第27話 あっ……みーちゃんからの冷たい視線久しぶり……濡れちゃう

「やば……めっちゃ歌上手じゃん。さすがトップアイドル」

「ね……というかみーちゃん」

「な、なんだ……?」

「え? 泣き? ガチ泣き? え?」


 俺の視界が滲んでいた。だが隠さない。生で推しが歌っているのだ。


「泣かない方がおかしいだろう」

「お兄ちゃんがオタクの顔してる……でもそれも好き」

「ブラコン……」

「えへへ」

「褒めてないから」


 そんな会話も耳に入らない。うぅ……生きててよかった。


「みーちゃんの涙舐めちゃお」

「あ、ずるい! 私も!」

「もー、どうせすぐ未来君に止められ……未来君?」

「こいつらに意識を向けるより歌を聞きたい」

「チャンス……! あーちゃん、ズボン!」

「らじゃー!」

「ちょ、やめろ! 今いいとこなんだ! ラスサビだから!」


 全力でズボンを死守しながら歌を聞く。ああ。好き。神。天才。やばい。

「み、みーちゃんの語彙力が死んでる。……ひょっとして出した?」

「出してねえわ。確かに男って出した後はIQがサボテンと一緒になるって聞くが」

「つまりみーちゃんはサボテン……? はっ!? という事は「やめろ。ズタズタになるぞ。ナニがとは言わないが」」


 などとやっていると……彩夏の歌が歌い終わっていた。


「死んで詫びます」

「み、未来さん!?」

「落ち着いて! みーちゃん! 歯茎から口蓋まで舐め回すよ!」

「具体的なのやめて!」


 首に手を置こうとしたら、零が両腕を掴んで口を近づけてきた。


「星!」

「らっじゃー」


 星の協力を得て零を引き剥がす。


「そ、それと……未来さん。どうでした?」

「神。天使。ファンサで俺が三人死ねた」

「みーちゃんのオタク度が振り切れてる……」



 そう言えば……彩夏が少しもじもじとしながら俺を見た。


「そ、その……次は未来さんと一緒に歌いたいなって」

「アッ……」

 思わず意識が飛びそうになった。星に受け止められた。


「はっ……俺、今意識が」

「未来君……嬉しすぎて意識飛びそうになるとは。彩夏ちゃん強すぎる」

「え、えへへ……それで。どうですか? 未来さん」

「オタクの俺は全力で否定しながら喜んで普通の俺は一緒に歌いたいと思っている」

「未来さんと一緒に歌えたら……嬉しいんだけどな」

「はい。歌います。全力でやらせていただきます。ちなみにnectarの曲なら全曲視力と聴力を失った状態で歌えます」

「隠れファンじゃなくね? もう。ガチ勢じゃん」


 星の言葉は無視しながら、彩夏と歌う。彩夏が来て……俺と腕を組んで座った。アッ……逝きます。


「イクの!? みーちゃん!? 出すなら私の口に!」

「ちょっと黙ってろ。零」

「あっ……みーちゃんからの冷たい視線久しぶり……濡れちゃう」


 と、そんな事がありながらも。俺は彩夏と歌い……カラオケを楽しんだ。



 ちなみに、彩夏は百点を何度も出したり、多少ミスがあったとしても九十点代の後半を連発したりと天才っぷりを見せたのだった。


 ◆◆◆


「うわっ……」

「みーちゃん?」

「悪い。出るのは少し待ってくれ」


 俺は扉を開けてすぐ閉めた。零が不審に思ったのか、顔を顰めた。


「……みーちゃん」

「おい、待て、零――」

 零が俺を押しのけて扉を開くと――


「……やっぱり」


 廊下の奥。受付と近くに置かれているソファー。そのソファーの所に……量産型ウェイ系星人が数名居た。


 そいつらは俺が中学生の時に同級生だった輩だ。


 零が外に出ようとした。

「零。このまま行けば十中八九絡まれる。居なくなるのを待とう。……俺が金は出して時間を延長するから」

「みーちゃんがあんなクズのためにそんな事する必要無い。行くよ、みーちゃん。三人も来て」

「うぉっ……おい、零!」


 零は強引に俺の手を引いて外へと飛び出した。星達も俺達に続く。


「ん? あれ? 未来じゃね?」

「おお、まじじゃん」


