第2話 近親相姦反対

 学校に着き、真っ先に席に着いて本を読む。これが俺の日課となっていた。


「ういっす、今日も辛気臭い顔で本読んでるな」

 とその前の席に座ってきたのはクラスカースト上位の男。


 即ち、陽キャ。またの名を相容れない存在。



 という訳でもなく、彼こと相葉豪あいばごうは真の陽キャである。誰とでも仲良く出来るアレだ。コミュ強だ。


「……辛気臭いは余計だ」

「お、それ新刊じゃん。出てるなら出てるって言ってくれよ。今日買いに行くわ。未来はどうだ?」

「行きたいのは山々なんだが……」

 とそこで思わず身震いしてしまった。その原因はと言うと、こちらを見てくる漆黒の双眸だ。


「……今日はちょっとな。明日なら行けるけど」

 零は生徒会に務めており、毎週火曜日に集まりがある。……そして、集まりが無い日に一緒に帰らずにいるとかなり拗ねるのだ。この前など、どこから持ってきたのか手錠で手を固定されて犯されそうになった。うん。犯罪者予備軍だな。


「……ああ、そういう。りょーかい、なら明日でいーよ」

 豪は俺と零の関係を知る数少ない人物である。真の陽キャ特有の観察眼で、零との間に何かあると見抜き、隠しているという事もなんとなく察するという化け物だ。


 ちなみに、零と俺は学校で幼馴染という事を隠している。零に頼み込んだのだ。……一度だけ一緒に風呂に入るという条件の下で。のらりくらりとかわし続けていたが、そろそろ危ないかもしれない。



 そして、豪の手腕に感服した俺は零に彼氏にどうかと聞いてみた。ノータイムで断られたのは良い思い出だ。


「あれ? 零ちゃん、首のそれどうしたの?」

 零は学校でも人気者だ。喋り上手で聞き上手であり、男女分け隔てなく接しているのだから当然だ。


「……これは彼との愛の結晶」


 ……せめて虫刺されと言ってくれ。いつも通り匂わせだけで終わるだろうと思っていたのだが……詰めが甘かったか。


「え……?」

「あの零さんの赤いのって……」

「嘘だッッ!」

「僕は信じないぞッ!」

「嗚呼……彼氏は本当に居たのか……神よ」

 ほらもう。静かだった教室が阿鼻叫喚の渦だよ。俺知らないよ?


 まあ、それは良いとして。神に祈ってるお前。この前自分が無神論者だと周りに言いふらしていただろうが。こういう時だけ神に頼るんじゃねえ。


「ははっ。いやあ、随分とお盛んだったんだねえ!零さんの『彼氏さん』は」


 豪は勘違いをしていた。


 てっきり、ただの虫刺されを零がそう誇張して表現したのだと。


「……」


 しかし、豪の想像していたような返しは出来なかった。俺には精々目を逸らすぐらいしか出来ない。


「……え?」


 途端に豪の笑みは引きつったものになる。


 それと同時に、もう一つの視線が俺へと突き刺さった。


「ふーん」


 それは豪と同様に驚きながらも、且つ面白くなさそうなものだ。俺は気づかないフリをする。


「なあ? 豪。今日の数学のテストの範囲ってどこからだったか覚えているか?」

「露骨に話を逸らすんじゃない。……ん?」

 豪はニヤリと意味深に笑い、いつの間にか俺の後ろに近づいてきていた人物に声をかけた。


「丁度いい。西綾さん! 未来が今日の小テストの範囲知りたいって言ってたんだけど知ってる?」

「……おい」

 その人物は俺が今一番聞きたくない人物の名前であった。その理由は……見ていれば分かる。


「ん〜? 確か三十ページからだったと思うよ〜! 未来君!」


 そう言って後ろから抱きついてきたのは、桃色の髪に童顔、しかし超絶爆乳と全てがアンバランスな生徒であった。おい神様。本当に居るならアプデ入れろ。ついでに俺を上方修正しろ。


