巡の間にリビング零が全力で引き止めてくれたのだ。


「……な、なんでもない。それより沙良、スカートなんだから軽率にしゃがまないでくれ」

「あ……」


 勢いよく殴ってしまったので視界が涙で滲んでいる。ちょっとは手加減――否。推しに不純な気持ちを向けるなど万死に値する。

(えいっ)

 リビング零の言葉と共に先程の沙良の超絶アングルシーンの映像が。



 何してくれてんの??? 話聞いてた???


(悪戯心でやった。反省も後悔もしていない。公開プレイは興味あるけど。もちろん星ちゃん達に見せつけるって意味だからね!)

 反省する心を植え付けてやりたいな……。

(植え付けるのはみーちゃんの子種だけで十分ってね!)

 ドヤるな。


「……それより戻るぞ。彩夏達も待ってる」

「あ……うん」

 やっと視界が戻ってきた。顔が真っ赤で……スカートを押さえている沙良へそう告げた。


 そうして路地裏を二人と一匹で歩く。……会話は無い。

 俺も何か話そうか考えていたが、めちゃくちゃに鼻が痛い。鼻血が出ていないのが嘘のようだ。


 俺より先に……沙良が口を開いた

「……あ、ありがとね。さっき……わざとあんな風にして、気を使ってくれてたんだよね」


 ……あー。さっきわざわざ余計な事まで言ってしまったか。普通に戻ろうと言うべきだったな。


(でも痛かったんだし仕方ないと思うよ)

 急に優しくしないで! 好きになっちゃうから!

(みーちゃんのデレデレ助かる)


 しかし……言ってしまった事は仕方ない。


「いや、俺も【nectar】の一ファンとして推しを汚したくなかったからな。……朝のような事故ではなく、これは避けられた事でもあったし」

「ふふ。そっか……そっか」


 沙良を見ると……もう、先程のように顔が真っ赤になる事は無かった。


「……未来マネージャーがマネージャーで良かったな」

 少し赤らんだ顔で。沙良はポツリと呟いた。


「……まだマネージャーになって初日だぞ。しかも代理だ」

「だからこそ、だよ。人間って第一印象が大事って言うさー。あ、見た目の話がしたい訳じゃないよ? 最初が肝心って言いたいの」

「そうか。……お眼鏡に叶ったようで何よりだ」

「ん、結構心配してたからね」


 ……沙良は零達と違うタイプの女子だ。多分……俺を好いていない、という意味で。だからこそどう接した方が良いのか分からなかったが。


 この調子だと大丈夫そうだな。上手くやれそうだ。


「それじゃあ、短い間になるだろうが改めてよろしく頼むぞ」

「……別にそのまま続けてくれても良いんだよ? まあ、それは後で未来マネージャーが決める事かなー」

 沙良は手を差し出してきた。


「ま、それはそれとして。こっちこそよろしく……ゆたしくよろしくね、未来マネージャー!」


 俺はその手を握り。握手をしたのだった。




 ……その後、路地から出た辺りで黒猫は老紳士っぽい人に向かって走っていった。本に出てきそうなワンシーンで……思わず見蕩れてしまった。


 そして、俺達はやっと仕事場に向かったのだった。

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