男であることがバレたアイドル

「ここどこ……病院?」


 目を覚ました私は、あたりを見回すここが病院だということに気付ける。親知らずを抜いた時に一度だけ病院に入院したことがあったからだ。


「あは、男物の服を着るの何ていつぶりだろ」


 どうやら私が寝ている間に着替えさせられたみたいで私は着たことが無い服を着ていた。


「ここの病院の人にも私が男だってばれちゃったかな……今更か」


 もうネットには私の話がばらまかれているだろう。ほんとに今更過ぎる話だ。今は少し落ち着いているけれど今まで私のファンだった人が私の裏切りに対しての怒りをネットにあげていることを想像するだけでまた怖くなってくる。また呼吸がおかしくなりそうだ。


「はぁ……ライにもマネージャーにも迷惑かけるな。できる限り私がなんとかしないといけないんだろうけど、なにもしたくないなぁ」


 ファンの対応を想像しただけでこれなのだ。実際に対応するとしてもできる気がしない。全部夢だったりしないかなと願いたくなる。


「失礼します……アイ、起きたんだね、良かった。はいこれ、自動販売機が遠くて遅くなっちゃった」

「ライ。ごめんね。こんなことになっちゃって」


 ライはペットボトルを私に手渡して横の椅子に座った。ライは平然としているように見える。いつかはこうなることが予想出来ていたようだった。私が倒れるところまでは予想できていなかったと思うけれど。


「大丈夫だよ、アイなら大丈夫。だからこれからもアイドル頑張ろっ」

「もう、無理だよ」

「え?」


 隣にいるライの表情が変わった。私がこんな弱気な発言をするとは思っていなかったようだ。私がアイドルを続けるのを信じ切っていた声だったから、さぞ驚いたことだろう。私も引退するならもっと先の事だと思っていたし、こんな理由で辞めることになるとは考えていなかった。


「何言ってるのアイ。まだ私達は引退するようん年齢じゃないよ?」

「何言ってるのは、ライのほうだよ。私は男だってバレちゃった。もう続けるのは無理だよ」


 今回の事で既に炎上しているだろうし、私が倒れたせいで対応が遅れているから、余計にまずいことは分かる。しかも私自身が対応に回れる精神状態じゃないし。ライブ中に直接批判の声をかけられたら、またその場で倒れる気がする。


「もうアイドル業界に私の居場所なんかないわよ。男だってバレた私はもうおしまい。これ以上活動続けようとしてもライの邪魔になるだけよ。どうせ今も引退しろって言われてるでしょう」

「そんなの……見てみないと分かんないよ」

「分かるわよ。私だって推しのアイドルの性別が違ったらショックだもの。それに私は可愛いアイドルを目指していたのよ? それが男だったら買う批判も大きいでしょう」


 想像しただけで怖い。これまで私を好きだって言ってくれた人が突然私の悪口を言う。そして私はその言葉を真摯に受けとめなければならないのだ。


「だって、二人でやるって決めたじゃん。アイが居なきゃ、意味がないよ」


 ライの顔が暗くなる。今日までずっと一緒にやってきたしこれからも一緒にやっていくつもりだっただろう。私もそうだ、さっきまではそう思っていた。


「ライ、私がアイドルを始めた理由。ライとどんな話をしたか、覚えてる?」


 確認したくなった。私が何を目指してアイドルをしているのか。何のためにこのキャラを演じているのか。全てライの言葉から始まったから、またライから聞かせてももらうことでまだ私がやれるかどうかを考えたかったし。何ならもう無理だと結論付けたかった。今は現実から逃げたくて仕方がない。


「ボクがアイドルを見つけた時の話?」

「そう、その後。私もアイドルをするって言ってさ、私は男なのにアイドルをするなんておかしいよって言った時にライが言ってくれた言葉。あれがあったから私はアイドルになろうって決めたのよ」