 ……現実へ戻って。こちらも豪と同じく真の陽キャこと西綾星にしあやほしである。豪と西綾はお互いに仲は悪いらしいが、なぜか俺を通してならば会話をするのだ。


「おい。離れろ、西綾」

「えっへへー。いいにおいするー」

 邪険に扱おうとしても西綾は離れない。それどころか、首元に顔を埋めてきた。


「零ちゃんのキスマーク、本物?」


 そう、彼女も俺と零の秘密を知っているものの一人なのだ。


「……」

「沈黙は肯定。これ常識だよ?」

「……どう答えてもお前はキレるだろうが」

「ふーん。そんな態度取るんだ」


 西綾はその首元に唇を付けた。


「なっ……ぐっ」

 そして、ちゅうちゅう吸われる。零はこれが気持ちよかったのかと戦慄してしまう。


「なに、してんだよ、西綾」

「なにって? わるーい男に罰を与えているだけだよ!」

「……何が、罰だよ」

「それとも、言っていいの? 君が付けたって」

「信じるやつなんて居ねーよ」

「どうかな? 私が言ったら信じるんじゃない?」


 西綾はクラスのカーストの最上位。対して俺は最下位。


 信じるかどうかは分からんが……俺がいじめの対象となる可能性は否めない。


「分かったらいいの♪ それじゃ、また後でね♪」

「二度と来るんじゃねえ」


 そう言って去っていった西綾にそう返すと……当たり前だが、周りからめちゃくちゃ見られていた。


「なななななあ。いいいいいいま、にににににしあやが、きききききききききすまままままーくをををを」

「おおおおおおおおおおおおちちつけ」

 まずはお前が落ち着けよ。


「いやー、十分前に蚊に刺されたのが痒くなってきたな」

「なんだ、タイミングの悪い虫刺されか」

「くそっ、だとしても未来の奴、西綾に抱きつかれやがって。羨ましい」

 先程まで髪の先から爪先まで震えていたはずの男子がため息を吐いた。なんなんだお前らは。


 人間は信じたいものを信じる。その典型的な例が目の前で行われていた。論文にしたいな。


「さて、豪。分かってるよな?」

「モテる方が悪い。俺は知らん。それよりも、今絶対後ろは見ない方が良いぞ」

「分かってはいる……が、今無視すれば後が怖いからなぁ」

 恐る恐る後ろを振り返ると……零は友人と笑いながら話をしていた。しかし、その目はじっと俺を見ており、目の奥は笑っていない。

「ひっ」


 ……やっぱり見なかった事にしたい。

「今日の俺は貞操が危ないかもしれない」

「逆にまだしてないのがおかしいと思うけど……まあいいや、楽しめたし」


 そう言って自分の椅子へと座る豪。大体お前のせいだろうが。いつか報復しよう。



 ◆◆◆


 そして、家に帰ってきたのだが……俺は今、現在進行形でベッドに押し倒されていた。


「……先に弁解だけでも」

「いや。今日という今日こそ許さない」

「悪いのは全部豪なんだよ! 俺は悪くない!」

「豪は後で刺す」

「刺すんですか!? お、俺は?」

「私に挿す」

「おい待ておかしいぞ」

「うるさい。黙って犯させろ」

「言動が犯罪者のそれなんだが!?」

 そんな言葉をかわしながらも、零は着実に制服を脱ぎ始めていた。おいやめろ。スカートの中身を擦り付けるな


「なあ。一度落ち着け。早まるんじゃない」

「じゃあ落ち着くためにコンビニにゴム買いに行こう。一ダース入りの」

「待て待て待て待て。え? 十二? 明日学校行けなくなるよ? 俺」

「? 今週は行かせないよ? それに私、今二ダース分鞄に入ってるし」

「さんじゅうろくはしんでしまいます」


 魂を吐き出しそうになりつつも首を振る。すると、零は首を傾げた。


「あれやりたいから。あの、ショーツに使ったゴム引っ掛けてベールみたいにするやつ」

「アブノーマル過ぎる!?」

「あと正の字。五、六個は書きたい」

「あれって一人でやるもんじゃないからね!?」

「未来が複数人って……事!?」

「そうはならんだろ……はぁ、もういい」

「よし。それじゃあ早速」

「だぁぁぁ! 違う! そっちを諦めた訳じゃない! 脱がせるな!」

 なんだかんだ言いながらも、俺は零相手に実力行使は出来ない。零を怪我させたくないからであるのだが……それがより零を増長させている事も分かっていた。しかし、どうすればいいのかよく分かっていない


