第9話 新しい自分として。友人の来訪

 カルザス二日目。時刻は11時。思った以上に寝てしまった。人生で初の二度寝をしたが、眠りすぎるのも疲れる。初めての体験で朝から嬉しい発見だ。

「やっと起きた?随分ぐっすりだったわね。まぁ、今までほとんど寝れなかったからこれぐらい寝ても罰は当たらないとは思うけど」

「お早うシルク。こんなに寝ても誰にも怒られないって嬉しいね。まぁ、確かに僕に二度寝は向いてないかも」

「起きたんなら、チェックアウトしてまず朝ご飯食べに行きましょう。もうランチの時間だけど」

「うん。今準備するよ」

 僕は荷物をまとめて宿を後にした。お昼時なので一部の店では行列ができている。僕らは話し合った結果、昨日のカルパッチョをもう一度食べようということになった。

「いらっしゃいませ。ああ、昨日のお客さん。今日も来てくれたんですね」

「こんにちは。今日もカルパッチョいただけますか?とりあえず二皿で」

「かしこまりました。ただ、今日は昨日のとは使ってる魚が違うんですが、よろしいですか?」

「そうなんですか?それはそれで尚更楽しみです。お願いします」

「かしこまりました。では少々お待ちください」

 僕の注文を聞いて店員さんが厨房の方に戻っていった。サモーヌとは違う魚が今から楽しみだ。店はと言うと時間帯が違うからかもしれないが、昨日よりもお客さんがいた。それも客の多くがカルパッチョを食べているので、少し驚いた。

「驚いたでしょう?昨日お客さんが帰ってから引っ切り無しにカルパッチョを注文するお客さんが増えてね。おかげでサモーヌが売り切れて、店長が朝から魚市場に行って、他の魚を仕入れなくちゃいけなくなってね。嬉しい悲鳴ではあるけど」

「それは良かったですね。僕が食べたのが宣伝になったかな?」

「そうかもしれませんね」

 恐らくシルクのキスが影響しているのだろう。ただちょっと影響がありすぎたのかも。シルクはちょっと残念そうだったけど、違うカルパッチョを店員が持ってきてくれたのを見ると興味津々になっていた。

「今日は白身魚を使ったカルパッチョです」

「ありがとうございます」

 見た目からは味は薄そうだが、香りは昨日のものより強いように思えた。

「じゃあ、公平に今度は私から食べるわね。早くちょうだい」

「慌てないで。すぐにあげるから」

僕はいつものように食べるふりをしてシルクに渡した。

「うん!昨日のも美味しかったけど、私はこっちの方が好きかも。サモーヌよりもあっさりしてるわ」

シルクは両手でほっぺたを押えながら感想を言った。それを聞いて僕もすかさず一切れ口にした。シルクの言う通り確かに昨日のものよりもあっさりしている。味が薄いのではなく、魚の脂はしっかり感じつつもソースが魚の味を一層引き立てている。しかも昨日と同じで生臭さは皆無だ。

「これは昨日のよりも味が良くなってる気がするな。白身魚の方がこのソースに合うのかも」

「これはもう一皿、いや二皿は軽いわね。もう注文しておく?」

「いや温まちゃうからこれを食べてから考えよう」

 そうして今日もカルパッチョを取り合いながらランチを楽しんだ。僕らが二皿目を食べ終わった時、店の前に仰々しい格好をした連中が現れた。羽織っているマントには見覚えのある紋章が刺繍されていた。そしてその中の一人が僕らの席の方に向かってきた。

「やはり君だったか。そう簡単に死ぬような奴ではないと思っていたが、再会できて安心した」

 そう言って彼は手を差し出してきた。

「人違いではございませんか?私はあなた様にお会いするのは本日が初めてでございます。それに私のような者の手を取れば、お手が汚れてしまいます」

 僕は丁重にお断りしたが、彼は無理やり僕の手を取って握手をした。

「何をか。友の顔を忘れるわけないだろう。無事で何よりだ、ゆ・・・」

 言い終わる前に僕は彼の口を押えた。護衛らしき二人はすぐさま剣を抜こうとしたが、彼が止めてくれたおかげで切りかかられることはなかった。

「何か事情があるようだね。まぁ、こうして再会できただけでも良しとするさ。僕も食事にしようかな。君たちも一緒に食べよう。ここの魚料理は絶品みたいだからね」

護衛たちは彼の言葉を聞いて、帯刀していた剣を外して空いている席に腰かけた。彼はというと僕の目の前に座り、ニコニコ笑ってこちらを見ている。

「さぁ、君も食事の途中なんだろう?一緒に食べようじゃないか。おススメはあるかい?」

「生魚が食べれるならこのカルパッチョがおススメですよ。それにしても相変わらずですね、王子殿下」

「おいおい。今は公務外だよ。昔みたいに”ジル”と呼んでくれ、友よ」

「はいはい、分かりましたよ。久しぶり、ジル」

そう呼ぶと彼はとても嬉しそうに笑った。目の前にいる彼はジルスチュアート・リングロード。僕の学生時代の友人であり、この国の王子殿下である。彼が何故ここにいるのかは分からないが、僕は久々に友人とのランチを楽しむことになった。

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