第44話 えっと、零ちゃんが罪な生き物なんだと思います

 浜中。浜中静はまなかしずか


 遠足で同じ委員になった女子生徒だ。三つ編みをお下げにしていて、眼鏡をかけている。文学少女っぽい子だ。


 ……いや、実際文学少女だ。よくスマホを見ているので何を見ているのか聞いた所、本と言っていた。最近の文学少女は電子文学を読むらしい。


 そして、顔もかわいらしい。裏で人気のあるタイプだ。



 そんな少女に……俺は呼び出されていた。


「……浜中?」

「うん、私だよ。蒼音君」


 浜中がそう言ってニコリと笑った。……ぐ、これがオタク殺しの笑顔。キラースマイル。数多のオタク君を落としてきた笑顔か……。


 まあ、俺は別に勘違いなどしないが。してないんだからね!


 ……俺、何やってんだろ。頭を振り……そして、浜中へと尋ねる。


「それで。何の用だ? 急に呼び出して」

「う、うん。あのね。蒼音君にお願いしたい事があるんだ」


 こうして人に呼び出されるのは初めてだ。……特に女子に呼び出されるなど縁がないと思っていた。


 何にせよ……いきなりリンチに遭う事は無さそうだ。無いよな?


「え、無いよね? 実は浜中から恨み買ってたとか」

「ふふ。何言ってるの? そんなはず無いよ。むしろ逆っていうか……」

「逆?」

「ううん。なんでもない」


 その言葉を疑問に思っていると……浜中が口を開いた。


「そ、それでね。お願いっていうのは……」


 思わず俺は生唾を飲み込んだ。




 いや、無い。無い事は分かってる。俺の自己肯定感を舐めるんじゃない。でも、少しだけ……本当に少しだけ期待してしまう。静まれ! 男の子! 初めて女の子に呼び出されたからって! というか、もしそうだったとしてもどうせ振るだろうが!


「い、委員で一緒になったからさ。遠足も終わったし、お疲れ様会をしたいなって思って……」


 俺はその言葉にホッとしながらも……ほんの少しだけ残念に思ってしまった。本当に良くないぞ、俺。


「ま、紛らわしいやり方をしてごめんね。こうでもしないと……その、九条ちゃんが来ちゃうなって思って」

「ああ……確かにな」


 零は人に気を遣える人だ。確かにこのやり方ならば零が来る事は無い。……もし呼び出したのが俺を傷つけようとする人物ならば、零が謎パワーで察知して止めたはずだ。


「それでね。蒼音君が良かったら、今から私の家に来て欲しいなって」

「い、今からか?」


 かなり急な話だ。思わず聞き返すと、浜中がピクリと跳ねた。


「ご、ごめんね。私、つい張り切っちゃって準備とかしちゃって……蒼音君の都合が悪かったら今度でも全然大丈夫だから!」


 その言葉に俺は考えてしまった。




 ……準備をした、か。ここで俺が断れば浜中は悲しむだろう。それに……




 もし何か……例えば、料理などを準備してくれていたのなら。台無しになるだろう。一人ぽつんと食事を食べている浜中……一番心にくるやつだ。いや、別に家族も居るだろうし一人では無いのだろうが。


