第68話 おっぱいは喋りません

「お兄ちゃんがお兄ちゃんでお兄ちゃんはお兄ちゃん」

「やばい! 新ちゃんのお兄ちゃん不足が始まった! 早く家に帰らせないと!」

 お兄ちゃんと半日も会えていない。これはもうお兄ちゃんがレイプされるのに同意したのと同じだ。帰ってきたら犯さないと。


 どうにか帰りのHRを耐え、私は急いで帰った。


 早くお兄ちゃんのお兄ちゃんをお兄ちゃんしてお兄ちゃんしないといけない。


 私は帰ってすぐ、お兄ちゃんの部屋に閉じこもる。


 そうして零ちゃん達が帰ってくるまで、お兄ちゃんのベッドを独り占めするのだった。


 ◆◆◆


 俺は身を震わせた。

「……未来さん? 寒いんですか?」

 そんな俺を見て、彩夏か心配してきた。

「いや、嫌な予感がしてな……数時間後に何か俺の部屋で大変な事が行われる気がする」

「それはもう未来予知では?」

「やめて。あたおか系ド変態狂気ヒロインと同じにしないで」

「未来さんって零ちゃんに結構辛辣ですよね……」

(そうだそうだー! 甘くしろー! みーちゃんの父乳飲ませろー!)

 出ねえよ。というか父乳ってなんだよ。訓読みだと父乳ちちちちだぞ。読みにくいったらありゃしない。


「……お二人とも。瑠樹様の高校に着きましたよ」

「ああ、ありがとうございます」


 そんな田熊さんの言葉に俺は正気に戻る。しかし……瑠樹は校門に居なかった。。電話をかけてみる。



 ……出ない。

「……仕方ない。呼びに行くしかないか」

 ああ嫌だ。絶対目立つじゃん。授業中だろうし。


「……私が行きます?」

「いや、彩夏が行くと大事になって抜け出せなくなるかもしれない。事務室か職員室辺りで呼んでもらおう」

「はい、それが良いと思います。……現在療養中のマネージャーもそのようにしていたはずです。すぐに話は通じると思われます」


 ……やはり、これが初めてでは無かったか。


「分かりました。それでは行ってきます」

 俺は車から出て、敷地内へと入る。


 今更だが、事務室はどこだろう。


 校舎の方へと歩いていると、ご丁寧に『御用のある方は事務室へ→』と書かれた張り紙が見えた。


 少し緊張しながらも事務室へ歩く。。そこには受付のおばさんが居た。


「すみません。【nectar】のマネージャー代理なんですが」

 一応俺の役職はマネージャー代理となっている。マネージャーとは言っても【nectar】のスケジュール管理ぐらいしかやる事がないからだ。


「ああ、聞いてますよ。皇瑠樹さんの教室は二階の一組です」

 受付のおばさんはそう言って業務に戻る。

「えっと……呼んで貰えたりは?」

「やだねえ、私なんかが起こせるわけないじゃない。さ、行った行った。あ、これだけ付けていってね」

「えぇ……?」

 そして、首にかけるお客様用のプレートを渡された。


 セキュリティ管理どうなってるんだと言いたいが。まあ、正マネージャーと仲良くしていたはずだし。俺の事はプロデューサーが話していたのだろう。


 俺は校舎に入る。いつも通っている高校とは明らかに違う。

「……おお。なんか背徳感あるな」

(むぅ……本体が居たら背徳ドキドキえっち出来るのに)

 やらんからな? というかもう当たり前のように話しかけてくるんだな。

(やっとみーちゃんの心と馴染んだからね。もう離れたくても離れられないよ♡)

 ヤンデレの上位互換みたいな事するのやめろ。悪霊が。

(まあ冗談だけど。ただ自己主張したいなって思ってるだけだよ)

 すっごい正直。


「……一組は。あそこか」

 教室の上のプレートを見て教室を探す。良かった。すぐそこだ。


 一組は……暗い。移動教室だろうか。どうしたものかと思いながらも中を確認する。







 居た。翠色の髪が机に垂れている。……というか、他に誰も居ないんだが。

 鍵は……開いてる。中へはいると、冷房の涼しい空気が伝わった。


「……瑠樹?」

「すやすや……」

 寝てる。その隣に行くと。

「うおっ」

 思わず声を上げてしまった。理由は瑠樹の眠り方である。


 腕を枕にして寝ているのだが……こう、なんというか。


(おっぱいがドスケベだよね)

 直球すぎませんか?


 ……いや、そうなのだが。こう。釣鐘のようになってるというか。


(先っちょ指でかりかりってしてって言ってるよね。おっぱいが)

 おっぱいは喋りません。


 でも、瑠樹の言っていた意味も分かる。これは男子の理性をゴリゴリ削るだろう。


(今なら誰もいないよ。かりかりしちゃって! みーちゃん!)

 やりません。

(みーちゃんのインポ!)

 インポちゃうわ。

(ならホモ!? ぐ……やっぱり相葉君と……)

 ホモちゃうわ。あと豪も彼女居るって言ってただろうが。

(という事は彼女が居なかったら……?)

