第5話 ちょ、やめ。腕掴むな。てか力強っ! 誰か! 男の人呼んで!
「助けろ、豪」
「無理だ、諦めろ」
友人だと思っていた男に無情にもそう返される。
あの後、どうにか休み時間や授業を切り抜けたのだが、昼休みで周りの視線やら暴力やらに耐えられず屋上へ逃げ、豪を呼んだのだ。
ちなみに、屋上は基本的に閉鎖されている。しかし、鍵がかかっている訳では無いので入り放題なのだ。先生仕事しろ。
「ぐ……言い方か! 言い方が悪かったんだな! 靴でもなんでも舐めるから助けろください」
「うん、まずは敬語の勉強しような。それと俺も男に靴舐めさせて喜ぶ趣味は無いから」
豪はため息を吐き、そして俺を見てきた。
「そんで? なんでこんな事になってんだ?」
「ああ、それはな――」
その時、屋上のドアがバン、と開いた。
「見つけた」
「ひっ」
思わず情けない声を上げてしまった……が、そこにいた三人の姿は見慣れたもので……安心出来なかった。出来る訳が無いだろう。
「……どうしてここに?」
「私の直感。別名運命の赤い糸」
「本当に未来君居るじゃん。……あーあ、零ちゃんに負けちゃった! ……体育館裏だと思ったのに」
「そもそも私はまだこの学校の構造を理解してないですからね」
「負け犬の遠吠えが気持ちいい」
本当に何しに来たんだこいつらは。
「……何しに来たんだこの人達?」
「豪……やっと俺の気持ちを理解してくれたんだな」
思わず豪の肩を掴んでぶんぶん揺らしてしまった。
「おま、やめろ。ゆれ、揺れる。世界が揺れる」
「大丈夫だ。揺れてるのはお前だ」
「揺らしてんのお前だろうが!」
「ふははは!」
豪の怒鳴りに思わず高笑いをしてしまった。昨日の報復だ。
「……エネミーⅠ。標的に薔薇の気配は?」
「エネミーⅡ。問題なし。さっきも見た通りちゃんとおっぱいで興奮する男子高校生」
「エネミーⅠにⅡ。そんな事言ってないで、未来く……標的に接触した後はどうするのよ?」
「お前ら実は仲良いだろ。あと呼び方は統一しろ。エネミーⅠに零と西綾が居たりエネミーⅡに西綾と切長が居てごっちゃになってるし、口調も変わってて読者に優しくないぞ」
「何言ってんのお前……?」
豪が変質者でも見てくるような目をしているが無視だ。
「……というか。そろそろ本題へ入ってくれ」
このままだと永遠に会話が続きそうだ。三人へ向かってそういえば、三人は顔を見合せた。
「……な、なあ。これ俺居るのか?」
「黙って修羅場に巻き込まれろ」
「くそ! 来なければ良かった!」
昨日の腹いせだと豪の肩を掴んで笑う。やべえ。今絶対主人公の村を焼き払う魔王軍幹部みたいな顔してる。
「お前……序盤で主人公に襲いかかる山賊みたいな顔してるぞ」
「……噛ませ犬で悪かったな」
さて……豪との戯れは程々にしよう。
見れば……すぐ傍に美少女が三人立っていた。
左に切長。涼し気な雰囲気を持ち合わせていて、常に笑顔を顔に貼り付けていた彼女だったが、今は緊張しているのか顔が強ばっている。
右に西綾。らしくもない。普段の勝気で何もかもが自分の思い通りにいかないと気が済まないみたいな雰囲気をどこにやった。震えてんじゃねえか。
そして……零。零だけがいつも通りだ。
「ちょこっとだけ三人で話してさ。一番手っ取り早い方法があったんだ」
零がニコリと笑いかけてきた。普段と変わらない。いつ襲いかかってきてもおかしくない微笑み。
「……それじゃ、私から言うね」
そう言って、零は俺に胸を押し付けてきた。
「結婚を前提に付き合って」
「断る」
零の言葉に即答する。……というか、俺が断る事も分かってただろう。
「むぅ……じゃあ前世での約束は何だったの!」
「当たり前のように前世の記憶を持ち出してくるんじゃない」
いつも通りの言葉にため息を吐いていると……零がむっと頬を膨らませながら口を開いた。器用な奴だ。
「……理由は?」
「前も話した通り、俺じゃお前と釣り合えない。……今でも零が家に入り浸っているのが不思議なくらいだ」
「……理屈じゃないもん。好きだから好きなんだもん」
「知ってる。その気持ちを否定するつもりは無い。受け取れないだけだ」
正直、俺の何が良いのか自分で分かっていない。だが、人の感情を否定するほど落ちぶれてもいないつもりだ。
