第12話 ミシケの街

 カルザスを旅立ち、僕らは次の目的地をどこにするか決めながらしばらく西に向けて歩いていた。西に向かっている理由は特にない。カルザスを出る時に一番近い出入り口が西にあったからである。ジルのおかげで元勇者パーティーに怯えることもなくなったし、放浪の旅も楽しみながら過ごしている。これが一人旅ならそれで問題ないのだが、先に根を上げたのはシルクの方だった。

「もう疲れた~。そろそろ屋根のある場所で寝たい~。お風呂で羽洗いたい~」

 僕の頬をつねりながら小さな子どものように駄々をこね始めた。

「ん~。たしかにそろそろどこかの街に立ち寄ってみるか。食糧も心もとないしね」

「やった~。どこに行く?どこに行く?」

相当嬉しかったのか先ほどとは打って変わってテンションが高くなった。僕は鞄から地図を出して、今進んでいる道から一番近い街を探した。今分かる範囲で近い街は”ミシケの街”だ。ここは観光地としても有名で狩猟や農業が盛んで有名だ。その一部はカルザスにも卸されており、一日目の晩に食べた野菜料理でも使われていたらしい。しかし何よりここの一番の目玉はシルクが喜ぶものだろう。

「シルク、次の街では温泉に入れるよ」

「温泉!?何々?温泉街に行くの?じゃあ、お風呂上りに牛乳とお饅頭も買ってね!」

「はい。はい。そうと決まれば行こうか」

 シルクは耳元で温泉の言葉を連呼しながらウキウキ気分だった。僕も温泉は久々なので楽しみでしょうがない。4時間ほど歩いたところでようやくミシケの街の入り口が見えた。ただ、近づくに連れて、入り口辺りで人が混みあっているのが分かった。さすがは観光地だけあって人が多いのだろうと思っていたが、何やら様子がおかしい。

「だめだ!お前の入場は認めなれない!」

 門番によって大きな声で何人も追い返されている。僕は彼らを横目に門をくぐったが、ギルドカードを提示しただけで特に何もなかった。

「あれ何だったのかしら?何か感じ悪いわね」

「うん。何か理由はあるんだろうけど、何なんだろうね。まぁ、とりあえず宿を探そうか」

「そうしましょう!温泉が私たちを待っているわ!」

 追い返されていた人たちは気になるが、僕らは本日の宿を探して街の中心部に行った。中心部は大きな噴水があり、そこからは温度が低い温泉が出ている。周りには足湯をできる場所もあり、街全体で温泉を有効活用しているとのことだ。僕らはそこから少し離れた場所の宿を取ることにした。宿に入ると店主から街を出歩く際は専用の衣服に着替えて欲しいと言われたので、言う通りに服を着替えた。浴衣というものらしいが、通気性も良くて、少し涼しすぎるくらいだ。シルクは大きさ的に着れない(そもそも僕以外見えない)ので羨ましそうに見ていた。

「いいな~。私も浴衣着たかったな~」

「しょうがないよ。衣服は透明化できないからシルクが浴衣を着て外に出たら、僕の方で小さな浴衣がユラユラ動いているようにしか見えなくてびっくりさせちゃうでしょう?今回は諦めて」

「分かってるわよ。でもいいな~」

「さぁ、気を取り直して温泉に行こうよ」

シルクの機嫌はまだ悪かったが、僕らは宿を出て温泉街へ向かった。浴衣を着ていれば、どの温泉も入ることができるらしいので、とりあえず目に入った一番近い温泉に入ることにした。まだ日が高いこともあって人数はそれほど多くなかった。中に入ると露天風呂や火山のガスを利用した泡風呂、サウナという温室などもあり、一日いても飽きない気がした。

「あ~。気持ち良い~。身体の疲れが取れるわ~」

「あ~。これは良いな~。大きい風呂ってことも良いけど、熱すぎない湯加減も何とも言えないな~」

シルクはさすがに溺れてしまうので、風呂桶にお湯を溜めて入っている。

「こんなの覚えたら、また来たくなっちゃうわね~。お客もそんなに多くないから快適だわ~」

「そうだね~。今度もこれくらいの時間で来れば快適かもね~」

 小一時間ほどゆっくりした後、湯冷ましに辺りを散策することにした。温泉を出ると外は少し暗くなり始めており、提灯と呼ばれるものに明かりを灯すために火魔法を使っている人が歩いていた。揺れている火を見ると尚時間がゆっくり動いているように感じた。それと同時に何か違和感を感じた。歩いている人たちは自分と同じように浴衣を着ているし、どこかで喧嘩や暴動が起きているわけでもないのに何かおかしい。

「ん?どうしたの?カイト?湯あたりでもした?」

「いや、湯あたりは大丈夫なんだけど。シルク、この街なんか変じゃない?」

「どこが変なのよ。温泉は気持ち良いし、街は綺麗だし、雰囲気も最高じゃない。どこがおかしいのよ?」

「うん。そうなんだよね。でも何かさっきから引っかかってさ。何かあるべきものがないと言うか」

 シルクの言う通り、この街は良い所だと思う。けど、街を歩いていると何か欠けているように感じる。

「はっきりしないわね。あのカップルを見なさいよ。何とも仲睦まじくてほほえましいじゃない。あそこは新婚さんかしら?あそこのグループはカップルデートかもしれないわね」

 目当たり次第シルクが憶測を飛ばしている。言葉だけ追うと近所の噂好きなおばさんみたいだ。でも、シルクのおかげでやっと違和感が分かった。

「そうか。そうだよ、シルク。若いんだよ!」

「何よ。私はまだまだ若いわよ。今更何言ってんのよ」

「そうじゃないよ。この街を歩いている人たち全員、若いんだよ。つまり年を取っている人がいないんだよ。お祖父さんはおろかおじさんもいない。この街全体で年齢が若い人しかいないんだよ」

「そんなのたまたまじゃない?よく見ればいるはずよ」

 そう言ってシルクも周りを見ていたが、シルクはもう一つのことにも気が付いた。

「カイト、お年寄りもいないけど、子どももいないわよ。ここにいる人たち、全員ある程度大人になっている人しかいないわよ。こんなことってあるの?」

「分からない。でも、やっぱりこの街、変だよ。温泉街と言えば、お年寄りが居て当たり前の場所なのに。何でなんだろう?」

 不思議に思っていると後ろから誰かに肩をたたかれた。恐る恐る振り返ったら先ほど門で人を追い返していた門番の人が立っていた。

「あんた、何かあったのか?辺りをキョロキョロして」

「あ、こんにちは。すみません。今日この街に来たばかりなんですけど、おかしなことに気付いてしまって」

「おかしなこと?」

「この街にいる人たちって若い人しかいないんですか?」

 僕の質問を聞いて、門番の人が顔色を変えた。明らかに聞いてはいけないことを聞いたようだ。

「お前、この後時間あるか?少し話をしてやるよ」

「え?」

 まさか初対面の人にお説教、もしくは暴力を振るわれるのではと思い、一歩後ろへ下がってしまった。

「心配するな。お前が考えているようなことはしない。この街にしばらくいるなら知っておいた方が良いことだ。単なるおせっかいだ。あっちの酒場に行くぞ」

「は、はい。分かりました。ありがとうございます?」

 僕は門番さんの言う通りに酒場に付いて行った。本当に変なことがないと良いのだけど。

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勇者だってだらけたい~ブラックパーティーから抜けたので平和に暮らします~ 平和島宏 @world-vita

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