第6話 私の辞書はみーちゃんで埋め尽くされてるよ

「帰りたい」

「おお。帰ったらどうだ? 無断欠課になるが」

「そこをなんとか……」

「先生に言えよ」

「マジレスきっつ……折れたわ。心。あとやる気」

「どうせやる気は元々ねえだろ」

「あるわ。新卒の社会人レベルであるわ」

「黙れ高校生。新卒の社会人に一度でもなってから言え」

「ごもっともです」


 豪の言葉に頷きながら、魑魅魍魎の類と化した男子生徒達を見る。


 わあ。みんな殺気マシマシだ。世紀末かな?


「ひゃっはー!」

「ひょっとしてエスパー居る?」


 モヒカンの生徒がバットを振り回す。おい校則自由過ぎんだろ。モヒカンでバットは確実に人殺す気だろ。どうなってんだこの学校。


 いや、バットを振り回す事自体は別になんて事ないんだがな? 体育の時間が野球というだけだし。


 ただ、問題があるとすれば――


「あ、あっぶね。金的狙ってきてたぞ今のひゃっはー」

「人をひゃっはー呼びすんな。世紀末かふ〇っしーか分かんねえだろ。てかよく取れたな。今の」

「ふ〇っしーの中身あれなら子供泣くだろうが。それと、伊達に鍛えてねえよ……嘘です。今のめちゃくちゃ偶然」

「……という事は一歩遅かったら未来のみーちゃんが潰れてたのか」

「おいこら。喧嘩なら買うぞ?」

「おうおう。三万で買えよ?」


 豪とそんなやり取りをしながらボールを投げる。おお怖。めちゃくちゃ睨んでくるじゃん皆。

「……お前あんな事言って振っときながら結構余裕じゃね?」

「馬鹿言え。今も心臓ズキュンドキュンだわ」

「撃ち抜かれてるかウイニングライブかのどっちかじゃねーか。踊れよ、今ここで」

「……? みーちゃん踊るの?」

「踊らねえよ。何言ってんだ」

「え……? ブーメランパンツで踊るんじゃないの?」

「だから踊らねえしハミで……ってなんでここにお前が居るんだよ! てかブーメランパンツどっから来たんだよ!」


 俺のすぐ後ろに零が居た。俺の言葉を聞いてこてんと首を傾げた。可愛いなおい。言葉と動きのギャップで風邪引くだろうが。


「……? なんか彩夏ちゃんの体操服が発注ミスで届いてないらしいから見学。なんか私と星ちゃんが付いといてって言われた。それと趣味だけど」

「……それ大丈夫なのか? 仲良く出来てる? ……それと、ブーメランパンツなんて誰に履かせるつもりなんだ?」

「ん。仲良く笑顔で殴りあってたよ。それと、みーちゃん以外居ないでしょ。それとも私が履いてみーちゃんがマイクロビキニ付ける?」

「何その人工地獄×2」


 ……と。話していた時だ。


 カキン、と。ボールがバットにぶつかる音が聞こえてきた。


「あ、やば」


 ……とは誰の言葉だろうか。俺は咄嗟に零を押し倒していた。


 ちょうど、零の頭があった場所をボールが通過した。


 零に当たるかどうかすら分からなかったが……良かった。


「……みーちゃん」

「零、だいじょう――」


 腕の力が抜けた。どうして……と思った頃には遅い。


 すぐ目の前に、零の顔(キス待ち)があった。


「油断も隙も……もぐっ」

「んっ……もう、みーちゃん……大胆」

 どうにかそこから体勢を崩して避けようとしたが……零の胸の中に埋もれてしまった。


「うぅ……初めてが皆に見られながらなんて。でも、みーちゃんが望むなら」

「望まねえよ? てか話が飛躍しすぎて着地失敗するぞ」

「それはちょっと分からないかな」

「くそ、外した! 久しぶりに!」


 ツッコミを外した事に舌打ちしつつも立ち上がろうとすると……


 腕が引き寄せられてまた零の胸の上に倒れた。


「ふふ。二人っきりだね」

「お医者さんこっちです。はい、おかしいんです。この子。頭が」

「もう、茶化さないでよ」

「やべ。俺の方が頭おかしくなりそう。とりあえず会話のキャッチボールしようか。お互いゼロ距離でボールぶつけてるもんな。ドッジボールも真っ青だよ」

「それもちょっと分かんないかな」

「くそ! 二度目! 今日は調子悪いな」

「……? 朝はちゃんとおっきくなってたよ? おっきくしてみる?」

「そっちの話じゃねえ! やめろ! 股間に手を伸ばすな!」


 ため息を吐きながらもまた立ち上がろうとするが、またコケさせられた。

「うぐぉっ!」

「もう……みーちゃんったら。そんなに何度も求めてくるなんて……」

「さっきからそうだけど言葉と行動が一致してないよ? ねえ? 離して?」

「……みーちゃんを離したりなんかしない! もう、絶対に!」

「お前の中のシチュエーションどうなってんの?」

「ちょっと分かんないかな」

「お前も分かってねえのかよ! どうすんだよ。俺ら何もわかんねえぞ」

「まあそれは置いといて」

「身勝手の極意さん発動してる? 言葉の」


 俺がそう言っていると零が立ち上がった。背中には砂が大量に付いている。

「……悪い。服汚して」

「私……汚されちゃった。みーちゃんに。もうお嫁に行けないね。責任取って。婚姻届にサインちょうだい?」

「お前の中のお嫁のハードル高すぎて誰も跳び越せねえだろうな。……ってどっから取り出したんだよこれ! ……え? 待て。なんで保護者の同意書付きなの? 待って? 父さんと母さんサインしたの? え?」

