第14話 パンケーキデート06

 シャビは脇に抱えた人を降ろすとこちらを覗き込んだ。


「無事か、クロイ?」

「・・・!」


 不安と驚きと安堵と、あらゆる感情が一気に押し寄せクロイは言葉を詰まらせる。


「アマリアに連絡貰って飛んで来たんだぜ?文字通りな」


 冗談交じりに言うとシャビは笑った。クロイも強張った顔を少し緩ませ袖口で顔を拭った。それから慌てて周囲を見回す。


「間に合って良かったです。何度も呼び掛けたのに、クロイさんから返事が無くて心配したんですよ」


 隣にアマリアが立っていた。クロイが弱弱しく謝ると彼女は笑顔を返す。


「おい、そこの二人。まだ終わってないぞ!」


 ギュートがルーグを三匹纏めてアコーディオンのように潰しながら怒鳴る。クロイとシャビは縮み上がって戦いへ戻っていった。

 幹を貫かれたルーグが上から降ってきたと思うと静かにユウナが着地する。


「この場にいるの全部片付けるわよ。しっかりね」


 サブリーダーが声を掛ける頃にはクロイの表情に自信が戻っていた。


「はい!」


 力強く答えてクロイは腕を振り上げた。


 約三十分後、エディナモールに救急車と自然対策部の後処理チームが到着した。

 クロイはルーグに半分齧られた椅子に座り他の客に混ざって手当を受けた。

 円形広場やテラスでは着々と瓦礫の撤去作業が進められていく。紙袋や割れた食器類が散乱してテーブルや椅子が転がり、床や壁もあちこちボロボロに崩れている。ほんの数時間前まで大勢の客が楽しく過ごしていたとは思えないほど酷い有様だ。

 ガラス扉の向こうではギュートと後処理チームのリーダーと今にも泣きだしそうなモールのオーナーが話し込んでいる。ユウナとシャビは後処理チームを手伝ってルーグの残骸を専用の袋へ回収する作業をしていた。

 包帯を巻き終わり腕が下ろされるとクロイは礼を言って立ち上がった。足を引きずりながら円形広場へ向かって歩いて行く。

 広場に架かる橋の少し手前にまだそれはあった。

 謎の男が運んでいた金属の箱だ。蹴り飛ばされた勢いで蓋が壊れているものの、傷一つなく銀色に光っている。ゴミの山を払って蓋を見つけ出すとその内側に何かマークらしき物が掘られているのに気が付いた。拾い上げ、右に左に傾けて解読を試みる。


「V・・・?」

「やはりビサロンの仕業だろうな」


 会話を終えて外に出てきたギュートが背後から覗き込んで言った。


「ビサロン?」

「ああ、ニュースでたまに聞くだろう。ルーグ災害に乗じて窃盗を繰り返す集団だ。アマリアの報告内容とその箱からして間違いない」


 改めて刻まれた印を見る。アルファベットのVの字にハート形の葉を付けた蔦が絡みついている。


「あの・・・すみませんでした」


 震えを押し殺して声を絞り出す。あの時もっと慎重に男を追跡していれば、無暗に声をかけなければ、被害を出さずに止める方法があったかも知れない。


「オレや仲間に報告も無く独断で行動した。その結果、再オープンして間もないエディナモールが破壊され、怪我人が出た上に犯人は逃亡した」


 リーダーの瞳に怒りの色が浮かぶ。喋る度に見え隠れする牙がいつもより鋭く見えた。

 怒られるのは当然だ。硬く結んだ拳が振り上げられ、クロイは顔面に痛みが降って来るのを覚悟し目を閉じる。


「だが・・・」


 声から熱が消え、解かれた拳はクロイの頭に着地すると彼の髪の毛を乱暴にかき回す。


「ビサロンがここで盗みを働こうとしたのは確かだ。お前が何もせずに計画が実行されていたら、被害は一階どころじゃ済まなかっただろう。確実に物が盗まれ、証拠も残らずただのルーグ災害として処理されたかも知れない」


 頭から手が離される。まだグラグラと揺れながらクロイはその「証拠」を握りしめた。


「まあ、後で上からアレコレ煩く言われるだろうが、お前は最善を尽くしたとちゃんと説明するさ」


 こういう事には慣れっこだとリーダーは苦笑した。それからユウナとシャビを呼び寄せると、館内で報告書を作成していたアマリアの元へ集まって簡易的なミーティングが行われた。


「オレとユウナは一旦事務所へ戻る。後の三人はこの場で解散して構わないが」


 そこでアマリアが軽く手を上げた。


「私も戻ります。購入した物を事務所に置かないといけないですから」

「それなら俺も!ごめん、すっかり忘れてた」


 足元に置かれたビニール袋の山を見てクロイも慌てて発言する。


「じゃあ、オレも一緒に戻って手伝うよ」


 シャビもそう言って結局全員が事務所へ戻る事となった。


「限定パンケーキ食べ損ねちゃいましたね」


 帰りの車の中でアマリアはクロイに耳打ちした。

 買い物出しの帰りに一緒に行くつもりだったらしい。しかし今から事務所に戻り、備品を仕舞って帰る頃には閉店してしまう時間だ。


「限定パンケーキって、フレデリックさんの店の?」


 助手席からユウナが尋ねる。


「ええ、特別チケットが当たったので」


 アマリアが事の経緯を説明するとユウナは運転席のギュートを小突いた。


「フレデリックさんの店なら事務所と同じ方角ですよね」

「そうだったな。荷物を置くだけなら今すぐでなくても良いだろう。それにひと暴れして腹も減ったしな」


 リーダーも何かを察したらしく、いつもなら左折する道を通り過ぎる。


「少し早い夕食にしようか。ユウナとシャビの分はオレの奢りだ」


 車内で歓声が上がりワゴン車はパンケーキ店へ直行した。


 傷だらけの自然対策部の職員が五人も来店したせいで一時店内は騒然となったが、念願のフルーツとホイップたっぷりの限定パンケーキは至福の味がした。

 ただ、アマリアと二人きりのデートが叶わなかったのは少し心残りだったが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

RoogSize よょ。 @magmag-ouo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る