 そういえばライブ前もこの質問したわね。あの時ななんて答えたんだっけ。確か覚えてないって言っていたような。記憶違いかな。そうだよね。ライが始めさせたんだもん、ライが私を望んだんだもん。忘れているわけないよね。


「思いだせないや、ごめんね」

「なんで……何でッツ!」

「アイ?」

「あなたが言ったじゃない。ライが、アイドルをやりたいって言って。僕は男の子だからマネージャーでもするのって聞いて、僕も一緒にアイドルをやろうって言って。でも、やっぱ簡単に決めきれなかった時に、僕が女装をすれば良いって。あの時見たアイドルみたいに僕ならなれるって言ってくれて……それでも決心できなかった僕に対して君が言ってくれた言葉。もう忘れちゃったの? ライがいたから僕はアイドルを一緒にやることを決めたのに。いくら物忘れしやすいからって、ひどいよ」


 何よりも悲しかった。私人生を勝手にい決めておいて、ライ自身はその時の話を忘れている。なんて無責任な話だろう。私だけがその時の言葉をずっと覚えていて、ずっと縛られていて。ずっと考え込んで悩んできたのに、ライは私の心だけ縛って別のものを見ちゃってる。忘れたのならもう私の心を離して欲しい。もう自由にさせて欲しい。


「あの時ライが見つけたアイドルを目指しているのは私なんだよ? ライが決めたんだよ。私が最高に可愛いアイドルになるって。それなのにそのことを忘れてさ、自分は別のキャラを演じているのは何でなの?」

「ボクがそれを決めたのは覚えているよ。あのアイドルになるのはボクには無理だと思ったから、君慣れ出来ると思ったから頼んだんだ」

「でも私は無理だって言った! 男の私が、沢山いる可愛いアイドルを抑えて一番可愛いアイドルになるなんて無理だって」


 そう、何度も否定したはずなんだ。いつか今みたいに男だってバレるかもしれないし、そうじゃなくても僕には女の子の事なんて何もわかっていないから、どうしようもできないって。


「私達が目指すのは皆を笑顔にするキラキラとしたこの人みたいなアイドルなの。皆を笑顔にすることに男も女も関係ないよ」

「ライ、思い出したの?」

「ううん、多分私ならそう言うと思ったし。この考えは今でも変わらないから」


 ライは覚えているわけでは無かったけれどその時言った言葉を一言一句間違えることなく言った。やっぱりライはあのころから変わっていないのかもしれない。だとしたら


「じゃあ、僕が女の子の格好をする必要は無いじゃん」


 あの時言った反論を僕も全く同じ言葉で返した。


「君があまりにも自分が男ってことを気にしているようだったからさ、そんなに男っていうことが気になるんなら、皆がそんなこと関係ないっていうくらい、君が可愛くなればいいんだよ。そうすれば君も気にならなくなるよ」


 また、あの時と同じ言葉を私にくれた。


「僕にできるかな」


 それはまるで、あの日に戻ったかのように。


「できるよ、ボクのお母さんはボクより君の方が女子力が高いって言うんだよ? ちょっと失礼じゃないって思うけどさ。君が女の子に慣れる証拠だとも思うんだ」


 あの日を繰り返しているかのように。


「弱い証拠だね」

「そう思うなら、一度だけやってみてよ。絶対うまくいくから」


 ライはあの時と同じ言葉をくれた。


「分かった、とりあえずやってみるよ……なんだ。あの頃と変わっていないじゃない。今でもライは、私が一番かわいいアイドルになると信じているの?」

「何言ってるの? もうなったじゃん」

「え?」


 ライはポケットからスマホを取り出し、操作しだした。写真が保存しているアプリを開いて。何かのランキングが書いてある画像を開き、私に見せてくる。


「ほら、ライブ前に行ってた可愛いランキングの集計結果。アイが一位だよ」

「うそ……」


 信じられなくてライからスマホを受け取りランキングを凝視する。一位の欄にはアイと言う名前が書いてある。何か別のランキングではいないかと思うが、ちゃんと画面の上に「可愛いアイドルランキング」と書いてある。