「……なんだかんだ言ってやる気満々」

「そんな扇情的な格好で股で擦られて反応しない奴が居たらそれはもうEDだよ!」

「……嬉しい」

「おいやめろ恥ずかしそうに顔を赤らめるな。理性が保てなくなるからそろそろやめろ」

「それが狙いだもん」

「まずはそこから降りろ」

「……重い?」

「いんや、もっと食えって思う位には軽い」

「良かった」

 そう言って零はしなだれかかってきた。


「おい待て。重くないって言ったから降りなくて良いって訳じゃないんだぞ」

「……?」

 零は息のかかる至近距離で首を傾げてきた。

「いや可愛いなおい。目綺麗過ぎんだろ」

「えへへ」

「じゃなくてだな。……ちなみに重いって言ったらどいてくれたのか?」

「その時は腕を切り落としてた」

「重いのは愛だった!」


 そうしてわーぎゃーしていると、零は急に萌え袖をやめて頬を掴んできた。


「おい。この手はなんだ」

「んー? やっぱりみーちゃんは可愛いしかっこいい顔してるなって」

「その二つの言葉は相反しているぞ。だいたいお前は……おい、何してる」

 ついでに説教を始めようとしたのだが、零が少しづつ顔を近づけていた。それこそ唇が触れかねない場所まで。


 零の頬をむぎゅっと掴んで止めると、ちっと舌打ちをされた。


「いけると思ったのに」

「おいこら策士。本格的に説教が必要な――」

「お兄ちゃん! さっきからうる……さ……え?」

 ドアがバンと開いて、一人の少女が入ってくる。栗色の髪をツインテールにしており、その顔は零にも負けず劣らずの美少女だ。


 あらた。俺の妹で、現在中学二年生だ。それとでか……うん。妹相手にこの言葉を使うのはやめておこう。零に負けず劣らずスタイルが抜群とだけ言っておく。


「やっほ、あーちゃん。あーちゃんも参加する?」

「おい。何に参加させる気なんだよ。ナチュラルに妹を誘うな。近親相姦反対」

「お、お、お、お兄ちゃんのバカ! 不潔! 初めては私にくれるって言ってたのに!」

「おいこら妹。お前まで記憶を捏造するな。あと兄は未だに純潔だ。兄の貞操の硬さ舐めんな」


 とは言いつつも、傍から見れば俺達はどう見ても結合しているように見えただろう。俺の下腹部はスカートで隠れており、上裸の零に覆いかぶさられているのだから。


「お兄ちゃんの嘘つき! それ絶対入ってるじゃん!」

「いや……まあ、そう見えるだろうが……」

「まだ入ってないもん。見てみる?」

 零がスカートを指で持ち上げようとする。が、俺はその手を止めた。


「待て。お前俺のアレをズボンにしまってなかったよな?」

「……? そうだよ?」

「そうだよじゃねーよ! 俺の大切な妹になんてもんを見せようとしてんだよ!」

「いいじゃん。減るもんじゃなし」

「減るよ! 俺の尊厳とか尊厳が諸々で減るよ!」

「目に見えない物を気にするのは三流」

「ほう? じゃあもう二度とお前の事を好きとか言わないからな? 言葉は目に見えないもんな? そんなもんを気にするのは三流だもんn」

「前言撤回。お互いの好意を気にするのは一流」

「手のひらドリルが酷ぇなおい!? それと一流の判断が局所的過ぎるな!?」


 そんな風に……中学の頃は夫婦漫才と言われていたが、それを続けていると、どこからか慌てる声が聞こえてきた。


「な、なにこれ……零お姉ちゃんのおへそに余裕で届いて……わっ、跳ねた」

「何してんだマイシスタァァァァァァ」

 横からスカートをピラリと捲っている新を見て絶叫してしまう。


「お兄ちゃん。これ触ってみてもいい? なんか面白そう」

「なに無知を装って触ろうとしてんだよ! お前の保健の成績が五なの知ってるからな!」

「お兄ちゃんのえっち」

「みーちゃんのすけべ」

「これって俺が糾弾される流れなのか!? 俺が悪いのか!? この前意気揚々と通知表見せてきたじゃないか!」

 夫婦漫才に新が加わり更に混沌を極める。既に俺のSAN値はゼロに近い。


「でもお兄ちゃん。これってすまt」

「やめて! お兄ちゃん妹の口からえっちな言葉聞きたくない!」

「なるほど。お兄ちゃんは言葉責めが良いんだ」

「覚えておく」

「誤解が生まれてんなぁ!」

「誤解……という事はお兄ちゃんはドS? だったら今度縄で縛ってお兄ちゃんの部屋に入っておけば……いける!?」

「いけねえよ!? お兄ちゃんも確かに動揺するだろうけどちゃんと部屋まで送り届けるよ!?」


「それ採用」

「採用しないでくれ!」




 この後めちゃくちゃ説教した

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