 ねえよ。少なくとも俺にそっちのケはない。その嗜好を否定するつもりはないが。


(毛がない!? パイ○ンなの!?)

 もう黙っててくれ。


 とにかく瑠樹を起こさなければ。


「瑠樹。仕事の時間だぞ。起きてくれ」

 そう声をかけるも……起きない。


 ……え? 嘘だよな?


 その肩に手を置く。


「おーい、瑠樹。起きろー」

 そして揺さぶるも……

「むにゃむにゃ……彩夏ちゃん。マネージャーは半分こですよお」

 起きない。というかどんな夢見てるんだ。


(……彩夏ちゃんと二人でみーちゃんを食べてる夢?)

 カニバリズム系女子は静一人で十分です。


(そんな事よりみーちゃん! おっぱい揉もう!)

 だから揉まねえって。

(見てよ! この重量感! 触らないと罪だよ!)

 触ると罪になるんだわ。俺を犯罪者にする気か。

(ほら、指でかりかり〜って。SNSで見たもん! みーちゃんがブックマーク付けてるの!)

 よし、話はここまでにしよう。


「瑠樹ー!」

 少し声を強くしても……起きない。


「……やるしかないか」

(かりかり!)

「それはやらん」

(じゃあらぶらぶべろちゅー!)

「やらん!」


 そうリビング零に返しながら……俺はため息を吐いた。


 え? まじでキスしないと起きないの? いや、確かに一度はしているが……あの時は非常事態だったし。


「……あ、そうだ。彩夏なら知っているかもしれない」


 スマホを取り出し、彩夏の連絡先へと移る。


『瑠樹の起こし方があれば教えて欲しい』

 すぐに既読が付いた。

『眠りが浅かったら自然に起きます。それと、基本的に男の人が来れば起きます。……それでも起きない場合は、顔のどこかにキスをするしかありません。唇じゃなくても大丈夫ですからね!』


 やはり……その方法しか無いようだ。


 ……やるしかないのか。

(今ここで! やるしかないんだよ! みーちゃん!)

 大仰すぎる。そんな一世一代の決断は求められてないから。


 まあ、仕方ない。……覚悟を決めよう。


 俺は瑠樹の隣へしゃがむ。すやすやと穏やかな寝息を立てている。は? クソ可愛いが? え? この子にキスするの? 死ぬの? 俺。


 しかし、やるしかない。


 俺はその髪をかき上げ。額へと唇を押し当てた。


(ちなみに時々私からみーちゃんにおねだりしてほっぺたとかにちゅーして貰ってるから! みーちゃんからのキス童貞は私が貰ってるからね!)

 誰に説明してんの?

(読者の皆様だよ)

 ……まあ、何を言ってるのかよく分からんし。というかいつもの事か。


 数秒ほどして。瑠樹の瞼がぴくりと動いた。そして、その瞼が開き……その目が俺を捉える。


「ん、んぅ……ふゎ……マネージャーですう」

「ああ、やっと起き――」

 俺が言い切るより早く……瑠樹が俺の頬を掴んだ。


 はい?


 そして、その可愛らしい顔立ちが近づいてくる、




 待て待て待て待て待て。


 しかし、俺の言葉も虚しく瑠樹の顔が近づいてきて――














 俺は気合いで顔を動かした。手で押さえられていて横に向けないので、下に頷くように。


 それと同時に瑠樹の唇が俺の鼻に触れた。


「……むぅ。どうして避けるんですかあ?」

 もう一度瑠樹の顔が近づく。俺はその頬を片手で掴んだ。


「……い、いきなりそういう事をするのはやめろ」

「どうしてですか? お婿さん候補のマネージャーと目覚めのキスをしようと思っただけですよ」

「それがダメなんだわ。というか好感度が爆増しすぎてて戸惑ってるんだぞ。あとお婿さん候補になった覚えもないからな?」

「ええ? でも彩夏ちゃんからも許可は貰いましたよ」

「はい?」


 瑠樹がポケットからスマホを取り出し、画面を見せてくる。


『マネージャーさんをお婿さんにしたいです!』

『…………未来さんの周りには女の子多いよ?』

『それでも大丈夫ですよ! 朝起こしてくれて! 一緒に居られれば大丈夫ですから!』

『……分かった。それなら、うん。良いよ。二人で未来さんを悩殺しようね!』


 ……と。そう書かれていた。


 ……。


(みーちゃんの貞操が本格的に危なくなってきたね)

 俺も思う。でも耐えるからな! 俺は!


「とりあえず車に戻ろう」

「はーい。……あ、鍵だけ渡しに行ってきますね。先戻っておいてください」

「ああ、分かった」


 後から聞いた事だが。……瑠樹がここで眠っていたのは、またキスで起こされたかったかららしい。どうにか説得し、次からは校門で待って貰えるよう頼んだ。


 そうして俺達は……今度は沙良を迎えに行ったのだった。


 ◆◆◆


『迷子になっちゃった』

『はい?』


 沙良の高校に向かっている途中でそう連絡が来た。


 俺は思わずため息を吐いたのだった。

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