 幸い、今日は用事は無い。断る理由も…………




 零は……悲しむだろうか。俺が行くと言えば。




 ――悲しまないよ。それより、みーちゃんが断って気にしちゃう方が悲しいよ。





 ……これは生霊の方じゃない、俺の中の想像の零だ。本物のイマジナリー零だ。なんだそのパワーワードは。



 自分に都合の良い事を言っているように思えるが……零ならそう言うだろう。あんなのに毎日一日中住み着かれたら言う事も分かってくる。





「分かった。だが……そうだな。零達に一言連絡を入れておいていいか?」



 零は別件で対応しているだろうが、後で見てくれるだろう。それと、新にも遅くなる事を連絡しておかねば拗ねるはずだ。


 ……実際、浮気ってどこからが浮気なんだろうな。いや、そもそも付き合っている訳では無いのだが。



 一度、長く息を吐いた。






 切り替えろ、そして腹を括れ。このままじゃ俺も、浜中も後悔する事になるぞ。


 ……よし、大丈夫だ。



「うん、もちろん大丈夫だよ。ごめんね? いきなりで」

「いや、大丈夫だ。……それと、浜中。時間はどれくらいかかる? 夜までかかるか?」

「うん。出来れば夜ご飯まで食べて欲しいな」

「……了解だ」


 それなら母さん達にも連絡しなければならない。



 浜中からも許可を貰えたので、俺はスマホを取り出した。星とのチャットの画面になっている。まずは星からやっておこう。


『浜中と遠足委員のお疲れ様会をやる事になった。家でやるらしく、勢いで準備もしてしまったらしいから行ってくる』

『は?』


 あ……そうだ。星は浜中を嫌っているんだった。


 確か、昔の自分を思い出すから……と言っていたな。


 さて、どう説得するか……なんなら今からでも断った方が良いだろうか、と考えていた時だ。


『分かった。でも、今度私の家にも来てよ。ご馳走作るから』


 そう続けて返され、俺は自然と頬が緩んだ。


『ああ。必ず行く』

『それと、零ちゃん達には私から伝えとくから。新ちゃんにもね』

『ありがとう、よろしく頼む』


 これは俺が星から信頼されている、という事でもある。


 絶対に裏切るような事はしない。



「よし、連絡は取れた。行けるぞ、浜中」

「良かった。それじゃあ行こっか」


 俺の言葉に浜中は薄い胸を手で押さえ……いや、これ普通にセクハラだな。


「……やっぱり蒼音君もおっぱいが大きい方が好きなの?」


 浜中はジト目で俺を見ながら……そんな事を行ってきた。


「え!? い、いや……その。俺は大きくても小さくても良いと思うぞ?」

「……嘘つき。この前のハーレム対決で言ってたよね。初恋の人がおっぱいが大きい人だったって」


 き、来てたのか……あの時。


「…………ま、まぁ。嫌いでは無いが。だが、それで好きになった訳では無いぞ?」

「むぅ……ほんとかな?」

「ほ、ほんとだ」

「じゃあいっか」



 そうして歩く浜中に俺はついて行く。


「そういえば遠足からかなり時間が空いていたが……どうしてなんだ?」

「あ、それはね。本当は帰りのバスから降りた後に言おうと思ってたんだけど……ほら、あの人に絡まれてるの見ちゃったから。日程もゴールデンウィークの後半だったし、迷惑かなって」

 ああ……そういう事だったのか。


「別に言ってくれても良かったんだが。……だが、ありがとな。気を遣ってくれて」

「ううん。……結局いきなり蒼音君を誘っちゃったから」

「いや、今日は予定もなかったし大丈夫だ」


 そうして、その後しばらくの間は雑談を続けた。


 十五分後……俺達は浜中の家へと着いたのだった。


「ごめんね、結構歩かせちゃって」

「それは大丈夫だ。だが――大きい家だな」


 浜中の家は一軒家であった。……かなり大きい、木造建ての家だ。大きさからして二階まであるだろう。


「結構大きいからお掃除とか大変なんだよ?」

 浜中がそう言って敷地の中へはいる。


「ああ。お邪魔します」

 俺もそう言葉を発しながら敷地内へと入ると……浜中はくすりと笑った。



 酷く、蠱惑的な笑みで。



「そうだ。今日、お父さんとお母さん帰ってこないから。安心してね」


 ……と、そう言った。



 しかし、その笑みは一瞬の事だ。気がつけば、浜中はガラガラと扉を開けていた。


 靴を脱ぎ、とてとてと歩く浜中の後ろを歩いていくと、居間のような場所へたどり着いた。


「喉乾いたよね。今麦茶持ってくるから……麦茶で大丈夫かな?」

「ああ。ありがとう」

「ふふ。どういたしまして。そこに座ってて」


 浜中に言われた通り、俺は座布団の上に座る。程なくして、浜中はやって来た。


「あ、足崩して大丈夫だよ。あんまり私もそういう事は気にしないから」

「それじゃあ遠慮なくそうさせて貰おう」

「うん、そうして。……それじゃあこれ、麦茶」

「ありがとう」


 俺は浜中からコップを受け取った。喉も乾いていたし、早速飲ませて貰おう。



 かと言って冷えた飲み物を一気に飲むのは体に悪い。少しずつ飲――


 なんだ? 味が少しおかしい気がする。


「浜中、このむぎ――」


 あれ、なんだ。浜中が揺れてる? いや、違う。



 俺が揺れている。頭から後ろに倒れそうになったのだが……いつの間にか浜中の腕の中に居た。


「な……にを」

「ふふ。ごめんね。……おやすみ、君」




 浜中がそう言いながら頭を撫でてきた。それと共に、俺の意識はぼんやりと鈍くなっていったのであった。


 ◆◆◆


 少し時は巻き戻って。



「ん。彩夏ちゃん、大丈夫? ここで待ってても良いんだよ?」

「は、はい。でも、大丈夫です。零ちゃんひとりには行かせませんよ」

 屋上へと上がる階段を上りながら彩夏ちゃんへそう言うも、笑顔でそう返された。


「ん。無理はしないようにね」

「はい! ありがとうございます!」


 それにしても……



「みーちゃん成分が足りない。みーちゃんのみーちゃんの匂いで肺を満たしたい」

「え、えぇ……? 昨日やってませんでしたっけ?」

「彩夏ちゃん。人間って罪な生き物なんだよ。一度味を覚えてしまったらその味じゃないと満足出来なくなっちゃうような。愚かな生き物なんだよ」

「えっと、零ちゃんが罪な生き物なんだと思います」

「ふふ。私って罪な女」

「未来さんってこんな気持ちだったんですね……」


 彩夏ちゃんとそんな会話をしながらも……屋上の扉がある所まで来た。


「それじゃあ開けるよ」


 彩夏ちゃんへ言いながら、私は扉に手をかけた。




 そこに居たのは――金髪でツリ目の女子生徒だった。その顔はとても可愛い。でも、おっぱいでは私が勝ってる。




「……え? なん……で?」

 彩夏ちゃんがその生徒を見て目を白黒させていた。それもそのはずだ。


 春山咲はるやまさく。私達と同じクラスで……最近彩夏ちゃんが仲良くなったと言っていた少女だった。

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