 うわぁぁあ。もう喋り方で心折れそう。やべえ。


「てか零ちゃんもまだそんな奴に惚れ込んでんの?んなつまんない器用貧乏より俺達と遊ばね?」

「ふん。群れを作るしか脳のない下等生物とみーちゃんを比べないでくれる? 害虫と神を比べるようなものだよ」

「あの、零さん? そろそろ帰らない? てか帰ろ? お金払ってからさ」




 零にそう言って腕を引こうとするが……零は引かない。


「ねーえ、未来君。この人達だーれだい?」


 すると、星が後ろから抱きついてきた。……知ってるはずだが、知らないで通すらしい。



 ……いや、本当に知らないのかもしれないか。一年しかいなかった訳だし。


「うぉっ。美人が増えた」

「お兄ちゃーん!」

 そして、横から新も抱きついてきた。


「なんだなんだ? お前モテてたのかよ。一人ぐらいくれよ。こんな奴が好きなんざ見る目がないって言われるぜ? 釣り合ってねえだろ」


 そう言って薄汚く笑った。俺は何も言い返せ――



「……へぇ。未来さんが釣り合ってない、ですか」







 彩夏が、俺の前に立った。……いつの間にか、サイドテールにしていた髪を解き……元のポニーテールに戻していた。



 多少メイクで顔や雰囲気が変わっているとは言え……変装にはなっていない。



「き、切長彩夏?」

「い、いやいや。無いでしょ。まさか」

「本物の切長彩夏ですが。……学生証でも見ます?」


 そう言って彩夏が財布から学生証を取り出す。



 そこには、当然切長彩夏と書かれていて――そいつらは声援を上げた。


「おお! ガチじゃねえか! ファンです、サインください!」


 思わずずっこけそうになった。本当にファンなら学生証なんか見なくても分かるだろうが。


「それよりも彩夏ちゃんがなんでこいつらと……?ああ、分かった。零ちゃんの友達だな? 美人繋がりっつう事で」



「いいえ。……私がここにいる目的は『彼』ですから」


 彩夏はそう言って俺へ近寄り……






 見せつけるように、頬へキスをしてきた。



「「「なっ……!?」」」


 その流れる仕草に……両手が零と新に包囲されている事もあって、止められなかった。


「貴方達なんかより、未来さんの方がよっぽど魅力的ですよ。……ああ、未来さんに失礼でしたね。害虫と神を比べるなんて」


 彩夏はそう言って……微笑んだ。




 その微笑みは……酷く冷たく……恐ろしさすら覚えるようなものだった。



「店員さん。お会計はこれで。お釣りはいりませんよ。ただ、ボクがここに来た事は内密にお願いします……ね?」

「えっ……あ、はいぃ!」


 彩夏が一万円札を二枚。受付へと渡すと、俺を見てニコリと笑った。


「それじゃ、行きましょうか。未来さん」



 ……その笑顔は。先程と違い、心から安心出来るような笑顔だった。


 ◆◆◆


「みーちゃん」


 ……。


「みーちゃん、無視するならちゅーするよ?」

「…………ああ、悪い。少し考え事をしていた」



 零に何度も呼ばれ、俺は意識を取り戻した。



「みーちゃん。座ろ。顔真っ青だよ」

「……いや。大丈夫だ」

「ダメ。座る」

「…………じゃあ、そうだな。すまない。少しだけ一人に「絶対にダメ」…………零?」


 零は……俺の手を掴み、顔を寄せてきた。



「もう、絶対に。みーちゃんは一人にしないから」

「……分かったよ」


 零の言葉に頷いて……俺は、零達を連れて。公園のベンチに座った。


 俺の両隣に零と新が。後ろから星が抱きつき――俺の前に彩夏がしゃがみ込んだ。


「……彩夏。その体勢はきつくないか?」

「ううん。大丈夫だよ。ダンスでもっと辛いポーズとか取ってたから」


 彩夏がタメ口で喋っている事に俺は一瞬驚いたが……その後、頷いた。


「……零から聞いてたっぽいな。その様子だと」

「本筋は聞いてないよ。何があったのか、とかはね」

「そうか」


 星の言葉に頷き、俺は……ため息を吐いた。


