第13話 パンケーキデート05

「さて、どうしようかな」


 勢いに任せて走り出したは良いものの、早くもクロイの足は目的を見失っていた。気づけば元来た道を辿って連絡通路を半分ほど来ている。もたもたと歩きながら窓の外に目を向けると、一階の飲食店が休憩する客で再び賑わっていた。


「とりあえず外に出るべきかな」


 独り言の様に呟くと気を取り直して走り出した。本館へ入って何件か店を過ぎエスカレーターで一階へ降りる。ガラス扉を思い切り押しやって外へ出ると、この数時間で忘れかけていた、午後の温かい空気がクロイを迎えた。

 アイスクリーム店の前に長い行列が伸びている。そこと大きく迂回してレストランのテラス席を横切った。銀色の丸テーブルにはパフェやケーキの皿が並び、コーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。

 水路沿いを通って橋を渡り、円形広場から一階全体と建物の外観にも目を配った。緊張もあってか少し歩くだけで額を汗が伝い始める。

 右手で無意識に通信機に触れる。まだアマリアからも他のメンバーからも連絡は無い。ため息代わりに長く息を吐き出した。

 このまま敷地内を探しても進展は無さそうだ。クロイはモールを離れる決断をして、出口へ向かう人の流れに乗った。

 沢山の紙袋を手にして満足気な女性や疲れて寝てしまった子を抱いた家族連れと一緒に歩いて行く。その途中、制服にキャップを被った配達員らしき男とすれ違った。台車に青いカバーが付いた大きな荷物を乗せている。

 ふと違和感に首を傾げる。配達員がクロイを見た瞬間に顔を逸らした気がしたのだ。別館で会話したスタッフではなかった。それに荷物の搬入口ならモールの裏手にある筈だ。単にキャップを被り直しただけだろうか?それとも・・・

 振り向くとまだ近くに制服姿が見えた。クロイは咄嗟に方向転換し後を追う。見当違いかも知れない。しかし心臓が嫌な鼓動を打ち始める。

 配達員の男は人がいるのも構わず強引に台車を押し進めている。前方で悲鳴が上がり人々が慌てて跳び退って道を開けた。


「すみません、そこの配達員さん!」


 クロイは見兼ねて声を高める。しかし男は止まるどころか更に歩く速度を速めた。追い付こうと懸命に人の波を掻き分けるが二人の距離は開いていくばかりだ。

 ところが広場の橋に差し掛かった時だ。木の段差にタイヤが引っ掛かったようで、男は台車を無理矢理押し上げようとするが上手くいかない。客達が不安げに見守る中、舌打ちが聞こえてようやく動きが止まった。

 男はハンドルから手を放すと後ろを振り返った。丁度クロイが人混みを抜け出すところで、二人が向き合う態勢になる。

 息を整える間も惜しんでクロイが口を開いた。


「失礼ですがこのモールの関係者・・・じゃないですよね」


 男は俯いたままだ。


「その荷物の中を見せて貰らえませんか」


 男は答えない。しかし観念したのか両掌を顔の高さまで上げ、そのままゆっくりと台車の方へ伸ばした。

 カバーに付いたマジックテープがバリバリと音を立てて剝がされる。中には金属製の箱が納まっているのが見えた。続いて箱の蓋に付いた掛け金に男の手が触れる。

 その瞬間、男の口元が嫌らしく歪むのをクロイは見逃さなかった。考えるより素早く飛び出す。だが止める間もなく掛け金は外され、男が台車を大きく蹴り上げた。台車は激しく音を立てて倒れ、その拍子に箱の蓋が弾け飛んだ。


「くそっ!」


 強烈な音が一帯に広がる。クロイが怯んだ隙をついて男は逃げ出した。押し込められていたルーグが滝の様に吹き出して次々とクロイの体を打ち付ける。必至で腕を振り回してルーグを振り払い、顔を上げた頃には男は完全に消えていた。

 しかし今は男を探している場合ではない。放たれたルーグのせいで辺りは大混乱に陥っていた。虫達はベンチや建物の壁に齧りつき、人の服に覆われていない肌や髪の毛に噛みついた。皆荷物を投げ出して逃げ惑い、あちこちでテーブルが倒れて皿が砕け散った。


「カム!」


 クロイは泡を呼び出し皆の救出に向かった。ルーグを捕らえ、負傷者に手を貸して建物内へ避難させる。また戻ってベンチやテーブルの影に隠れた人を誘導した。

 しかしルーグの数が多過ぎて一人ではとても追いつかない。こうしている間にもルーグはモールの外にまで散らばって被害が広がってしまう。


「だめだ。これじゃあとても・・・」


 絶望の声が漏れた時だった。突然巨大な影が現れて次々にルーグを地面に叩き落としていった。更に別の影は長い脚を鞭の様に振り回しルーグの体を貫いていく。そして三つ目の影は俊敏に飛び回り、逃げ遅れた人を脇に抱えるとクロイの方へ向かってきた。

 目の前に降り立ったその顔は、良く見慣れたそして今正に必要としていた人物の物だった。

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