第6話 船出の日
カルターの一件が終わり、1日が経った。僕は報酬で船旅に必要なものを揃え、改めて港へ向かった。昨日は乗ることを断念せざるおえなかったが、普通に乗ることができるというのがこれほどまでに嬉しいこととは思わなかった。出港の時間まで少し余裕があったので出店で休憩することにした。
「昨日は何かと忙しかったわね。でもおかげで船にも乗れるし、少しばかりだけど路銀もできて良かったじゃない」
「そうだね。ハーフリングのご夫妻には悪いけど、これで改めて第二の人生をスタートできる」
串焼きを食べながらシルクと話をしていると遠くの方から誰かを呼ぶ声がした。
「おーい。冒険者の兄ちゃん。昨日はありがとうな」
「あ、お二人とも昨日ぶりです。これからおかえりですか?」
「ああ、商品のことは残念だったが、金は手に入ったし、目的は達成したからね。これから村に戻るつもりさ。あんたは海越えかい?」
「はい。大陸を渡って東の方に行ってみようかと思います」
「そうかい。気をつけてな。近頃は東の方も治安が悪くなってるらしいから」
「ありがとうございます」
相変わらず夫の方は言葉を発しない。あの後、何故姉弟という役回りをしていたのか気になって聞いてみたが、理由としてはカルターたちも言っていた通り、人攫いにあう可能性があるのが一番の理由らしい。あとは子どもが甲斐甲斐しく売っている方が買ってくれる人が多いかららしい。その商魂精神は見習いたいものだ。
「そう言えばあの時は聞けなかったけど、あの馬鹿たちをどうやって気絶させたんだい?気付いた時には床に倒れてたからカラクリが分からなくてさ」
「ああ、あれは至極簡単ですよ。早く動いて首元を殴っただけです」
あの時僕がしたことは次の2点だ。一つはスキルで靴のステータスを向上させたこと。もう一つはその状態でカルターたちの背後に回り首元を殴ったこと。
「でもあんた、あいつらが倒れた時、私たちの後ろにいたじゃないか。速いにも限度があるだろう?」
「まぁ、それは僕のスキルの恩恵と言いますか。とにかく変わったことはしてませんよ」
本当にスキルのおかげとしか言いようがないのだ。僕の場合、能力を底上げすると”累乗”で能力が向上するというだけである。つまり、元のステータスが+10の場合、スキルの使用すれば+100になるということだ。また、上限がないので累乗する回数は僕自身の意思で増やすことができる。カルターの時は4回ほどスキルを重ねた。仮に僕の靴のステータスが+20だとしたら+160,000で使用することになるので、人間の目では視認することはできない程の速さだっただろう。まぁ、そこまで速いと身体にも負担が大きいのだが、そこは勇者だからなのか副作用はゼロに近い。
「ふーん。付喪神ってのは便利なもんなんだね。あの小人じじいはいけ好かなかったけどさ」
「あ、そう言えば箱さんのお願いはちゃんと叶えてあげてくださいね。そうしないと今後ずっと何かしら不具合が出るので」
「大丈夫だよ。あいつのことはすでに旦那が直してくれたからさ。長く使ってることもあって愛着も沸いてたからちょうど良かったよ」
付喪神の大きなリスクは使用後に協力してくれた道具の願いを必ず叶えなければいけないことだ。願いを叶えずにいるといきなり壊れてしまったり、怪我を負わされたり、最悪の場合生命の危険もあったりする。なので、このスキルはギブアンドテイクの考えが何よりも重要なのだ。
「なら安心しました。これからもモノには優しくしてくださいね」
「ああ、そうするよ。初対面だったのに色々ありがとうね。またこっちの大陸に来た時には会おう。その時は旨い酒と料理で一杯やろうじゃないか」
「はい。是非ご一緒させてください」
僕らは互いに握手を交わした。シルクも握手をしようとしていたが、彼らには姿が見えないので握手ができず、少ししょげている。
「そう言えばここまで世話になっといてまだ名前を教えてなかったね。私はストラ。こっちは旦那のテジーだよ。あんたの名前も教えてくれるかい?」
さて困ってしまった。本名を言えば妙な勘繰りをされてしまうし、どうしたものか。そうしていると耳元でシルクが囁いた。
「この際だから名前も変えちゃえば?もう死んでる身なんだし」
「あ、それもそうだね。新しい名前か・・・」
考え込んでいたせいかテジー夫妻は心配そうに僕の方を見ていた。
「そう言えば名前をあんまり出したくなかったんだったね。悪いこと聞いちまったかな?」
「いえ、お気になさらず。改めて自己紹介させてください。僕の名前は”カイト”って言います。ただの冒険者の”カイト”です」
「そうかい。カイト、改めて今回はありがとう。また、どこかで会える日まで元気でな」
「はい。そちらもお元気で」
話を終えて港へ戻ると、いよいよ出港の時間になった。これから”カイト”としての新しい人生が始まる。苦労もあるかと思うけど、あのパーティーにいたことに比べればどこでも天国だろう。まず目指すのは東の農村地帯であるカルザスだ。そこに行ってのんびりとだらけてた生活を送ろう。二度寝も許されるかな?そんなことを考えながら僕は遂に新しい人生へと出港した。
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