勇者だってだらけたい~ブラックパーティーから抜けたので平和に暮らします~

平和島宏

第1話 勇者辞めたい・・・

 『勇者』。

誰よりも勇気があり、ずば抜けた戦闘スキルと類稀な才覚の持ち主で世界を救うために戦う人物。僕は小さい頃からそう教えられて今日まで過ごしてきた。同年代の誰よりも剣を握り、魔法を勉強して、勇者として恥じない作法を身につけてきた。だが、今僕は心からこう願う。

「勇者辞めたい・・・」

 僕は宿屋の一室で同じ勇者パーティーから罵詈雑言を浴びせられている最中だ。理由は特にない。ただ、彼らが言いたかったからだ。僕が勇者だから何を言っても構わないと彼らは思っている。この状態になってから僕は彼らの顔や名前すら興味が無くなった。パーティーを組んだばかりの頃は優しい人たちだった気がする。しかし、勇者パーティーとして名が売れ始めた頃から彼らの態度は一変した。欲しくもない高級店の商品を買い漁ったり、ギャンブルに大金をかけ始めたり、やりたい放題になった。

そして、それを僕が諫めると彼らは決まってこの言葉を言う。

『勇者なんだから、お前が何とかしろ』

この言葉を出されると彼らの被害を受けた周囲の人たちは僕に対応を求めてくる。こんな生活がかれこれ5年続いている。そうして、ひとしきり罵詈雑言を言いきった彼らはまた各々遊びに出掛けて行った。

「あんたも何か言い返しなさいよ」

 耳元で妖精のシルクが話しかけてきた。彼女は勇者である僕にしか姿が見えず、声が聞こえないので、今の僕にとってはパーティー内で唯一の話し相手だ。

「仕方がないよ。僕は勇者なんだから、これくらい耐えなきゃ。それに勇者パーティーがなくなったら、みんなが困るだろ?」

「肝心の勇者が立場が一番低いんじゃ、勇者パーティーなんて言えないじゃない」

 全くもってその通りである。僕は完全に名ばかりの勇者なのだ。勇者としての常に全線で戦ってきたが、手柄の大半は気づいた時には彼らのものとなっていた。なので、今僕がパーティーでやっていることと言えば、雑用処理と彼らの失態の後処理だ。

「何度も言っているけど、辞めたいって心で思っているなら行動しなきゃ意味ないでしょ。思うだけじゃ何も変わらないのよ」

 勇者パーティーの罵詈雑言からのシルクの小言がほぼ毎日のルーティンと化している。こんな毎日から抜け出すにはシルクの言う通り、僕が動くしかないのだが、今はそんなことを考えれる精神状態ではない。シルクの小言を聞きながら、僕は自室へ戻る際、ローブを深く被った人物とすれ違いそうになったので、廊下の隅によけてその人が通り過ぎるのを待った。だが、次の瞬間、僕は自身の腹の辺りが熱くなるのを感じた。恐る恐る確認すると、自身の足元に血だまりと小さなナイフが刺さっていたのだ。そこで僕はそのまま倒れこんでしまった。耳元でシルクが僕の名前を呼んでいるような気がするが、何も耳に入ってこなかった。勇者の最後がこんなもんだなんて何とも呆気ない。こんなことならシルクの言う通り、早くパーティーを抜けて第二の人生を歩めばよかった。そうして僕の勇者としての人生はこうして幕を閉じたのだ。


 というのが、昨日の話。今、僕は馬車に乗っている。

「本当に運が良いのか、悪いのか分からないわね。あたしの涙を返してほしいわ」

「ごめんって。まさか僕もあの後ああなるとは思わなかったんだよ」

 刺された後、僕はすぐに意識を失った。しかし、その後気が付くと何故かさっきまでパーティーメンバーに罵詈雑言を浴びせられていた部屋の中にいたのだ。あのできごとは夢だったのかと思ったが、部屋を出ると、僕の血だまりと遺体はまだ廊下にあった。何が起こったのか分からずいると、突然目の前に文字が表示された。


『死亡により、セーブポイントからの再開となります』


すぐに状況を飲み込むことはできなかったが、何にせよ自身がまだ生きているということ、自身の死を偽装できる状況にあることを好機と考えた僕は自分の遺体から必要なものだけ物色し、宿を出た。シルクは僕が2人現れたことで今朝まで気絶していたが、起きた際に状況を説明して、同行してくれている。

「つまり、勇者のスキルでセーブ?とかいうのが働いたおかげで死んでも大丈夫だったと」

「そうみたいだね。さすがに死んだことなんてなかったから知らないスキルだったよ。まぁ、二度目がないことを祈るけど」

「死んでも大丈夫って、勇者って便利ね。でももし、あのパーティーメンバーに知られてたら間違いなくあんたを囮にしまくったでしょうね」

そう言われると否定できない。死んでも蘇るなんて囮や身代わりにはもってこいの人材だ。

「誰にも知られずにこのスキルを知れたのは本当に幸運だったよ。死んで幸運っていうのも変だけど・・・」

「たしかにね。恐らくその言葉を使えるのは世界でもあんたくらいよ」

 こんな風にシルクと屈託なく話せるのはいつぶりだろうか。いつもは小言ばかり言われていたから時折シルクと話すことも嫌になった時もあったが、今は本当に晴れ晴れとした気分だ。正直あのパーティーメンバーがどうなるかは少し気がかりではあるが、もうそんなことを気にしなくても良いんだ。何故なら僕はもう勇者を強制的に辞めたんだから。これからの人生をどうするか本当に楽しみでならない。僕は馬車に揺られながら、初めて冒険に出た日のように期待に胸を膨らませるのだった。

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