男であることを隠すアイドル
瀬戸 出雲
男であることを隠すアイドル
「これ……キラキラしていると思わない?」
彼女は突然スマホの画面を僕にみせてくる。画面には最近話題のアイドルが映っていた。激しいダンスをしていても疲れた様子を見せず、とびっきりの笑顔で歌を歌っている。
「うん、知ってるよ。有名だよね」
「知ってるの? えっとね、ボクもこれやってみたい! だからさ、君に手伝って欲しいんだ!」
「マネージャーみたいなことをやって、ってこと?」
「ううん。一緒にアイドルをしようよ!」
「ええええ!?」
その日から、僕の性別を偽る日々が始まった。
数年後、私達はテレビやネットなど多くのメディアで取り上げられる結構有名なアイドルになっていた。
「ちょっと! 何で可愛いアイドルランキングでボクが負けてるの! 今まで同じくらいだったのにすっごい離された、悔しい!」
「だって、私にはライみたいな皆を元気にするようなパワーは無いもの。だから別のところで勝負するしかなかったのよ」
「名前もアイなんて可愛い名前にしちゃって! それに喋り方も完全に女の子じゃん。メイクもボクより上手なのは納得いかないよ……」
「名前も喋り方も全部、ライが決めたのよ? 小さいころの話、忘れちゃったかしら?」
今の私は彼女の望むままの女の子を演じている。成長期に入っても童顔なままだった私は、彼女の望んだ通り誰よりも可愛くなるための努力をつづけていた。お母さんや親せきのお姉さんにメイクの事を聞いて勉強させてもらったり、ネットで色んな人のメイク動画や、道具の紹介を見て自分を可愛く見せるための技術を磨いたりしていった。もちろん、水泳などの運動をして体系維持も欠かさない。口調だって何度も間違えながら今の口調になるように努力してきた。そしてそれは今でも続いている。
学校で先生に怒られても髪を切らなかったのは、ライの言葉があったからだ。
「小さいころの話……何かあったっけ?」
「ほんとに忘れたの?」
信じられなかった。私がライと一緒にアイドルを始めようと思ったきっかけを、ライが忘れるとは思わなかった。全部、ライから始まったのに。
「ごめんね。思い出せないかも」
「そう、まあいいわ。あなた忘れっぽいものね」
誰だって忘れることはある。いちいちこんなことで怒っても、仕方がないことなのかもしれない。何より、ライは大事なこと以外は簡単に忘れる人だ。この話を覚えていて欲しかったのは私のわがままでしかない。だから、ライに当たるのは違うのかもしれない。
「忘れっぽいって、ひどいな~。待っててよ、すぐ思い出すから」
「別に良いわよ」
「あいてっ」
思い出そうとするライに私はデコピンをして思い出そうとするのを止めた。別に無理やり思い出さなくてもいいと思ったから。それに
「ライブ前でしょ、そろそろちゃんと準備しなさい」
「そうだね、よし! やるぞ」
ライの雰囲気が普段の呑気な感じから少し変わる。ゆっくりと集中力を高めてライブのスタートにピーク前までもっていって、一曲目のサビでピークが来る。いつものライだ。
ステージ横まで来た時には私もライも、十分に集中していた。ここから私はライブの間に笑顔を崩さない。逆にライはここから落ち着いた雰囲気を見せ、ファンを魅了する。ここでの大きな違いは、私は努力して身に付けたものに対して、ライのそれは元々できるものだということだ。
「行くよアイ」
「ええ」
今の一言でさえどこまでも冷たいように聞こえて、しかし私を魅了する。心がライに引き寄せられていく。
「まったく、どうやったら自然にここまで変わるのよ」
小さい声でそうぼやいてしまうことも何回もあった、今もそうだ。何より
「あの日ライが見つけてきたアイドルを私が目指して、あなたは全く別の方法で輝こうとするのはいつまでたっても納得いかないわね」
そういうことだった。ライだったら素の状態でも出せそうなあの輝きを目指すのは、私の役目になっていた。
そんなことを考えていると、ステージから流れていた会場アナウンスが終わり、私達のライブの開幕が告げられた。いつまでたっても納得のいかない事は一端頭の中から消して、私達は歓声の中に飛び込んでいった。
「皆、お待たせ。今日も一日楽しんでいってね」
ライの一言に歓声が沸く。これもいつも通り、ライの一言でライブが始まる。
ライブが終わって、私達はステージ裏に戻ってきた。さっきまで大きかった歓声も、少しずつ小さくなっていくのが聞こえる。
「お疲れ様、無事終わったわね」
「お疲れ様っ。ん~楽しかったぁー」
そう言ってライは背伸びをした。ライブが終わった瞬間にライはいつもの雰囲気に戻る。普段はいつもこうなのにライブの時だけあの落ち着いた雰囲気を保って決してぼろを出さない。それだけは本当に分からない。ライが演技の練習をしていたところは見たことが無いし、そもそもライブ中のライが演技をしているのか疑問に思えるほど自然だ。
毎日毎秒演技を続けて今の自分を保っている私には、信じられない芸当だ。到底まねできるとは思えない。多分、すぐにぼろを出して男だとばれて炎上すると思う。いつもこの喋り方を続けてないとすぐ別の口調になりそうだし。