「簡単な事だよ。……零がずっと傍に居て。俺はずっと比べられていた。零が……俺を好きだと周りに言いふらして。色々言われたさ」


『趣味悪くない?』

『なんであんな何も出来ない男を選ぶの?』

『ただ優しいだけの男なら世の中に腐るほどいるじゃん』

『あんな冴えない野郎じゃなくて俺を選ばないか?』

『僕は将来有望だよ? お父さんの会社を継ぐことになってるからね。あんな生涯サラリーマンな男なんかじゃなくて、僕に鞍替えしないかい?』



「……だが、まあ。俺も努力はした。テストでそこそこ良い点数を取れるようになって、運動もそこそこ出来るようになって。……読書感想文なんかでも優秀賞とかを取れるようになって。自信がつきはじめてきた。そんな時だ」




『でも零ちゃんには及ばないだろ。勉強も運動も学年でもトップクラスだし、絵や文章書けば最優秀賞。それでお前は? 精々二番手三番手だろ。というか、容姿じゃ足元にも及ばないじゃん』

「皆騙されすぎ。こいつ、全体的には出来るふうを装ってるけどさ。こいつに何か得意なジャンルで勝てって言われたら余裕じゃん。逆に零ちゃんに勝てる奴いる? 居る訳無いよな」



「そんな事が毎日毎日毎日毎日言われた。零が庇ってくれたが……俺のメンタルが持たなかったんだよ」

「……」

「零、そんな顔をするな。全部……俺が弱いのが悪いんだから」


 だが……一番言われて心に来たのはあの言葉だったな。



『零の下位互換じゃん』



 俺は目を瞑り……長く、息を吐いた。


「……本当なら話しておくべきだったな。二人を振ってしまった時に。悪い」


 俺の言葉をじっと……四人は聞いていた。


「……まあ、それでだ。俺は勝手に決めたんだよ。何か一つ。誰にも負けないと思える自分の良さを見つけるまで。零とは……付き合わないって」


 吐き気を噛み殺しながら、俺は言った。



 自分でも分かってる。一番身勝手なのは俺だと。勝手に零の人生を……星や彩夏、新の人生までめちゃくちゃにしてるんだと。



 こんなに周りの掻き回してしまうぐらいなら。生まれて来なかった方が――


「みーちゃん」


 俺は、零に呼ばれた。


「私はこれからもみーちゃんが頑張る手伝いはするよ。でも、これだけは言わせて」


 零が顔を寄せてきた。


「私は……ううん。私達は。みーちゃんに救われた存在なんだよ。みーちゃんが居なかったら、今頃皆灰色の人生を送ってる。絶対」

「うん、そうだね。私は未来君が居なければ中学生の時は一人だったし……今もずっと、一人ぼっちだったはずだよ」

「僕は……きっと、あの路地で。誰にも見つけられないまま、自分の処女を散らして。心に深い傷を負ったはずです。アイドル活動も続けられているかどうか分かりません」

「私はお兄ちゃんの居ない世界なんて要らない。そう思えるぐらい、お兄ちゃんが大好きだよ」


 次々に皆がそう言って……そして、零が微笑んだ。


「分かってると思うけど。皆、すっごく可愛いし、魅力的な女の子だよ。……そんな魅力的な女の子が四人、全員が他の誰かじゃなくて、みーちゃんを選んでる。その意味が分からないほどみーちゃんは馬鹿じゃない。だから、目を逸らさないで」



 零が、俺の手を握った。






「みーちゃんが、誰よりも魅力的な男の子だって事だから」



 とくん、と。心臓が鳴った。



「……今度のハーレム対決で教えてあげる。あんな顔だけの男に負けないぐらいみーちゃんが魅力的なんだって。みーちゃんにも、周りの人達にも」


 零の顔が近づき……俺の頬へ頬を押し当てた。


「だから、しっかり見ててね」



 耳に柔らかい吐息と声が当たり、震えたのだった。





「という事でみーちゃん。このまま淫語プレイしよっか。あーちゃんはもう反対の耳舐めね」

「分かった! 私のR18ASMRで鍛えた舌捌きを見せてあげるね!お兄ちゃん!」

「物語を台無しにするプロかよ。お前ら二人は」

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