第12話 パンケーキデート04
両手一杯に荷物を抱えて連絡通路を渡る。
壁一面の窓から入る陽光が通路内を明るく染め、十メートル程先にある別館の入口からは微かに店内音楽が零れていた。すぐ下の円形広場では豆粒サイズの人が行き交い、水路の水がキラキラと光を反射している。視線を上げると大通りをゆったりと自動車が流れていくのが見えた。
空中を散歩する気分で歩みを進めていると、不意にアマリアが立ち止まる。
「どうかした?」
クロイも足を止めると、アマリアは不安げにキョロキョロと周囲を見渡してから聞こえませんか?と声を抑えて尋ねた。
状況を呑み込めないまま聞き耳を立てる。通り過ぎる人の足音や窓ガラスの向こうに聞こえる喧騒を掻き分ける様に意識を集中させと、数ある音の中にキリキリと金属が擦れ合う、背中を逆撫でする様な音が混ざっているのに気が付いた。
「ルーグの羽音・・・そう遠くないみたいだね」
クロイが顔を上げるとどちらが言い出すでもなく自然に歩調は速まり、二人は別館へと駆け込んでいた。
カラフルなマグカップや置時計、ギフトカードの数々が店頭を彩り、ショーウィンドウの中ではマネキンが流行りの服に身を包んでポーズを決めている。棚に並んだ可愛らしいぬいぐるみや最新のおもちゃに子供達が集まっていた。
クロイとアマリアは平穏な光景の中に目を凝らした。客を迎える店員の張りのある声や客達の楽しげな会話が聞こえ、子供達がはしゃぎながらすぐ傍を駆けていく。通路沿いの休憩用ベンチでジュースを飲んでいたカップルは真剣な顔で辺りを警戒して歩く二人に不思議そうな視線を向けた。
まもなくフロアの端まで到達したが何も異常は見当たらない。
「ここじゃないんでしょうか」
「うーん、賑やかすぎて羽音が聞こえないね」
途方に暮れて来た道を眺めていると、突然叫び声が響いた。エレベーターホールへ続く廊下から数人の客が頭を抱えてフロアへ跳び出してくる。
「ルーグが!!」
誰かがそう叫んだ時、例の羽音と共に不気味な光沢を放つ虫が姿を現した。コウモリに似たギザギザの翼をバタつかせ、天井を何度も突いて跳ねる様に移動している。
クロイは荷物をその場に放り出すとすぐさま走り出した。
「自然対策部の者です。皆さん離れて下さい!」
声を張り上げながら右手を宙に滑らせる。
「カム!」
手を振り上げると、彼の周囲に浮かんだ泡は牙を剝いてルーグへ跳びかかった。最初の一撃が翼を捉え、バランスを崩して床へ落ちた所へ更に喰らいついていく。
クロイは止まらずに廊下へ入った。白い壁の間を進むと途中で壁が途切れて左側に空間が広がっている。そこがエレベーターホールだ。中へ入ると二つ並んだ扉は閉じられたまま、階数ランプも最上階を示して止まっていた。その先にあるトイレや非常階段の周辺もしんと静まり返っている。
念入りに周囲の確認を澄ませてフロアへ戻ると、既にルーグは跡形も無くなっていた。幸い怪我人はいないようだ。居合わせた店員数名に状況の説明をし、集まってきた客達を宥めてその場を収める。それからアマリアの元へ駆け寄った。
「ここにいたのは一匹だけみたいだね」
アマリアは通路の端で沢山の荷物の間に座り込み、膝に置いた業務量のタブレット端末を熱心に操作していた。
「それ、いつも持ち歩いてるの?」
目を丸くして画面を覗き込むと、黄色い警告通知と共にルーグ発生の地図情報や発生規模などが表示されていた。
「勿論です。災害情報をいち早くキャッチして、クロイさん達のスケージュールを管理するのも私の役目ですから。そんな事より」
アマリアはこちらにも見える様に端末を移動させると画面をタップして地図を拡大する。
「ついさっき届いた情報です。丁度このエディナモール周辺にルーグの群れが確認されています。恐らく今のはその群れから逸れて迷い込んだんでしょう」
パステルグリーンのネイルに縁取られた指先が地図上の青い点を指差した。
「C級だね。通常なら経過観察だけど、街中じゃ放ってもおけないか」
「ええ。私はモールの責任者へ連絡とリーダー達に招集をかけます。クロイさんは建物付近の調査をお願いします」
「分かった」
クロイは立ち上がると腰のホルダーから通信機を取り出しスイッチを入れた。短い電子音の後、黄色い電源ランプが点灯する。
「何かあればお互いに連絡を取りましょう。クロイさん、無理はしないでくださいね」
真剣なアマリアの視線にクロイは笑顔で頷く。それから再び走り出した。
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