第10話 新しい目標の光明
僕とジルは同じ机で引き続きランチを取っていた。ジルもカルパッチョを気に入ったらしく店主にレシピを買い取るとも言っていたが、王宮で生魚を出したらひと騒動起きるから止めておけと説得した。
「しかし、君が失踪したと報告を受けた時は肝を冷やしたよ。勇者がいなくなるなんて国の損失でしかないからね。無責任に役目を放棄するような人物でないことは分かっていたから尚更謎だったが、まさか一度死んでいたとは。あのパーティーは保身のために失踪と報告したのか。つくづくクズな連中だな」
「言葉が悪くなってるぞ、ジル。僕のために怒ってくれるのは嬉しいけど、王子殿下がそんな言葉使ってるのを聞かれたら面倒なことになる」
後ろの席で同じようにカルパッチョを食べている護衛たちも頷いていた。
「分かってるよ。でもそんな固いこと言うなよ。こうして生きていることが分かって一緒に飯を食べれてるんだ。嬉しくて本来の口調になってるんだよ」
外見は整った顔立ちで物凄く紳士そうに見えるが、ジルは昔から見た目に反してやんちゃで素行が悪いことで有名だった。僕らが知り合ったのもそれが原因だったが、学校を卒業してからは王族らしい立ち振る舞いを身につけていたため、関係各所が度肝を抜かれたそうだ。
「あの頃はよく喧嘩して、教師陣の頭を抱えさせたっけ。王族だから強気にも出れない連中ばっかりで張り合いがないって思ってた時にお前に会って変われたことは本当に幸運だったよ」
「いつもそう言うけど、僕は何もしてないよ。ただ、ジルと話をしていただけじゃないか」
「そうやって普通に話をしてくれる人がいることが一番の幸運なんだよ」
そう言ってくれているが、本当に特別なことはしていない。ただ、普通に話して、勉強して、食事をしていただけだ。でもジルにとってはその普通が何よりも特別だったらしい。
「ところで今日はどうしてこっちの大陸まで来たんだ?公務じゃないって言ってたけど、護衛までつけてるってことは何かあったんだろう?」
「まぁ、公務でないのは確かだけど、ちょっと問題が起きてな。ちょうど空いていた俺に白羽の矢が立ったわけだ」
「問題?魔獣関連とか?」
「いや、兄の恋人の素行調査だ」
「え!お兄さん、結婚するのか!?あの女っけなんて微塵もない武人だろう?」
ジルの兄は国でも一二を争う有名な武人だ。国の第一騎士団の隊長も務めていて、次期国王候補に最も近いと言われている。そんな彼が恋人を持つとは。
「まだ恋人の段階だ。ただ、その方が何というか・・・」
ジルは奥歯に何かが挟まったような言い方をしていた。
「なんだよ?浮気性とか、金遣いが荒いとかそんなのか?」
「いや、違う。その方っていうのが身分が違う相手なんだよ。おかげで王宮は今その話題で大騒ぎだ。だからこうして俺がその調査に来たって訳だよ」
「へー。あのお兄さんがね。僕もその人に会ってみたいな」
「何言ってるんだ。さっきから会ってるだろう?」
ジルは相手にバレないようにその相手を指さした。その相手は僕らに料理を運んできてくれた店員さんだった。
「え!彼女なの?いや、確かに良い方だけど、いったいどうして知り合ったの?」
「兄が言うには公務の帰りに騎士団の人たちとこの店に立ち寄った際に一目ぼれしたらしい。初めは騙されているのかと思ったが、彼女の接客態度や立ち振る舞いを見る限りではそういう感じではなさそうだな」
「え?尋問とかそういうのにかけて調べなくていいの?仮にも王族の問題なんだよね?」
「物騒なこと考えるな。そういうのは他の部署がやっている。今回は俺の心象を知りたいと父から言われてな。こうして見に来たということだ」
「ふーん。でもそれならお忍びで来て、身分がバレないようにした方が良かったんじゃないか?」
「いや、身分が違うと最初から分かっていて、態度を変えないかも見ておきたかったからな。王族とはバレないようにはしたが、騎士団でも態度を変えるようなら、対応を考えなければいけないと思って、この格好で来たんだよ」