零が一歩下がり……次に、西綾が俺を見た。
「……じゃあ次、私の番ね。未来君、好きです。付き合ってください」
「……断る」
……西綾が直球で言ってくるとは思わず、一瞬だけ面食らってしまったが。
俺は断った。
「……なんで?」
「……概ね先程と同じだが。それに加えて、周りからの目だ。西綾が絡んでくる時はいつもそうだが、周りからの視線が痛すぎる。『なんでお前が』『ただのモブの癖に』とか陰口まで聞こえる。そんな生活になったとして、俺は耐えられん」
知ってるから。中傷の声は賛辞の声より遥かに大きく、鋭い刃物になる事を。
何度も何度も何度も何度も。思い知らされたから。
努力しようが周りからは認められない。……
そう、思い知らされたから。
西綾は少しだけ悲しそうにしながら下がり……そして、最後に切長が。
「それじゃ、最後がボクですね。……結果は分かりきってますけど、言わせてください」
「……ああ」
「好きです。付き合ってください」
「断る」
そうして……俺は学園でも。いや、日本でもトップに入るのではないかと思える三人からの告白を断った。
「理由を聞いても?」
「さっきのに加えて、明らかに付き合いの時間が足りない。……お試しで、とかそんな事を考えているのなら他を当たってくれ。根本的に俺と価値観が違う。それと、感謝の気持ちと好意は結びつかない。正直に言えば、そこを履き違えているようにしか思えない」
美少女が暴漢に襲われている所を颯爽と助ける。そして、美少女が助けてくれたヒーローに惚れてそのままハッピーエンド。
そんな物語、現実にもあったらいいな。だが、実際は違うだろう。
お互いの事を何も知らないまま付き合った所で良い事があるとは思えない。そこから始まる恋もあるんだろうが、それは一部だ。俺はその一部になれると信じられない。
価値観の違い。趣味の違い。その他にも障害が多すぎる。それならまずは友人として仲良くなっていく方がお互い良いだろう。
「……本気です、ボクは」
「………………なら、尚更だ。ちゃんとお互いを知ってからにしてくれ。……そうだとしても、先程の二人と同じで断るだろうが」
割と冷静に返せてるのも、今の状況に現実味が無いからだ。
……だって、切長ってファンが百万単位で居るんだぞ。
「……俺今凄いもん見せられてねえか?」
「俺も今凄い事してると思ってるぞ」
傍から見れば俺は馬鹿にしか見えないだろう。こんなチャンス、来世でも来来世でもやってくるとは思えない。
でも、これでいいんだ。
「と、いう訳で分かった? 二人とも。みーちゃんが偏屈の極みって事」
「うん。卑屈とか通り越して逆に清々しかったね」
「……うん」
零の言葉を俺も否定出来ずにいると、零が俺を見てニコリと笑った。
「大丈夫、ここまで織り込み済みだよ。さっき二人と話したんだけどさ。この三年間……不服だけど、私達でみーちゃんが頑張るのを手伝いながらみーちゃんを奪い合う事にしました。『今は』断られたけど、三年生の終わりには分からなくなってるはずだから。その時また聞くから、三人の中から
……これでも、零の隣に並べるよう何年も努力はしていたのだ。身を結んでは居ないが。
「というかツッコミ所満載なんだが。どうしてそうなった?」
「シリアスなんて大っ嫌いだから先にこっちでやっといた。みーちゃんは黙って受け入れて。それと、本当はなりふり構わず襲いかかろうかと思ってた。てかもう襲っていい? みーちゃんの真面目な顔見てたらムラムラしてきた」
「ちょ、やめ。腕掴むな。てか力強っ! 誰か! 男の人呼んで!」
思わずいつものノリでそう言ってしまったが。
「ぷっ……」
「おい何笑ってんだ? あ? 見せもんじゃねえぞ?」
豪が吹き出した。
「だ、だって、お前……みーちゃん……みーちゃんは無いだろ……男子高校生が……みーちゃん……ぷくく」
「うるせえ!」
「てか俺からすればバリバリ見せもんなんだわ。巻き込んできたのお前だろ」
「正論で殴るな! 拳で殴るぞ!」
「理不尽の権化やめろ」
と、そんな会話をしていた時だ。
「……相変わらずなんだね」
「ん?」
どこか、聞き覚えのある声が聞こえた。しかし、振り向いてもそこにはあの三人しか居ない。
「……?」
