第8話 今後のこと
カルパッチョをシルクと三皿ほど食べた所でようやくお腹が落ち着いた。これからはカルザスに来たら、この店には必ず寄ろう。すると先ほどの店員が皿を下げにやってきた。
「お気に召したみたいで良かったです。美味しいでしょ、カルパッチョ」
「ええ。とても美味しかったです。これを投げつけた客は本当に損してますね」
「いえ、カルパッチョ自体が元々魚ではなく、お肉を使う料理なのでお客さまも勘違いしたのかもしれません。初めての人が見れば未完成の料理を出されたと思う方もいるかもなのでこちらの配慮が足らなかったのがいけなかったんですよ」
「優しいですね。でも、どんなことがあっても料理を投げつけるのが正解だとは僕は思えないですけどね。店にも魚と酒って書いてあるんだから少し考えれば分かるはずなのに」
店員も苦笑いをしながら受け答えをしていたが、先ほどと比べると少し表情が明るくなったように見える。
「ありがとうございます。そう言っていただけるだけで救われます。お客様にもっと周知していただけるように私たちも頑張ります。またカンザスに寄った際はお越しください。今度は他のメニューも是非召し上がっていただきたいです」
「こちらこそありがとうございます。ごちそうさまでした」
「ありがとうね、お姉さん」
シルクはそう言うと店員の頬にキスをした。店員は少し頬が暖かくなったので驚いていた。妖精族のキスは幸運の印になるらしいからこの店はしばらく安泰だろう。サモーヌのカルパッチョが名物になるといいな。
店を出た僕らは今日の宿を探すことにした。路銀に余裕があるが、今後のことも考えて少しでも節約はしておこう。格安宿と書かれている店をいくつか回り、1泊10コルト(1コルト=100円)の店に泊まることにした。
「ベッドもそこそこ。朝食はないけど、まぁ、こんなもんで十分だな」
「あのパーティーにいた頃は良くて廊下、悪ければ宿なしだったもんね」
そうだった。勇者は夜も修行なんだとかでたらめを言われて宿に泊まれなかったことは何度もあった。それと比べれば本当に良い部屋だ。本日の拠点もできたところで時刻はまだ16時だった。寝るにはまだ時間があるので、カルザスの街をぶらつきながら今度は新鮮な野菜を出している店にでも立ち寄ろう。
「そう言えば聞いてなかったけど、今後の方針ってどうするわけ?」
「今後のこと?そうだな。しばらくは何も考えずただ気になった場所へ行ってみようかと思ってたけど、いざ自由となると困るもんだね」
「もしまた船に乗るようなことがあるなら早めに教えなさいよ。覚悟しとくから・・・」
「大丈夫。こっちの大陸に来たら陸路にしようって決めてたから当分船は乗らないよ」
それを聞いてシルクはホッとしていた。
「まぁ、しばらくはこの大陸でのんびりしながら羽を伸ばそう。何か考えるのは明日からでも遅くないよ。やっとあの地獄から解放されたんだからさ」
その後、僕たちは野菜料理が看板メニューの店で軽い夕食を取った。特に美味しかったのがポテトサラダというメニューだった。一見はただの男爵の身をふかしただけかと思ったが、みずみずしく歯触りの良い緑色の野菜と豚の燻製肉の薄切り、それにオニレンが入って何重にも味が混じまり、それらを少し酸っぱい白いソースがまとめ上げていた。店主は”マヨネード”とか言っていたけど、手に入れて帰りたいと思うほどだった(その店のオリジナルだったので買うことはできなかったけど)。思えばここに来てからご飯を食べることしかしていないけど、こんなにも充実した一日は何年ぶりだろうか。ストレスから解放されると人はこんなにも些細なことで幸せを感じるのかと身に染みた一日だった。
夕食を終えて宿に戻り、近くの湯浴みで身体を綺麗にしてからその日はすぐに眠ることにした。時刻は夜9時。こんな早い時間に寝たのも久々だけど、今日は何だかすぐに眠れるような気がする。
「シルク、おやすみ。明日は起きてから何をするのか決めようと思うから早起きはしなくて良いよ」
「言われなくてもそうするわよ。じゃあ、カイト、おやすみ。良い夢を」
シルクも疲れたのか、欠伸混じりの声で応えた。そうして第二の人生で初めて訪れたカルザスの夜は更けていった。
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