第11話 自身の門出

 思いがけない足止めだったが、ジルが用意してくれた部屋は自身で取ったものよりも豪華だった。朝食も付いていたのでしっかり食べてからギルドに向かうことにした。

 ギルドは各都市に存在し、大きい都市では職業ごとに施設が異なる。カルザスの場合は一つの施設にまとまっているため一ヶ所に行けば良いので迷わなくて済む。

ギルドの中に入ると朝早くから多くの人で賑わっていた。商品を卸しに来た行商人、依頼ボードと睨めっこをしている冒険者、その対応に右往左往しているギルド職員。ただ、それよりも今日は伝達ボードに多くの人が集まっているのが目に留まった。僕も群衆をかき分けながら何とかボードが見える場所までたどり着いた。みんなが見ているのは王宮からの1枚の伝達だった。

 ”勇者の死亡を第三王子ジルスチュアートが確認。これにより勇者パーティーは本日を以て解散とする。また、元勇者パーティー一同は国王陛下の下へ参上されたし”。

 ジルが早々に動いてくれた結果が貼り出されていた。周囲の人たちは驚いている人もいれば、涙を流している人もいたが、冒険者の一部ではざまぁ見ろと言っている人もいた。彼らとは話したこともないが、勇者パーティーを妬んでいる人も少なからずいるということが分かり、少し悲しかった。ただ、それよりもジルの仕事の早さに本当に感謝した。これで心置きなく再スタートが切れる。僕らは早速手続きをするために受付へ行った。

「いらっしゃいませ。総合ギルドカルザス支部へようこそ。今日のご用は何ですか?」

「新規でギルド登録をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

「かしこまりました。お客さまはカルザス以外でギルドへの登録はしておりますか?」

 やはり聞かれた。この確認は二重登録による不正や個人情報の売買を防ぐためのものだ。もしすでに登録されている場合は特例でない限り新規で登録することはできない。ここはジルのフォローを信じるしかない。

「いえ、初めて登録します」

「かしこまりました。では一度お調べいたしますので、お名前と希望の職業をこちらの紙に記入してください」

そう言われて僕は自身の新しい名前と職業を記入した。受付の人はその紙を受け取ると一度奥へ行き、僕らはしばらく待った。5分ほど待った後、さっきの人が戻ってきた。

「お待たせいたしました、カイト様。ギルド登録、こちらで進めさせていただきます。ご希望の職業は探索者(シーカー)ですね。ギルドカードを発行しますので、こちらに手をかざしていただけますか?」

 受付の人水晶玉は差し出した。これは登録者の力量、スキルを記録するものだ。これをギルドカードに印刷し、携帯しておくことでメンバーはお互いの情報を共有できる。力量、スキルによって最初のギルドランクが決まり、ランクを上げることで優遇を受けることができる。ランクはEから始まり、最高ランクのSランクは国中で10人しかいないため、その一人ひとりにかなりの権限が与えられている。僕は言われた通り手をかざした。

「カイト様のランクはEですね。スキルは”付喪神”。勇者様と同じスキルだなんて幸運ですね。なるほど、確かにこのスキルなら探索者は最適かもしれませんね。これからのご活躍を期待しております」

「ありがとうございました」

 こうしてカイトとして新たにギルド登録が完了した。元勇者がなぜ一番低いランクかというと、測定時にスキルで自身の力量を誤魔化したからである。水晶の方にスキルをかけることはできないので、僕は自身の装備の能力を全てマイナスにすることでランクの測定をわざと低くなるようにした。ギルド側も自分から能力を下げるようなことをする人はいないと考えているため、このような裏技を使うことができた。

なら初めからそれで新規の登録をすれば良いと思う人もいるかと思うが、この方法はすでにギルドの登録がされている場合は使用することができない。

 何故なら、記録は最初に登録した際に最低値が固定されるため、どんなに能力を下げたとしても数値が変動することはない。生きている限り記録を上げることはできても下げることはできない。そのため、登録時の能力を敢えて高ランクになるように改ざんしようとする者もいるが、その場合は同時に認定試験を受けさせることで事前に不正が起きないように防止している。なので、最低ランクの場合は特にそのような試験もなしにギルドカードを発行できる。目立たず生きていきたい僕にとっては好都合だった。


 登録を無事に終えて、僕らはギルドを後にした。

「どうして探索者なの?」

ギルドを出てすぐにシルクが質問してきた。

「どうしてって?」

「だって探索者って、冒険者に比べたら依頼は少ないし、ほとんど稼げないじゃない。それに仕事も地味だし」

探索者の主な仕事はモノ探しや人探し、もしくはダンジョンのマップ作成である。言うなれば雑用仕事だ。好き好んでなる職業ではなく、ギルド内での扱いもあまり良くない。時には理由のない嫌がらせを受けることもあると聞いたことがある。

「まぁ、たしかに花形の職業ではないよ。でも、誰かがやらなきゃいけないものだし、今の僕は大金が欲しいわけではないからね。探索者は職業柄色んな場所に赴くことになるし、旅をしながら悠々自適にお金が必要な時だけ働けるから僕の目標には最適な職業なんだよ」

「そう言えば目標聞きそびれてたわね」

「うん。僕の目標はね・・・」

「無事に登録は終えれたみたいだな」

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。振り向くとジルが目の前に立っていた。

「ジル!?わざわざ往復してきたのか?王都から遠いだろうに」

「王家専用の街道を使ってギリギリだけどな。報告だけ済ましてからすぐに来たけど、何とか間に合って良かった。もう街を出るんだろう?」

「ああ。ジルのおかげでギルドカードも作れたし、新しい場所に行こうと思う。色々とありがとう」

「どういたしまして。まぁ、俺との条件は忘れるなよ。困ったことがあったら連絡をくれ。そう言えばさっき目標がどうとか聞こえたが、もう決めたのか?」

「うん。僕の目標は、この先の人生で定住する場所を旅をしながら見つけて、”だらける”生活をすることだよ」

「・・・・・・」

 僕の目標を聞いてシルクもジルも一瞬固まっていた。しかし、次の瞬間二人とも吹き出し、大笑いした。

「そうか。だらけるか。まぁ、今までそんなこともできなかったんだしな。君なりのだらけた生活ってやつを謳歌してみな。しかし、だらけることが目標っていうのも変わってるな」

「だらけるね。あんたには一番似合わない言葉だと思うけど、仕方ないから私も一緒にだらけてあげるわ。まぁ、まずは三食昼寝の生活からかしら」

 こんな目標を言ったら呆れられるかと思っていたけど、二人は快く受け入れてくれた。だらけることなんて今まで一度も許されなかった。だらけるという言葉はたしかに聞こえは悪い。一生懸命生きている人たちからしたら相手にしたくない行動だろう。それでも僕はこれを目標にしたかった。動き続けることも大切だけど、止まることを知らないと人間は壊れる。だからこそ、第二の人生ではだらける生活ができるようになりたい。これが僕にとっての大きな目標なのだ。

「ありがとう。頑張って”だらける”っていうのも確かにおかしいけど、僕、頑張るよ」

「ああ。早く吉報を聞けることを祈ってるよ」

 ジルと僕は固く握手を交わし、ジルは王都へ、僕は新しい目的地へと旅立った。

ここから探索者カイトとしての”だらける”人生が始まる。そう思うと何だか心が湧きたつようだった。さきほどから”だらける”とは程遠い言葉を使っている気がするけど、それも気にしないで行こう。

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