第2話 人助けは辞められない?
第二の人生を始めて約1日。僕は元いた街から2つほど山越えをした所にある港町にいた。海を渡れば、何とかなるだろうという安直な考えからここに来ることを決めたのだが、ここで大きな問題にぶち当たっていた。海を渡ろうにもお金がないのである。
「潮風って羽に悪いのよね。日差しも強いし。早く海を渡れれば良かったのに」
シルクの嫌味が耳元で繰り返し聞こえてくる。急なことだったとはいえ、確かに自身の貯金を持ってこなかったのは失敗した。まぁ、貯金といってもパーティーにいた頃の僕の収入は露店の串焼きを1本買えるかどうか分からないくらい、少ないものだったので、持ってきたとしても結果は変わらなかったのだが。
「どこかでお金を稼ぐしかないよな・・・。冒険者ギルドにでも行ってみるか」
「行くのは良いけど、あんた仕事受けられるの?今、あんたって死人扱いになってるんじゃない?」
「あ・・・」
そうだった。冒険者ギルドにしてもどこでも仕事をするとしたら、当然身元確認をされる。その際、口が裂けても勇者だなんて言えるわけがない。ましてや生きていることが元パーティメンバーに知られでもしたら、どんな目に合わされるか想像もしたくない。
「ここまでは顔を見られずに何とかやり過ごしてきたけど、誰にもばれずにお金をもらうなんて泥棒か野盗にでもならない限り無理でしょ?あんた、そんなことできる?」
「無理だな・・・。というか勇者が野盗に成り下がるって会話で聞くだけでも嫌かも」
せっかくのスタートがいきなり暗礁に乗り上げてしまった。目の前に広がる大海原を見ながら、僕は途方に暮れていた。
「納得いかないわ!ちゃんと説明しなさいよ!」
いきなり大きな声が後方から聞こえた。振り返ってみると露店で店主と少女たちが口論をしていた。
「だから何度も言ってんだろ!これは俺がとある商人から買ったもんなんだよ。いちゃもんつけんじゃねえ!」
「買ったなんて嘘よ!だってこれは私たちがここに来る途中に盗まれた商品なんですもん!」
「俺が盗んだって言いたいのか?じゃあ、証拠を出してみろよ。俺がお前たちから盗んだっていう証拠をよ!」
商人の男が少女を突き飛ばそうとした瞬間、僕は咄嗟に二人の間に割って入った。
「なんだよ、あんた。そいつらの連れか?ならとっととそいつら連れて帰ってくれ。商売の邪魔なんだよ」
「だれが邪魔ですって!そっちが盗んだってことを認めないからじゃない!」
「だからさっきから証拠を」
「はいはい、お二人ともストップ。こんな綺麗な海を前に喧嘩なんて止めましょうよ。店主さんは盗んでないと言っていて、お嬢さんは盗んだって言ってますが、僕にはどちらが正しいのか分かりません。でも、喧嘩は良くないですよ、喧嘩は」
「あ?関係ない奴は引っ込んどいてよ。わたしはこの盗人に用があるんだから」
「なんだとこの野郎。さっきから黙って聞いてれば言いたい放題言いやがって!」
僕をそっちのけで二人は喧嘩を続けた。これでは埒が明かない。そうしていると腕を誰かが引っ張っているのを感じた。目線を落とすと喧嘩をしている女の子と一緒にいた少年が何かを言いたそうにこちらを見つめている。
「どうしたんだい?僕で良ければ何があったか教えてくれるかな?」
少年は少し怯えた様子だったが、身振り手振りを交えながら何とか説明してくれた。要約すると、姉弟で街まで商品を卸しに来たが、トイレに行っていた間に積み荷を誰かに奪われたらしい。街中を探し回っているとこの店で盗まれた商品と同じものが置かれていたから話を聞いたところ、店主はある商人から買ったとしか言わず、ろくに説明をしてくれないのだという。
「シルク、どう思う?」
「まぁ、十中八九盗まれた商品に間違いはないんでしょうけど、足がつかないように転売されたって所じゃない?盗んだ奴は今頃どこかの酒場で飲んだくれてるはずよ」
僕もシルクの言う通りだと思った。盗んだものをそのまま売るなんてリスクがありすぎる。それよりも一度正規のルートに乗せてしまった方が盗品とばれる可能性は低いし、自身は身軽になる。こうなると、この姉弟には気の毒だが、商品を取り返すのは至難の業だろう。
「とにかく!これはもう俺の商品なんだ。これ以上商売の邪魔をするなら商人ギルドにお前らのことを営業妨害で報告するからな!」
商人ギルドに報告されれば、最悪の場合ここでの商売は二度とできなくなる。それだけでなく、ペナルティとして他の街でも倍の料金を支払わなければ露店を出すことも商品を卸すこともできない。そう言われて少女は目に涙を溜めて走り去って行った。少年も少女を追いかけるように走っていった。
「あーあ、あれじゃあの姉弟、もう駄目かもしれないわね」
冗談交じりでシルクが囁いた。こういう言い方の場合、僕に何とかしろと暗に言っているのだ。
「まぁ、曲がりなりにも元勇者だから、何とかしますよ・・・」
「あたし、あんたのそういう所、気に入ってるのよ」
僕とシルクは走り去っていった姉弟を追いかけることにした。
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