「ほんとだ」

「ね? もう一番にはなっているんだよ」

「ほんとに、私が……一番にッ」

「これ、ボクが決めたんだったね。忘れてたよ、アイが必死に目指していたからさ。アイの決めた目標だって見えるくらい、まっすぐに」

「……そう、だったわね。いつの間にかこれは私の夢になっていたと思う。自覚したのは今だけどね」


 じゃあ私は自分の夢がかなえられないことをライに当たっていたのかと思うとすごく恥ずかしくなってきた。私はライになんてことを言ってしまったのだろう。


「思い出したついでに、もう一個良いかな?」

「なによ……」


 今の恥ずかしい思いをしている私に追い打ちをかけるつもりかしら。まったくライは良い性格をしているわね。


「多分ね、ボクこうも言った気がするんだ。『私達がこの心配を忘れている時にはもう、そんなこと心配ないくらいに君が皆に好かれるアイドルになっているよ』って、言わなかったっけ?」

「あ、そういえば……」


 そんなことを言っていた気がする。だから忘れていたの? 私がもうあの日に目指したアイドルの様になれているから、ファンの皆に好かれるアイドルになれていたから。


「そうだったわね、忘れていたのは私もだったなんて。しかも私だけ嫌な覚え方して。すごく格好悪い。 私は本当に目標のアイドルになれているのかしら」

「なれてるよ~。ランキング一位がそれ言うと嫌味だよ~? 逆に私が心配なくらい」


 ライは少しおどけたように私を肯定してくれる。そのことが凄く嬉しい。ライに認められるのが一番うれしい。思わず笑顔になるくらいだ。


「ライの目標って何なのかしら?」

「決まってるよ。皆を笑顔にするアイドル!」

「それなら心配しなくていいんじゃない?」


 既にライはファンの皆を魅了して笑顔にしていると思う。クールよりのキャラでやっているのに凄いことだ。だから心配することなんてないと思うのだけれど。


「そんなことないよ。だって、アイが笑顔じゃ無くなっちゃったから」

「それは、ライのせいじゃないわよ」


 何を言うかと思ったらそんなことまで自分のせいだと思っていたなんて。何故男だとばれたのかは分からないけれど、多分私がどこかでミスをしたからであって、ライのせいではないと思うのだけれど。


「ううん。男バレの事じゃないよ。その後、アイが目を覚ましてからだよ」


 私ははっとした。確かにあの時はライのことでいろいろ考えて顔が暗くなってしまっていた。


「でも、それは勘違いだから。やっぱり私のせいだわ。だからライは気にしなくていいのよ」


 むしろ気にしないで欲しい。これ以上私のせいでライに迷惑をかけたくなかった。


「ううん。アイが悩んだのは私の言葉があったから。私がライの心を縛って苦しめてしまった。だから私はまだまだなんだよ」

「やめて」


 とっさに出た声が、自分でも怖いものになっていたことに驚いた。私が怒っていいことなのかももう分からないけれど。私はライに対して怒っていた。


「確かにあの言葉に縛られていたのは認めるよ。でも、そのおかげで私はここまで来れたのよ。ずっと悩んでいたけれど、それだけだった?」


 思い出して欲しい。私達の初めてのライブ、初めて注目されたとき、他にも沢山、私は笑顔だったはずだ。


「活動を続ける中でいつも私は笑っていたはずよ。そしてそれは全部ライのおかげなのよ。あなたが私をアイドルの世界に誘ってくれたから私はこれまで笑っていられたのよ」

「ほんとに? ボクはアイを笑顔にできていたの?」

「思い出してみて。ライの記憶にある私は、笑顔の時の方が多いはずだわ」

「うん、確かにアイはずっと笑っていた。笑っていたよ」

「それもライの言葉が私を縛った結果よ。あなたが目標をくれたから私は笑顔でいられたのよ。だから後悔しなくてもいいわ。これからも私に目標を与えて私の心を縛りなさい。むしろ離すんじゃないわよ」