「この前ノリで出したら書いてくれた」

「マイパァァァァァレンツッッッッ!」


 そう叫びながら、さすがに疲れたので呼吸を整える。

 そのついでに砂を落とすためにパンパンと零の背中を叩く。


「私……今みーちゃんにパンパンされてるんだ、しかも後ろから」

「言い方どうにかしろ!」



 そんな事をしていると不思議な視線を感じた。その方向を見れば、体育館に居たはずの女子達が俺達を見ている。


「やっぱりあれ夫婦じゃない?」

「夫婦漫才ね」

「はいここでタイムストップ。チャートはこんな感じになります」

「あれ? もしかして夫婦漫才RTA配信してた?」

「完走した感想ですが。あと三時間は早められましたね」

「再走案件だろうがそれは! RTA舐めてるのかよ!」

「うぅ……みーちゃん。アンチコメが来てる……怖いよぉ」

「アンチコメを贈った張本人に泣きつくのかよ。お前の情緒どうなってぐへぇ!」


 零にまた抱きつかれていると、背中に強い衝撃があった。


「抜け駆け禁止って言った本人が抜け駆けしてる件について。弁明をどうぞ」

「ずるいですよ、零ちゃん」

「ムラムラしてやった。反省も後悔もしていない」

「罰として三時間未来君とは話さないでね」

「横暴だ! 人権無視! そんなの私耐えられなくて死んじゃう!」

「これは末期ですね……恐らく四十八時間隔離すれば、みーちゃん成分は抜けると思います」

「俺って薬物かなんかなの? というかみーちゃん呼びやめて? ムズムズするから」

「ふふん。みーちゃん呼びは私だけが許されてるんだから」

「別に許してないぞ。諦めただけだ」

「細かい事を気にする男は犯されちゃうよ?」

「おかしいなあ! 俺とお前の中の辞書に差があるなぁ!」

「ふふ。私の辞書はみーちゃんで埋め尽くされてるよ」

「今すぐ買い換えろ!」

「お代はみーちゃんの半生ね……きゃっ! 言っちゃった!」

「メンタルどうなってんの??? ……ってうぐわっ!」


 そうして会話をしていると、背中の幸せな感触が強くなった。


「だーかーらー! 二人でイチャイチャしないでよ! 私も入れてよ!」

「そうですよ! 私も、そ、その! み、未来君とイチャイチャしたい……ですよ」


 俺が零と話していたのにも理由がある。


 この二人も可愛すぎるのではないか。と思い始めてしまったのだ。いや、知ってる。知ってたのだが。


 星だって可愛いのだ。周りの男子から羨望や嫉妬の目を向けられるほどには。童顔で生意気だが。……それが照れ隠しみたいなものだと知ってしまったし。そう思えば可愛く思えてしまう。


 あとでかい(重要)


 それに、彩夏もそうだ。百万単位でファンがいる子だ。可愛くないはずが無い。しかもボクっ娘だ。萌える。


 あとでかい(重要)


 この二人から気を逸らすために零とふざけあっていた事はある。


「あ、みーちゃんがやらしい目で見てる。浮気ダメだよ。仲直りックスしよ」

「展開早すぎるだろ。四コマ漫画か」

「ふふ。なら四コマ目は私達が子供に囲まれてる所だね」

「俺の半生を四コマで終わらせるな。作品終わるぞ。というか三人とも離れてくれ。そろそろボールじゃなくてバットが飛んでくる」


 スナイパーに狙われる有名人の気分だ。いや、実際に狙われている訳では無いのだが。


 てかゲロ吐きそう。悪意しんどい。


「む……しょうがない。じゃあ続きは体育館裏で」

「やらねえよ? てか授業中なんだわ。はよ戻れ」

「あ、そうだ。未来君。最後に良いかな? てかダメって言わないで?」

「その一言が無ければ良いって言ってたな」

「また乳ドンするよ?」

「新しい言語を生み出すな! 一部の女子が泣くぞ!」

「乳ドン……ボクも出来るんですかね」

「やめて? 俺本当に殺されちゃうよ? 良いの? 俺は良くないよ?」

「ま、そういう事だから。放課後彩夏ちゃんと家行くね」

「どういう事で??????」


 しかし、俺の言葉を無視して二人が離れた。


「それじゃ零ちゃん、行くよ」

「やーだー! みーちゃんと夜の遊びするのー!」

「はいはい。時間感覚取り戻しましょうね。まだ真昼間ですよ」

「うぅ……なら夜に忍び込んでやる……夜這いしてやる……」



 そうして零が引きずられるのを見送る。


「……トラバサミ仕掛けておくか」

「罠がガチすぎないか」

「多分零相手ならトラバサミの方がダメになるだろう。大丈夫だ」

「え? 人間やめてる?」

「さすがに冗談…………冗談で済むよな? 零なら逆にトラバサミの方が避けるんじゃないか? 気がついたら平気で枕元……いや、股間元に座ってそうなんだが」

「ホラー映画風AVかよ」

「お前想像と偏見だけで言ってないか? ツッコミ力足りてないぞ?」

「ははっ。バット投げてやろうか」


 そんなこんなで豪とやり取りをしながら現実から逃げる。



 新……今日だけで良いから普通でいてくれ……ド下ネタとか馬鹿な発言はするんじゃないぞ……。



 ◆◆◆


「お兄ちゃん、どういう事!? やっぱりおっぱいなの! このおっぱい星人! 妹にも手出せ! それと中にも出せ!」

「これが即落ち二コマですか」

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