第11話 パンケーキデート03

 ガラス扉を開いた瞬間、涼しい空気に包み込まれた。

 広い吹き抜けが上へ連なり、その間を互い違いにエスカレーターが繋いでいる。天井からは大小様々な球状のライトが下がり、中央に聳える二本の巨大なガラスの筒の中をエレベーターが照明を煌めかせて行き交う様子はまるで大きなクラゲの様だった。

 エスカレーターで上の階へ向かいながら館内を見渡す。アマリアは好みの店を見つけてはその復活を喜び、新しく入った店への期待を膨らませてはしゃいでいる。

 クロイは水色のツインテール越しに、笑ったり驚いたりところころ変化する彼女の表情を不思議な気分で眺めていた。

 アマリアとこうして長時間一緒に過ごすのは初めてだ。

 ミーティングでは彼女が淡々と資料の説明をするのを聞くだけで会話はほぼ無いし、その他の時間はアマリアが事務所にいてクロイ達は外で過ごすのだから当然ではあるが。


「クロイさん、降りますよ」


 はっとして顔を上げるとエスカレーターの降り口が目の前だった。アマリアがひらりと最後の段差を跳び越え、クロイも躓きそうになりながら三階の床へ降り立つ。


「次のお店はこっちです」


 楽しそうに先導する背中を追いながらクロイは僅かにほほ笑む。

 今まで知らなかったアマリアの一面を見られただけでも、この仕事を引き受けて良かったと密かに満足感に浸るのだった。


 通路の突き当たりにある文具店はフロアの三分の一を占め、一般的な筆記具やノートに加えて高級万年筆、画材、事務用品など多彩に取り扱っている。最奥には『ティスア自然対策部専用』と看板が下がるコーナーがあり、特殊な報告書や納品書の用紙が入った引き出しが並んでいた。


「えっと、ここで買う物は・・・」


 アマリアが買い物リストを確認する。横から覗き見ると少し丸みのある丁寧な文字で十以上の品名が記されていた。


「これぐらいならすぐ見つかるね。一気に終わらせちゃおう」


 そう言いながらクロイはメモ帳を受け取った。周囲の空気を撫でる様に手を動かす。泡粒がいくつも浮かび上がり、もう一度手を振ると店内のあちこちへ散っていった。


「赤、青のボールペンとホチキスの針と・・・」


 品名を読み上げながら掌を閉じたり左右に動かしたりして泡達に指示を出す。僅かに伏せた瞳はメモ帳に向けたまま、全神経を右手に集中させた。

 泡達は背の高い棚の上や二人の居場所からは見えない裏側に回り込み、器用に引き出しも開けた。そして袋詰めされた筆記具や書類の用紙を咥えると続々と戻ってくる。

 アマリアはカゴを取ってきて床へ置き、商品を一つひとつ受け取ってはその中へ入れていった。あっという間にカゴは一杯になり、最後の泡粒がコピー用紙の束をフラフラしながら運んできたのを駆け寄って救い上げ、それも詰め込む。

 クロイの指が動きを止めた。下を向いたままの姿勢でしばらく動かずにいたが、数回瞬きをした後に顔を上げる。


「全部揃った?」

「ええ、完璧です」


 アマリアが笑顔で答えるとクロイは満足そうに頷いた。そして右手を高く上げて指を鳴らす。全ての泡が弾けて消えた。


「それじゃあ会計に行こう」


 商品を運ぼうとクロイはカゴに手を掛ける。カゴは一瞬持ち上がったものの、数秒もせずにストンと床に戻された。小さなため息の後、気まずそうな表情でアマリアを振り向く。


「これ運ぶの手伝ってくれる?」

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