「いつも思うのだけれど」
「どうしたの?」
「何で私達は同じ部屋で着替えているのかしら?」
最近は気にしなくなって来ていたけれど、よくよく考えるとやっぱりおかしいと思っていたことを久々に質問してみた。自分でも違和感が無くなってきているけれど、私は男だから私と着替えることは気にならないのだろうか。それとも既に私は男として見られていないのか。
実際男として見られていなかったとしても、それは私がアイとしてうまくやれているともとれるから少し複雑だ。
「なんか、今更だね。アイドル始めた頃から一緒だったしもういいんじゃない? 裸になるわけでもないし」
「始めた頃は場所が無かったから仕方が無かったけれど、今はもう別でもいいんじゃないかしら? いくら裸じゃないと言っても、異性が同じ部屋で着替えるのはどうかと思うの」
「え~。アイももう女の子みたいなものだし。別にいいと思うな」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど……」
どうしよう、ライは一緒に着替えることを譲らないみたいだ。これはもう私が引くしかないのだろうか。今みたいに着替える時にいつもライに気を使って背中を向けたり、あまり薄着にならないように考えて着替えたりするのは結構大変な部分もあるのだけれど。
「いつもこういう話はライに良い負けるわね」
「そうだっけ? アイが妥協してくれているだけだと思うけどな」
「分かっているなら少しは私の提案も通して欲しいのだけれど……」
ライは「えへへ」と笑うとそのまま話を終わらせてしまった。これ以上私の話を通される前に逃げるみたいだ。着替え終わったのか椅子に座って息をついている声が聞こえる。
「もう着替え終わったの? 相変わらず早いわね。女の子の服って着替えにくいのに」
「ボクはアイちゃんより女の子歴長いからね」
「私だって結構長いことスカートとか履いて慣れてきたと思っているけれど、まだまだなのかしら」
こういうところにも成長できる部分があるのだろうか。ライ以外の着替える速さを知らないから単にライが早着替えなのかもしれないけれど。ライブ中に衣装がえがあるアイドルとしては、それも大事な技術だったりする。
「可愛いランキングもライに勝ったし、そろそろ女の子っぽくなれたと思ったのだけれど」
「むっ、それを言われるとボクも言い返しづらいな。あれはほんと悔しかったんだよ」
「私もまだまだ成長できるってことでもあるから良いけどね。今できなくてもすぐ出来るようになってやるんだから」
「その意気、その意気~……あれ?」
「ん? どうかしたの?」
いつの間にかスマホを取り出してライブ後のエゴサをしていたライは画面を見て固まっていた。思わず振り返った私はそのライの姿を見て自分まで緊張してしまった。いつもなら小さな炎上とか、真実とは全く違う変な噂が流されても呑気な顔をしていたライが本当に驚いた顔をしていた。それだけで本当にまずいことだって言うのが分かる。
「ど、どうしたのライ。それ、今日のライブのエゴサをしているよね? ライが何かやってしまったの? それとも私が何かやってしまったのかしら?」
ライがゆっくりと私を見上げる。こういう表情をするライは珍しいから本当に不安になる。ライブはちゃんと成功していたはずだ。気付かない内に何かやっていてしまったのだろうか。
「ライブは成功していたと思う。でもね、そうじゃないの」
「思うって何? 違うものを見ていたの?」
ライの話に私はどんどん不安になる。ライブじゃ無いなら何のことだろうか。
「えっとね、落ち着いて聞いてね」
「分かったから、早く教えて」
「アイが男だって、ばれちゃったみたい」
「え?……」
何で、何でバレた? 今まで完璧に女の子を演じられていたはず。エゴサをしていた時も、それっぽい疑惑や予想などは上がっていなかったはずだ。どこからバレた? それに
「も、もう。アイドルとしてやっていけないのかな」
「そ、それは……」
ライも考えている。この状況は誰から見てもまずいし、解決策も簡単には見つからない状況だ。
「どこらかバレちゃったのかな。ごめんね。もう私アイドルとしてやっていけないのかもしれない」
「そ、そんなことないよ!」
私の頭の中にはいろいろなことが駆け巡った。今までの活動、アイドルを始めた時のこと、ネットでファンが私の悪口を言う幻覚さえも見えた。それれが何度も繰り返し、私の頭の中を巡る。
「はぁ、はぁ。もう……私も終わりかな……うっ」
「アイ!? ちゃんと呼吸して!」
本当に全てを賭けていただけに、ショックが大きい。今までの私の努力が全部崩れていくのを感じる。これからどうすればいいのか分からない。今の私に、支えとなるものが無いから。次第に、立つこともできず、ふらついてきた。
「わ、私は……」
それだけ言って、私はその場に倒れてしまった。
「アイ!? アイ!!」
ライの私を呼ぶ声だけが、うっすらと聞こえていたが、次第にそれも遠のいていった
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