ジルの格好はこの国の騎士団の格好だ。部隊によってマントの色が違うが、ジルは第一騎士団の格好で来ている。つまりお兄さんの部下という役で調査に来たということだ。
「まさかと思うけど、昨日の嫌な客もジルの仕込みじゃないだろうな?」
「するどいな。当たりだよ。ああいう輩と対峙した時にどういう態度を取るのか見ておきたかったんだ。王宮に入ることになれば、あれ以上に面倒な連中と関わることになるからね。彼女には悪いことをしたが、どうしても必要なことだった。彼女が正式に義姉になった際は謹んで罰を受けるつもりだよ」
そう言いながらジルは食事を続けた。彼がその後あの店員さんと仲良くやっていければ良いが。そうして食事を終えてひと段落している際にジルから話を切り出された。
「で、君はこれからどうするんだ?」
「どうするとは?」
「今後の方針だよ。ずっと放浪の旅をするつもりはないんだろう?君ほどの実力者だ。冒険者にでもなれば食うには困らないだろう」
「それなんだけど、僕って失踪中になってるから新しくギルドの登録ってできないんじゃないかな?冒険者にしても、他の職業にしても身分は確認される訳だし」
あの勇者パーティーのせいで何をするにも障害が出ているので、今後のことを考えるにはそれをどうにかして取り除く必要がある。
「ん?じゃあ、死んだことにしてやろうか?その代わり条件があるけど」
「死亡届を捏造するのはまずいんじゃないか?現に僕生きてるし」
条件の前にそんなことをしても良いのか物凄く心配になんだが。
「いやいや、失踪中のままでいるのも問題になるからな。現に勇者パーティーには国から支援金が出ているんだ。それを払わされ続けることを考えれば、この際死んだことにした方が良いだろう」
支援金とは何のことだろうか?
「そんなお金が出てるって初耳なんだけど・・・」
「何!?あいつらそれも横領してやがったか。完全に盗人だな。本格的に調査もした方が良いかもしれん」
でもこれで納得がいった。彼らが僕を失踪中にしておきたかったのは金が目当てだったからか。世間体や立場もあっただろうが、目先の金のことだというなら死んだことにするより、失踪にした方が都合が良かったのだ。
「何か本当にごめん」
「君が謝ることじゃないさ。そうと決まれば俺は兄上の件も含めて、この件を父上に報告するよ。君はあと一日だけここに滞在してくれ。明日までには諸々の手続きを終えておくからギルドが開く9時ぐらいに手続きを進めてみてくれ。君が何になるにしろ友だちの新たな門出だ。できる限りのフォローはしてやるよ」
「ありがとう。でも無茶はするなよ。そう言えばさっき言ってた条件って何?」
話がとんとん拍子で進んでいたのですっかり聞き忘れていた。
「ああ、条件っていうのはこれから君に何かあった時は俺が助力することを拒否しないこと。そしてたまには俺に手紙を送ることだ」
「それって僕にしかメリットなくないか?それで良いのか?」
「良いんだよ。言っただろう、フォローするって。今までが報われてなかったんだからこれから良い方向に行けるようにするのが俺の役目だ。今は自分のことを優先して考えな」
ここまでしてもらって申し訳ないとしか思えないが、この思いにはしっかり応えなければと思った。
「ありがとう。でももし君が困ったら、いつでも僕を頼ってくれよ」
「ああ。大いに頼らせてもらうよ。今までもこれからもな」
僕らは強く握手をし、その場は分かれることにした。ジルの計らいで今晩の宿も手配してもらい、明日には新たにギルド申請もできる。ジルの言った通り、何になるかはまだ分からないけど、明日の登録時には当面の目標を決めていこう。こうして僕らは去っていくジルたちの後ろ姿を見送りつつ、明日へ向けて準備を始めることにした。
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