 覚悟は決まった。まだ今回の件について何も解決していないけれど、どうにかしてこれからもアイドルを続けられるように頑張らないといけない。


「とにかく、今回の騒動をどうにかしなきゃいけないわね。と言っても何も思いつかないのだけれど」

「アイ……これからもアイドル続けてくれるの?」

「当然じゃない。今の話の流れでアイドル引退とかありえないわよ」

「良かった、良かったよーうわあぁぁん」


 ライはその場で泣き出してしまった。よっぽど私に引退して欲しくなかったみたいだ。その気持ちはとても嬉しい。私は心配かけてごめんなさいという気持ちと、私と一緒に居たいと思ってくれてありがとうと言う気持ちを込めてライをそっと抱きしめた。ライには今回の事で一杯迷惑をかけてしまったから、これから私はそのお礼もしなくてはならない。


「まずは、ファンの皆に何か言わないとね。謝罪動画になるのかしら?」

「そうだね……あっ」


 腕の中で泣いていたライは何かを思い出したかのように顔を上げた。このタイミングで言われるとヒヤッとする。まだ何かやらかしているのだろうか。正直これ以上のものは重すぎて抱えたくないのだけれど。


「男バレの件だけどね。多分大丈夫だよ」

「えっと……どういうことかしら?」


 大丈夫とはどういうことだろう。私は何もしなくてもいいということだろうか。流石にそんなこと無いと思うのだけれど。そんな都合のいいことがあるのだろうか。確かにそうだったら嬉しいけれども。


「あの後マネージャーから言われたんだけどね。もともとアイが男なのを知られていたみたい」

「え、ええ?」


 もともとっていつからなの? デビューからずっとってことは無いわよね? だったらなんで今になって私の性別の話が出ているのだろうか。私は訳が分からなかった。


「詳しく説明してもらえるかしら?」

「えっとね、私達がデビューした時にサイトで紹介用のプロフィールが公開されたんだけど。そこでアイの性別の欄が空欄にされていたみたいなの。だからもともとファンの間では男の娘アイドルとして認識されたみたいだよ」


 私は声が出せなかった。これまで私が悩んできたのは何のためだったのだろうか。最初からそれを言ってくれれば何も悩むことなく目標に専念できたのに。

 でも、プロフィールを確認していなかった私が悪いのだろうか。


「じゃあネットで騒がれていたのは何でなのかしら?」


 それでもこれだけは唯一残る疑問だった。


「それはね~アイが可愛いランキングで一位をとったから、今まで私達を知らなかった人にも知られるようになって。それで新しく私達を知ってくれた人がアイが男って分かって騒いでいるみたい」

「そうなのね……むしろこれまで騒がれなかったのがラッキーだったってことなのね」

「そういうもんかな~」

「そういうものよ」


 ライは納得がいっていないようで一人で考え込んでいる。私が病院にお世話になるまでの事だったから、ラッキーですませることができないみたい。


「私とライが話し合える機会ができたからいいの」

「そっか。それとね、今回の事でアイが男だって知れ渡っちゃったから、アイはこれから男の娘アイドルとしてやっていくって言ってたよ」

「それって、活動に何か影響はあるのかしら」

「ううん、今まで通りでいいみたい。これ以上騒がれないための措置だから私達は気にしなくて良いって」


 それならよかった。今までの活動でこの演技になれていたから今から路線変更なんて言われたら困っていたところだ。


「ねえライ。次の私の目標は何にしようかしら」

「次?」

「一番可愛いアイドルにはなったでしょ? だから次はどうしようかなって」

「そんなの、もう決まってるんじゃない?」

「そうね」


「皆を笑顔にするアイドルになる!」


 はじめはライの目標だったけど。今は私達二人の目標になった。ライと一緒に活動している中でライの気持ちは私に伝わって、私の心を動かしていたのだ。だからこれからも私はライの決めた目標に向かってアイドルを続けていく。

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男であることを隠すアイドル 瀬戸 出雲 @nyan0

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