「どうかした? みーちゃん。おっぱい飲む?」
「飲まねえわ。てか出ねえだろ」
「分かんないよ? ……もしかしたら、みーちゃんが寝てる間に……」
「怖い話やめろ!」
はぁ……さっきまでの雰囲気はどこいっ……いや、零の思い通りって事か。
ふと、脳内に昔の記憶が蘇ってきた。
『みーちゃんに暗い雰囲気は似合わないから』
……あいつも俺に気を使ってくれてるんだろうな。勝手に話は進められていたのだが。
そんな事を考えていると、切長が不安そうに俺を見ている事に気づいた。
「……み、未来君。あの、友達にはなってくれますよね?」
「ああ。それは別に構わない……というか、俺から頼みたいぐらいだが」
「やった……♪ じゃあボクの事は彩夏って呼んでくださいね!」
「……ああ。分かった、彩夏」
「……!」
切長がぐっと拳を胸の前で握った。 ……それにしても、本当に一つ一つの仕草が可愛い。これでも零や……認めたくはないが、西綾で美少女耐性は付いていたはずなのだが。それと、拳に合わせてぷるんと揺れた。でかい(でかい)。
「みーちゃん?」
「おっぱい! ……って、なんだ?」
「いや返事で自白してるじゃねえか。正直かよ。てかよくその流れで真面目な顔出来るな」
豪の言葉は無視したまま零を見る。
「おっぱいなら私のがあるよ? 触り放題揉み放題舐め放題いれ「多い多い。胸焼けするわ」……むぅ」
そんな事を会話していると……肩にやわっこい感触があった。今度は西綾だ。
「そろそろ暑くなる季節だ。離れろ、西綾」
「えー? ひっどいなー。私の事も星って名前で呼んでよ」
「ああ、別に良いぞ。星」
「!?」
そう名前を呼べば、西綾……否。星は、顔を真っ赤にした。
やはり。こいつは攻撃力全振りってだけで防御力が皆無だ。
思わずニヤリと笑ってしまう。
「どうした? 星。顔が赤いぞ? 星。何かあったのか? 星」
「う、うぅ……」
「どうした? 何か言いたい事があるなら言って――」
「うるさい! えい!」
「ふぐぉ!」
顔面を捕まれ……乳に叩きつけられた。
何を言っているのか分からないと思うが俺にも分からない。てかどういう状況だ。乳に叩きつけられるってなんだよ。
噎せ返るほどの甘ったるい匂いが鼻腔から侵入してくる。それに、柔らかい。だが星なのだ。
「……あ、ほんとだ。零ちゃんの言う通り、おっぱいで大人しくなった」
「……むぐ、犯人はお前かぁ!」
乳の山から抜け出し、俺は零へビシィッ! と指を指した。探偵ものの最後のシーンのように。
しかし。
「みーちゃん」
その瞳の奥は笑っていなかった。
「あ、はい。調子乗ってすみませんでした」
「ん。なら後で子供作ろうね」
「『ご飯奢りね』の感覚で子供作ろうとするんじゃねえ。命が軽すぎんだろ。つーか俺の謝罪を返せ」
その時……昼休みを終える予鈴がなった。
「やべ、早く戻らんと遅刻だ」
「俺は先行くぜ」
「おまっ、豪! 裏切るのか!」
「うるせえ! 俺は巻き込まれただけだ!」
豪はそう言って先に駆け出して行った。
「それじゃみーちゃん。行こ」
そう言って零が俺の手を取った。相変わらず星は俺に抱きついたままだ。
……そして。
「掴むところがここしか無いですよ。広がるなり増えるなりしてください」
「無理言うんじゃねえ。俺は人間だ」
切長が不満そうに俺の服の裾をちょこんと掴んだ。なんだこの状況は。
「あ、そういえばみーちゃんお昼食べてないよね?これ」
そう言って零がポケットからサンドイッチを取り出した。
「……ポケットから!? てか直で入れてたの!?」
「ん。食べて」
「おぉ。いや、俺は別に潔癖じゃないし三秒ルールどころか三十秒ルールの男だから大丈夫なんだが。なんかやばいの入ってないよな?」
「ん。さすがに私の肉は入ってない」
「ギリ血なら入ってそうな言い方やめてくれませんか!?」
そう言えば……零は微笑んだ。
なんだ、また冗談か。
「ふふ。どうだろうね?」
「怖い怖い怖い怖い」
そうして……俺は三人に連行されながら教室へと戻ったのだった。
サンドイッチは美味しかった……のだが、もう一度言わせてくれ。
なんなんだこの状況は。
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